ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜
ファジュル王政になって一年と四ヶ月。
ウスマーンは兵の詰め所で警備の人員配置を作っていた。
城内警備と街の巡回が主だったが、今ではここに開拓区……スラムを開拓した地区の巡回も加わっている。
最優先で整えられたのが居住地区、次いで畑。
開拓地区で最初の麦は上々の収穫で、その小麦で作られたパンは、住人たちにとって貴重な食料になっている。
革命前は一日に何度も起きていた市場のスリや盗難も、今では週に一度あるかどうか。
スラムに住んでいた者たちは本当に、その日食べるものにすら困っていて、盗むしかない状況にあったのだとわかる。
「市街の警備はバカラ隊に任せるか。ビラールは西棟に……」
バカラ、ビラールの部隊にも、かつて貧民や傭兵だった者を加えた。最初は敵対した者同士だったこともあり、兵たちは距離を計りかねていたようだった。一年以上ともに仕事をして、打ち解けてきているように見える。
「あらー、今日もしけた面してるわねぇウスマーン」
「うるさいディヤ」
睨みをきかせても、ディヤにはちっとも効かない。ディヤは盆を持っていて、そこに果物を小盛りにした器が乗っている。
ガーニムのところに運ばれていた食事に比べると三分の一にも満たない量だ。
「これ? お茶の時間とはいえ、ずいぶん少ないわよねぇ。ガーニムが手を付けなくても見栄えのために並べさせていたってのもあるけど、まだまだファジュル様は少食で困るわ」
「これまでの暮らしが暮らしだから仕方ないさ」
「食べる分以上置かないでくれとまで言うんだもの。『俺のところに余分に積むくらいなら配給に回せ』って」
困ったふうに言いながらも、ディヤは楽しそうに笑う。見張り交代をした兵が入ってきたため、軽く手を振って出ていった。
兵はしまりない顔で敬礼をする。
「ウスマーン大将。陛下の警護、交代しました」
「そうか。何かあったか? いやに笑っているように見えるが」
「あ、聞いてくださいよ。先程ディーが来たんです。イーリス様もご一緒に。それでイーリス様がすごく不細工……いえ、珍妙な物をお土産と称して王妃様に渡しておられたので。ぷ、ふふふ。姫様として城におられたときはあまり感情を見せないのでわかりませんでしたが、本当はあんな風にずれたお方だったんですね」
「ああ、それはまた……」
その姿が容易に想像できてしまい、ウスマーンも苦笑してしまう。ルゥルアも珍妙な物をもらって反応に困っただろう。
笑いをこらえきれないまま、交代の兵は報告を終えた。
珍妙なものの正体は、夕刻ファジュルの警護をするとき目にすることになった。
国王夫妻の夕食の席にディーとイーリスも同席していた。
顔を合わせるなり、ディーが、大きな背嚢 から何か取り出した。
「あ、大将さんもお久しぶりー! 大将さんにもこれあげるね!」
「私にまで土産を? 気を使わずともいいのに」
「気遣いっていうか、まだたくさんあるからさぁ。サーディクとオイゲンとモッサにあげようとしたら嫌がられてさ」
ディーがウスマーンに押し付けてきたのは、大型獣を模した木彫りの置物だった。四つん這いで、何故か魚を咥えている。
「シャ・ケクマって名前の置物だよ。イーリスがねぇ、海を渡った先にあるヤ・ポン皇国で買ったんだ。可愛いからおみやげにするって言ってきかなくて」
「か、可愛いのか、これは。女性の感覚というのはよくわからないな」
可愛いというより、なんというか、うん。珍妙だ。
「シャ・ケクマはかわいいんです! ウスマーンまでディーと同じことを言わないで!」
口をとがらせるイーリスを、ルゥルアがそっとフォローする。
「ありがとう、イーリスさん。イズティハルでこんな動物見たことないから、異国のことを知れて嬉しいわ」
「そうだな……マタルも気に入っているようだし」
「だぅ」
ファジュルの隣では、マタルがさっきからシャ・ケクマを転がして遊んでいる。
イーリスを気遣ってか、本気でそう思っているのか、シャ・ケクマを褒める国王夫妻。
「ほら! わかる人にはわかるのよ! マタルは将来有望です!」
「イーリス、調子に乗らない。わかるって何がさ」
イーリスがどうしても買うと言って、ディーは付き合わされたんだろうなと察した。
ディヤとアスハブ、そして侍女たちが笑いを堪えるのに必死になっている。
「いいんじゃないウスマーン。木彫りには魔除けの効果があるって昔から言われてるわよ」
「ならお前も貰えばいいだろう、ディヤ」
「まあ! ディヤもシャ・ケクマの魅力に気づいたのね! じゃあとっておきのをあげるわ」
余計なことを言ったから、ディヤまでシャ・ケクマを渡された。ウスマーンがもらった物より、ひとまわりでかい。
「……ふふ。口は禍の元とはよく言ったものねぇ」
この日以降、兵の詰め所と召使いの控え室にシャ・ケクマが鎮座することになる。
ウスマーンは兵の詰め所で警備の人員配置を作っていた。
城内警備と街の巡回が主だったが、今ではここに開拓区……スラムを開拓した地区の巡回も加わっている。
最優先で整えられたのが居住地区、次いで畑。
開拓地区で最初の麦は上々の収穫で、その小麦で作られたパンは、住人たちにとって貴重な食料になっている。
革命前は一日に何度も起きていた市場のスリや盗難も、今では週に一度あるかどうか。
スラムに住んでいた者たちは本当に、その日食べるものにすら困っていて、盗むしかない状況にあったのだとわかる。
「市街の警備はバカラ隊に任せるか。ビラールは西棟に……」
バカラ、ビラールの部隊にも、かつて貧民や傭兵だった者を加えた。最初は敵対した者同士だったこともあり、兵たちは距離を計りかねていたようだった。一年以上ともに仕事をして、打ち解けてきているように見える。
「あらー、今日もしけた面してるわねぇウスマーン」
「うるさいディヤ」
睨みをきかせても、ディヤにはちっとも効かない。ディヤは盆を持っていて、そこに果物を小盛りにした器が乗っている。
ガーニムのところに運ばれていた食事に比べると三分の一にも満たない量だ。
「これ? お茶の時間とはいえ、ずいぶん少ないわよねぇ。ガーニムが手を付けなくても見栄えのために並べさせていたってのもあるけど、まだまだファジュル様は少食で困るわ」
「これまでの暮らしが暮らしだから仕方ないさ」
「食べる分以上置かないでくれとまで言うんだもの。『俺のところに余分に積むくらいなら配給に回せ』って」
困ったふうに言いながらも、ディヤは楽しそうに笑う。見張り交代をした兵が入ってきたため、軽く手を振って出ていった。
兵はしまりない顔で敬礼をする。
「ウスマーン大将。陛下の警護、交代しました」
「そうか。何かあったか? いやに笑っているように見えるが」
「あ、聞いてくださいよ。先程ディーが来たんです。イーリス様もご一緒に。それでイーリス様がすごく不細工……いえ、珍妙な物をお土産と称して王妃様に渡しておられたので。ぷ、ふふふ。姫様として城におられたときはあまり感情を見せないのでわかりませんでしたが、本当はあんな風にずれたお方だったんですね」
「ああ、それはまた……」
その姿が容易に想像できてしまい、ウスマーンも苦笑してしまう。ルゥルアも珍妙な物をもらって反応に困っただろう。
笑いをこらえきれないまま、交代の兵は報告を終えた。
珍妙なものの正体は、夕刻ファジュルの警護をするとき目にすることになった。
国王夫妻の夕食の席にディーとイーリスも同席していた。
顔を合わせるなり、ディーが、大きな
「あ、大将さんもお久しぶりー! 大将さんにもこれあげるね!」
「私にまで土産を? 気を使わずともいいのに」
「気遣いっていうか、まだたくさんあるからさぁ。サーディクとオイゲンとモッサにあげようとしたら嫌がられてさ」
ディーがウスマーンに押し付けてきたのは、大型獣を模した木彫りの置物だった。四つん這いで、何故か魚を咥えている。
「シャ・ケクマって名前の置物だよ。イーリスがねぇ、海を渡った先にあるヤ・ポン皇国で買ったんだ。可愛いからおみやげにするって言ってきかなくて」
「か、可愛いのか、これは。女性の感覚というのはよくわからないな」
可愛いというより、なんというか、うん。珍妙だ。
「シャ・ケクマはかわいいんです! ウスマーンまでディーと同じことを言わないで!」
口をとがらせるイーリスを、ルゥルアがそっとフォローする。
「ありがとう、イーリスさん。イズティハルでこんな動物見たことないから、異国のことを知れて嬉しいわ」
「そうだな……マタルも気に入っているようだし」
「だぅ」
ファジュルの隣では、マタルがさっきからシャ・ケクマを転がして遊んでいる。
イーリスを気遣ってか、本気でそう思っているのか、シャ・ケクマを褒める国王夫妻。
「ほら! わかる人にはわかるのよ! マタルは将来有望です!」
「イーリス、調子に乗らない。わかるって何がさ」
イーリスがどうしても買うと言って、ディーは付き合わされたんだろうなと察した。
ディヤとアスハブ、そして侍女たちが笑いを堪えるのに必死になっている。
「いいんじゃないウスマーン。木彫りには魔除けの効果があるって昔から言われてるわよ」
「ならお前も貰えばいいだろう、ディヤ」
「まあ! ディヤもシャ・ケクマの魅力に気づいたのね! じゃあとっておきのをあげるわ」
余計なことを言ったから、ディヤまでシャ・ケクマを渡された。ウスマーンがもらった物より、ひとまわりでかい。
「……ふふ。口は禍の元とはよく言ったものねぇ」
この日以降、兵の詰め所と召使いの控え室にシャ・ケクマが鎮座することになる。