ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜

 伝令としてハインリッヒ領に向かったディーは、まっすぐエリック・ハインリッヒのもとを訪ねた。

 エリックはファジュルの勝利を自分の事のように喜んでくれた。ファジュルの戴冠式のことをはじめ今後の方針をしたためていく。
 すぐに書ということなので、そのまま執務室で待たせてもらう。

 手持ち無沙汰で、部屋の中にあるものを見て回る。テーブルセットや窓にさがるカーテン、本棚は飾り彫りがされたオーク素材。
 エリックが羽ペンを紙に走らせながら聞いてくる。

「ディートハルト君。この一件が終わったら、一座に戻るのかい?」
「んー。ボク、このまま兄さんの手伝いを続けると思う。頼まれたわけじゃないけどさ」

 反乱軍に参加した理由は、ガーニムに対する私怨。
 ディーたちの仲間を奪ったくせに、玉座でふんぞり返っているのが許せなかった。
 けれどファジュルを手伝ううちに、別の気持ちも生まれていた。

 反乱軍のみんなといるのが楽しい。
 ファジュルはいい兄貴分だし、ユーニスはいい弟分だし、サーディク……はイビキがうるさいけどノリが軽くて話が合う。
 オイゲンやエウフェミアといった傭兵たちの話も、旅一座とはまた違う体験談で面白い。

 それに、従姉のイーリス。王族生活で自由がなかったからなのか、なんにでも挑戦したがり暴走する。
 放置したら危ないから、見ていてやらないといけない。

「そうか。君さえ良ければダニエラの婿にと思ったが、イズティハルが忙しいうちは無理のようだな」
「婿? ボクが? ムリムリ、絶対ムリ。ボク堅苦しい生活嫌いだもん。野鳥を籠に押し込めるようなもんだよ」

 即答されても、エリックは気を悪くしていないようだ。肩を震わせ笑いをおさえている。

「それは残念だ。ダニエラは君の一座が来るとき、君が楽師として出るとすごく嬉しそうだから、君さえ良ければと思っていたんだ」

 避けられているものだとばかり思っていたけれど、あれは照れ隠しだったらしい。まともに会話したことがないのに、好きでした、夫に欲しいなんて言われても困る。

「さ、信書が書けたからファジュル様に届けてくれ。気が変わったらいつでも待っているからね」
「一生変わらないからお気遣いなくー」



 ハインリッヒ邸をあとにして、街でイーリスへのお土産を探す。
 手ぶらで帰ったら十年は根に持たれると思う。


「う〜ん。お土産、お土産ねぇ……」

 今さら気づいたことだが、ディーは誰かへの贈り物を選ぶこと自体初めてかもしれない。一座の旅の中で物を買うことはあっても、自分たちで食べる物か衣装用の布、楽器くらいだった。

 ラクダを引きながら考えて、ハインリッヒの市場を一周する。
 イーリスはルベルタ人だけどマラ教の文化で育ったから、そこに配慮しないといけない。

 マラ神は無益な殺生を禁じているため、動物の皮や骨製品は禁止。
 冠婚葬祭以外は着飾ることを慎む必要があるため、香水やアクセサリーも不適切。
 そして白・黒の品やハンカチは葬儀をイメージさせる物なので避けるべきだとされている。

 となると手軽な果物?
 けれど、一座の仕事でイズティハル城に呼ばれた時に見た限りだと、王族の食卓にはルベルタの果実もあった。

 イーリスにお土産を買うだけ。なんて軽ーく考えていたけれど、思ったよりもずっと品選びが難しい。
 悩んでいると、露店の老店主に声をかけられた。

「坊や、ママのお使いかね?」
「えぇぇ……ボクは仕事で来たんだけど。お土産を買って帰るって約束しちゃったから探してるだけ」
「そいつはすまなかった。土産物な。うちの店のはどうじゃ。安くしておくぞい」

 店主は悪びれず、大口をあけて笑う。
 老店主の敷布に並んでいるのは、手縫いの肩掛けカバンだ。
 ルベルタ伝統の草木染めで染めた織物で作られている。
 花で染めたものだから色のにじみ具合は一つ一つ違っていて、客のおばあさんが一つ一つ手にとってカバンを選んでいる。

 そういえばイーリスは、「戦いが終わったら父さんのもとで医学を学びたい」と言っていた。
 カバンがあれば、勉強道具や医薬品を持ち運ぶのに便利だろう。


「それは若い女の子に人気だよ。坊やが贈る相手も喜ぶだろうよ」
「おじいちゃん、ボク女の子に贈るなんて言ってないよ。ていうか、坊やじゃないって」
「ほっほっほ。こちとら何十年とここで商売しているんじゃぞ。客の顔を見りゃわかる。男がそんな顔で悩むとき、贈る相手は女子だと決まっている。さっきも、奥さんに土産を買うという男が一つ買っていったばかりじゃ」

 贈る相手はただの従姉だし、別に特別悩んでいたわけじゃない。
 なのにまるで恋人に贈るもので悩んでいたみたいにいわれて、胸のあたりがむずがゆい感じがした。

「なんでもいいからそれ頂戴。真ん中の、青いやつ」
「はいよ。ひとつ千ベルタだ。恋人さん喜ぶといいねぇ」
「恋人じゃないっての」

 ルベルタの通貨ベルタの札を渡してカバンを受け取る。

 ニヤニヤと悪い顔で笑う老人の店を離れ、ディーはイズティハルへの帰路を急いだ。


 

「きゃぁぁああ!! このカバンすごくかわいいです。いいんですか、こんなに良いものをもらっても! 試しに使ってもいいですか。嘘じゃないですよね。ありがとうディー! 一生大切に使います!」
「あ、うん。一生はさすがに無理なんじゃないかな。ものには耐久年数ってもんがあるし」

 土産を受け取ったイーリスは、喜ぶを通り越して大興奮。目の輝きがいつもと違う。
 カバンを肩に斜め掛けして、手当たりしだい包帯や手帳や鉛筆やら放り込む。
 そしてまた全部取り出してカバンを叩いて、満足そうにうなずく。
 こんなに喜ばれたら、カバンも本望だろう。

 感謝祭でずっと欲しかったオモチャをもらった幼子のような反応、と例えるのが一番近いと思う。

「……ねぇ伯父さん。ボク、イーリスの将来が心配になってきた。贈り物されたら喜んで変な人についていきそう」
「そうならないように、ディーが見ていればいい。一緒にいろんな街を見て回るんだろう」

 ヨハンが笑ってディーの肩を叩く。
 カバン一つでこれなら、旅になんて出たら一日中叫んでそうだ。
 

 イーリスがもう何度目か、カバンが満タンになるまでものを詰め込んで、ディーの腕を引っ張る。
 
「このカバン、みんなに見せてきます! ディーも行きましょう」

 イーリスがとても楽しそうだから、嫌だなんて言えなくなる。

「しかたないなぁ」

 こんな感じで、何年も何十年もイーリスに付き合ってあげている未来が想像できて、ディーは笑った。



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