ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜
「申し訳ありません、陛下。反乱軍に積荷を燃やされてしまい、ほとんど使い物にならなくなってしまいました」
武器と毒薬の輸送任務についていたハキムが、手ぶらで帰還した。
玉座のガーニムにひざまずいて謝罪する。
下を向くハキムは全身ずぶ濡れで、ススにまみれている。
ススと灰を含んだ黒ずんだ雫がハキムの髪を伝い、床を濡らす。
普段あまり表情を変えない男だが、こんな時でも仮面のように淡々とした顔をする。
申し訳ありませんと口にしているが、本当に申し訳ないと思っているか疑問だ。
「それで? そんなことを報告するためにここに来たのか? お前が謝罪したところで、燃えたものは元に戻らん。辞めたって償いにはならない」
「……私の力不足が招いたことだと、重々承知しております。他の者……命がある者は消火が終わり次第、無事な積荷を選別しています。ラクダを殺されているため、かわりのラクダを手配していただきたく存じます」
失態を演じた上に、なんと厚かましい申し出だろうか。
積荷を燃やされ、荷を引くラクダを失ったのはハキムたちが持ち場を離れたから起きたこと。
本来ならガーニムが補ってやる必要などない。
だが、ラクダがいなくては残った武器を運べないのも事実。
「仕方あるまい。手配させよう」
「ありがとう御座います。それともう一つ、お伝えしたいことがございます。オアシス近くの洞穴に反乱軍の拠点があり、そこに姫様が居られました」
「なに……シャムスが?」
国境付近に兵をおいて拠点を探らせてはいたが、まさか王都からそう離れていない場所に隠れていたとは。
「どういうわけか、『私は誘拐なんてされていない。反乱軍の人間だ』などと妄言を口にされて。反乱軍に連れられ、王都に向かったものと思われます」
誘拐説を信じきっているハキムには、妄言にしか聞こえなかったらしい。
馬鹿正直で任務に忠実。シャムスが真実を語っているのに気づきもしない。
あまりにも愚かで、ガーニムは笑いを堪えきれなかった。
「本来なら全員牢屋送りだが、シャムスの居所を突き止めたことに免じて、減刑してやろう」
「陛下の寛容なお心に、感謝します」
顔を上げたハキムに、減刑 した罰を言ってやる。
「輸送任務についていた全員に、[#ruby笞刑=_ちけい#]百回を言い渡す。残った積荷を城まで運び次第、執行する。戦況を左右する輸送任務を失敗したのだ。命があるだけいいと思え」
「……それが償いになるのなら」
一瞬顔が恐怖にひきつったものの、ハキムはつとめて冷静に答えた。
重い足取りで玉座の間をあとにするハキムを見やり、ガーニムは思考を巡らせる。
昨夜は雨が降っていた。
ハキムは反乱軍の拠点近くと知らずに荷車を止め、雨宿りしようとしたのだろう。
王国兵が直々に守る、武器商の荷車だ。
バカでなければ、戦争で使うものだと気づく。
荷車を燃やされてしまった以上、毒薬も使い物にならなくなっていると想像できる。
ハキムがきちんと輸送できていれば、楽にカタがついたものを。
だが、シャムスを見つけたのだけは褒めてやれる。
拠点を失った以上、シャムスは現在ファジュルの潜伏するスラムにいるしかなくなった。
今ならスラムを徹底調査すれば、見つけることができる。
ファジュルを殺し、シャムスを引きずり出す。
貧民や兵が何人死のうと、それだけは達成しなければならない。
考えろ。
ファジュルは貧民一人をかばうために、公開処刑を止めにくる男だ。
家族でもない者のためですらそうなら……。
ファジュルの最も大切なものを盾にとれば、命を差し出すくらいのことはするんじゃないだろうか。
十八歳なら恋人がいてもおかしくはない。
ファジュルに最も親しいものを人質にすればいい。
恋人を引きずり出すのに最も効果的な方法は、あいつらの望む餌を与えることだ。
例えばそう……。
そこまで考え、片腕に声をかける。
「ディヤ」
「はい。ここに控えております」
ディヤは膝をついて頭を下げ、静かに命令を待つ。
「懲罰室に放り込んでおいたザキーをつれて来い。あいつの訴えを受け入れてやろうじゃないか」
「訴え……。停戦交渉のことですか」
「ああ。ザキーに交渉の文を届けさせる。停戦の条件として、互いの妻を人質として交換する。名案だと思わないか」
マッカを差し出したところで、ガーニムは痛くも痒くもない。
ウスマーンを服従させる人質として妻にしたにすぎない。
「良いのですか、陛下。大切な妻君を反乱軍に引き渡すなんて」
「マッカを渡して王位を守れるなら安いものだ。俺とマッカ、王と后、どっちの命が重要か考えなくてもわかるだろう? 妹が平和の礎となれるのだから、ウスマーンも死後の世界で喜んでいるさ。クククッ」
ファジュルは、交渉で女を差し出せるような性格ではないだろう。
反乱軍が停戦交渉を拒否すれば、国民はこう思う。「反乱軍は国を平和にする気がない、玉座が欲しいだけの逆賊だ」と。
交渉に乗れば、平和と引き換えに愛する女を失う。
どちらを選んでもファジュルにとって痛手でしかない。
「悪いお人ですね、陛下」
「停戦交渉を受け入れるか、拒否するか。ファジュルがどちらを選ぶのか見ものだなぁ」
「家族を差し出すなんて、あたしなら断ります」
「そうだろう。だから持ちかけるのだ。断るに決まっていることを。断ったからこそ起こる悲劇というものもあるのさ」
これだけガーニムの邪魔をし続け、手を煩わせて来たのだ。
ファジュルめ、存分に苦しみぬいた上で死ねばいい。
武器と毒薬の輸送任務についていたハキムが、手ぶらで帰還した。
玉座のガーニムにひざまずいて謝罪する。
下を向くハキムは全身ずぶ濡れで、ススにまみれている。
ススと灰を含んだ黒ずんだ雫がハキムの髪を伝い、床を濡らす。
普段あまり表情を変えない男だが、こんな時でも仮面のように淡々とした顔をする。
申し訳ありませんと口にしているが、本当に申し訳ないと思っているか疑問だ。
「それで? そんなことを報告するためにここに来たのか? お前が謝罪したところで、燃えたものは元に戻らん。辞めたって償いにはならない」
「……私の力不足が招いたことだと、重々承知しております。他の者……命がある者は消火が終わり次第、無事な積荷を選別しています。ラクダを殺されているため、かわりのラクダを手配していただきたく存じます」
失態を演じた上に、なんと厚かましい申し出だろうか。
積荷を燃やされ、荷を引くラクダを失ったのはハキムたちが持ち場を離れたから起きたこと。
本来ならガーニムが補ってやる必要などない。
だが、ラクダがいなくては残った武器を運べないのも事実。
「仕方あるまい。手配させよう」
「ありがとう御座います。それともう一つ、お伝えしたいことがございます。オアシス近くの洞穴に反乱軍の拠点があり、そこに姫様が居られました」
「なに……シャムスが?」
国境付近に兵をおいて拠点を探らせてはいたが、まさか王都からそう離れていない場所に隠れていたとは。
「どういうわけか、『私は誘拐なんてされていない。反乱軍の人間だ』などと妄言を口にされて。反乱軍に連れられ、王都に向かったものと思われます」
誘拐説を信じきっているハキムには、妄言にしか聞こえなかったらしい。
馬鹿正直で任務に忠実。シャムスが真実を語っているのに気づきもしない。
あまりにも愚かで、ガーニムは笑いを堪えきれなかった。
「本来なら全員牢屋送りだが、シャムスの居所を突き止めたことに免じて、減刑してやろう」
「陛下の寛容なお心に、感謝します」
顔を上げたハキムに、
「輸送任務についていた全員に、[#ruby笞刑=_ちけい#]百回を言い渡す。残った積荷を城まで運び次第、執行する。戦況を左右する輸送任務を失敗したのだ。命があるだけいいと思え」
「……それが償いになるのなら」
一瞬顔が恐怖にひきつったものの、ハキムはつとめて冷静に答えた。
重い足取りで玉座の間をあとにするハキムを見やり、ガーニムは思考を巡らせる。
昨夜は雨が降っていた。
ハキムは反乱軍の拠点近くと知らずに荷車を止め、雨宿りしようとしたのだろう。
王国兵が直々に守る、武器商の荷車だ。
バカでなければ、戦争で使うものだと気づく。
荷車を燃やされてしまった以上、毒薬も使い物にならなくなっていると想像できる。
ハキムがきちんと輸送できていれば、楽にカタがついたものを。
だが、シャムスを見つけたのだけは褒めてやれる。
拠点を失った以上、シャムスは現在ファジュルの潜伏するスラムにいるしかなくなった。
今ならスラムを徹底調査すれば、見つけることができる。
ファジュルを殺し、シャムスを引きずり出す。
貧民や兵が何人死のうと、それだけは達成しなければならない。
考えろ。
ファジュルは貧民一人をかばうために、公開処刑を止めにくる男だ。
家族でもない者のためですらそうなら……。
ファジュルの最も大切なものを盾にとれば、命を差し出すくらいのことはするんじゃないだろうか。
十八歳なら恋人がいてもおかしくはない。
ファジュルに最も親しいものを人質にすればいい。
恋人を引きずり出すのに最も効果的な方法は、あいつらの望む餌を与えることだ。
例えばそう……。
そこまで考え、片腕に声をかける。
「ディヤ」
「はい。ここに控えております」
ディヤは膝をついて頭を下げ、静かに命令を待つ。
「懲罰室に放り込んでおいたザキーをつれて来い。あいつの訴えを受け入れてやろうじゃないか」
「訴え……。停戦交渉のことですか」
「ああ。ザキーに交渉の文を届けさせる。停戦の条件として、互いの妻を人質として交換する。名案だと思わないか」
マッカを差し出したところで、ガーニムは痛くも痒くもない。
ウスマーンを服従させる人質として妻にしたにすぎない。
「良いのですか、陛下。大切な妻君を反乱軍に引き渡すなんて」
「マッカを渡して王位を守れるなら安いものだ。俺とマッカ、王と后、どっちの命が重要か考えなくてもわかるだろう? 妹が平和の礎となれるのだから、ウスマーンも死後の世界で喜んでいるさ。クククッ」
ファジュルは、交渉で女を差し出せるような性格ではないだろう。
反乱軍が停戦交渉を拒否すれば、国民はこう思う。「反乱軍は国を平和にする気がない、玉座が欲しいだけの逆賊だ」と。
交渉に乗れば、平和と引き換えに愛する女を失う。
どちらを選んでもファジュルにとって痛手でしかない。
「悪いお人ですね、陛下」
「停戦交渉を受け入れるか、拒否するか。ファジュルがどちらを選ぶのか見ものだなぁ」
「家族を差し出すなんて、あたしなら断ります」
「そうだろう。だから持ちかけるのだ。断るに決まっていることを。断ったからこそ起こる悲劇というものもあるのさ」
これだけガーニムの邪魔をし続け、手を煩わせて来たのだ。
ファジュルめ、存分に苦しみぬいた上で死ねばいい。