ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜
時が経つのは早いもので、ファジュルが王になってもうすぐ一年が経とうとしている。
サーディクは昼下がりに、王子マタルの子守をしていた。
本当はあやす係の召使いがいたのだが、「オレももうすぐ父になるから予行練習だ」と無理を言って代わってもらった。
抱っこして膝を上下させてゆり動かし、下手くそな作り笑いをみせる。
「ベロベロー。ほぅらマタル〜。いいこでしゅね〜。おやすみちまちょーねぇ〜」
オイゲンが通りかかり、半眼になって吐き捨てる。
「うげ、きしょくわる。そんなかお見たら王子が泣くぞ」
「んだとこら。オレみたいな超絶イケメンを捕まえて失礼な」
「イケメンの意味を辞書でひけ。見張り交代の時間になっても来ないと思って探したら、何やってやがる」
二人が言い争いをしているものだから、眠りかけていたマタルは完全に目を覚してしまった。
「うー、あーーぅ! あーー!」
「あー、どうしよ。何言ってるかわかんねぇ。何してほしいんだよ〜」
戦場で兵を前にしても怯まなかったサーディクだが、生まれて四ヶ月に満たない赤子を前にして、自分のほうが泣きそうな顔でうろたえている。
「面倒みきれないなら子守なんて引き受けんなよ」
「だ、だって子育てに慣れといたほうがエウフェミアが安心すると思」
「ぁあうーー! あーーーー! だぅ〜!」
空腹なのか、おむつなのか、はたまた眠いのか。サーディクが必死に背中をさすったり口笛を吹いたりするけれど、ちっとも泣きやまない。
「ほんとすみませんごめんなさい、わからねぇー! 助けてくれ」
「『サーディクは赤子に泣かされてるから出勤できない』とみんなに伝えておくから、頑張れよ。じゃあな!」
「ヤメテぇーー!」
サーディクはマタルを抱きかかえたまま右往左往する。
絶望のどん底で白くなっていたところに、お父さん登場である。
「本当に泣かされていたとは……」
ファジュルにマタルを託すと、やはり父親のほうがいいのか、ぐずっていたのが嘘のようだ。
「そうか。眠かったんだな、マタル」
「わかんのか? オレにはあーあー言ってるようにしか聞こえないんだけど」
「毎日聞いているから、なんとなく」
ファジュルは執務のときは流石に世話をできないため、侍女や召使いに任せている。それでも、こうして合間をぬって会いに来ている。
小さな背中をなでながらゆったりとした歌をうたうと、マタルはまぶたを閉じて静かに寝息を立て始めた。
「お父さんしてるんだなぁ」
「お前ももうすぐお父さんだろうに。予定は来月だろう」
「あー、うん。そうなんだけどさ。オレこんなんでいい父親になれんのかな。あやすのすらまともにできやしねぇ」
「誰だって、すぐ完璧になるなんて無理だろう。俺だって最近ようやくわかってきたところだ」
ファジュルはマタルをベビーベッドに寝かせて、布団をかけてる。
我が子を見つめるファジュルの表情は穏やかで、すでに父親らしさが芽生えている。
スラムにいた頃から、ファジュルはこんなふうに努力を惜しまない人間だった。
スラムのみんなが「貧民が勉強しても役立つところがない」と笑っても、ラシードのもとで文字だの世界史だのとあらゆることを学んでいた。
今も、こうして息子の機微をわかるようになろうとしている。
「ファジュルは俺と違って、弱音を吐いて逃げたりしないだろ」
「そんなことはない。俺だって、立場上人前で言えないだけで、弱音ばかりだ。リーダーが泣き言ばかり言っていたらみんなが不安がるだろう。試しに、俺が毎回弱音を吐いて泣きつく姿を想像してみろ」
「ぶは! ありえねぇ、想像つかねぇわ。泣いて弱音ばかりのファジュルなんて」
今のはファジュルなりの励ましだったらしい。
たしかに、泣いて弱音ばかりではリーダーや国王なんて務まらない。
父親だって同じことだ。親が弱気に泣いてばかりでは子どもが不安になる。サーディクを横目で見て微笑む。
「どうだ、サーディク。がんばる気になったか?」
「なったなった。男か女かは生まれるまでわかんねーけどさ、大きくなったとき『親父泣き言ばっかでダセェ』って言われないようにしないとな」
ほんの少しの間泣きやますことすらできないなんて子育て無理無理って思っていたのに、なんだか急に胸が軽くなった。
「あぁ、そうだった。サーディク、そろそろ見張りの交代時間だろう。オイゲンが『王子に泣かされてるから無理』って会う人全員に報告していたから、俺が見に来たんだが……」
「はぁあぁあーー!? あいつマジで言ったのかソレ!」
ゼロ歳児に泣かされる男として城中に名を馳せているなんて、不名誉すぎる。
急いで持ち場に向かうも、道すがら会う人に「きいたぞサーディク、王子に泣かされたんだろ」「ダセェ!」「赤ちゃんより弱いとかウケる」と指をさされて笑われる。
「やめろ笑うな、オレの心に刺さる!」
しまいには嫁のところにまで話が届いていて、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだった。
サーディクは昼下がりに、王子マタルの子守をしていた。
本当はあやす係の召使いがいたのだが、「オレももうすぐ父になるから予行練習だ」と無理を言って代わってもらった。
抱っこして膝を上下させてゆり動かし、下手くそな作り笑いをみせる。
「ベロベロー。ほぅらマタル〜。いいこでしゅね〜。おやすみちまちょーねぇ〜」
オイゲンが通りかかり、半眼になって吐き捨てる。
「うげ、きしょくわる。そんなかお見たら王子が泣くぞ」
「んだとこら。オレみたいな超絶イケメンを捕まえて失礼な」
「イケメンの意味を辞書でひけ。見張り交代の時間になっても来ないと思って探したら、何やってやがる」
二人が言い争いをしているものだから、眠りかけていたマタルは完全に目を覚してしまった。
「うー、あーーぅ! あーー!」
「あー、どうしよ。何言ってるかわかんねぇ。何してほしいんだよ〜」
戦場で兵を前にしても怯まなかったサーディクだが、生まれて四ヶ月に満たない赤子を前にして、自分のほうが泣きそうな顔でうろたえている。
「面倒みきれないなら子守なんて引き受けんなよ」
「だ、だって子育てに慣れといたほうがエウフェミアが安心すると思」
「ぁあうーー! あーーーー! だぅ〜!」
空腹なのか、おむつなのか、はたまた眠いのか。サーディクが必死に背中をさすったり口笛を吹いたりするけれど、ちっとも泣きやまない。
「ほんとすみませんごめんなさい、わからねぇー! 助けてくれ」
「『サーディクは赤子に泣かされてるから出勤できない』とみんなに伝えておくから、頑張れよ。じゃあな!」
「ヤメテぇーー!」
サーディクはマタルを抱きかかえたまま右往左往する。
絶望のどん底で白くなっていたところに、お父さん登場である。
「本当に泣かされていたとは……」
ファジュルにマタルを託すと、やはり父親のほうがいいのか、ぐずっていたのが嘘のようだ。
「そうか。眠かったんだな、マタル」
「わかんのか? オレにはあーあー言ってるようにしか聞こえないんだけど」
「毎日聞いているから、なんとなく」
ファジュルは執務のときは流石に世話をできないため、侍女や召使いに任せている。それでも、こうして合間をぬって会いに来ている。
小さな背中をなでながらゆったりとした歌をうたうと、マタルはまぶたを閉じて静かに寝息を立て始めた。
「お父さんしてるんだなぁ」
「お前ももうすぐお父さんだろうに。予定は来月だろう」
「あー、うん。そうなんだけどさ。オレこんなんでいい父親になれんのかな。あやすのすらまともにできやしねぇ」
「誰だって、すぐ完璧になるなんて無理だろう。俺だって最近ようやくわかってきたところだ」
ファジュルはマタルをベビーベッドに寝かせて、布団をかけてる。
我が子を見つめるファジュルの表情は穏やかで、すでに父親らしさが芽生えている。
スラムにいた頃から、ファジュルはこんなふうに努力を惜しまない人間だった。
スラムのみんなが「貧民が勉強しても役立つところがない」と笑っても、ラシードのもとで文字だの世界史だのとあらゆることを学んでいた。
今も、こうして息子の機微をわかるようになろうとしている。
「ファジュルは俺と違って、弱音を吐いて逃げたりしないだろ」
「そんなことはない。俺だって、立場上人前で言えないだけで、弱音ばかりだ。リーダーが泣き言ばかり言っていたらみんなが不安がるだろう。試しに、俺が毎回弱音を吐いて泣きつく姿を想像してみろ」
「ぶは! ありえねぇ、想像つかねぇわ。泣いて弱音ばかりのファジュルなんて」
今のはファジュルなりの励ましだったらしい。
たしかに、泣いて弱音ばかりではリーダーや国王なんて務まらない。
父親だって同じことだ。親が弱気に泣いてばかりでは子どもが不安になる。サーディクを横目で見て微笑む。
「どうだ、サーディク。がんばる気になったか?」
「なったなった。男か女かは生まれるまでわかんねーけどさ、大きくなったとき『親父泣き言ばっかでダセェ』って言われないようにしないとな」
ほんの少しの間泣きやますことすらできないなんて子育て無理無理って思っていたのに、なんだか急に胸が軽くなった。
「あぁ、そうだった。サーディク、そろそろ見張りの交代時間だろう。オイゲンが『王子に泣かされてるから無理』って会う人全員に報告していたから、俺が見に来たんだが……」
「はぁあぁあーー!? あいつマジで言ったのかソレ!」
ゼロ歳児に泣かされる男として城中に名を馳せているなんて、不名誉すぎる。
急いで持ち場に向かうも、道すがら会う人に「きいたぞサーディク、王子に泣かされたんだろ」「ダセェ!」「赤ちゃんより弱いとかウケる」と指をさされて笑われる。
「やめろ笑うな、オレの心に刺さる!」
しまいには嫁のところにまで話が届いていて、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだった。