ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜

 王宮に面倒な客人が来た。
 ナントカという女の父親だそうだ。名前など覚えてはいない。


 くだらぬことに時間を裂きたくはないが、正規の手続きを踏んで謁見しに来たので門前払いもできない。
 王は国民から謁見の願いがあれば応えるという法が定められている。
 とっととこんな下らない法を廃止にしなかった事が悔やまれる。



 その男は謁見の間に入ってきても、頭を下げず挨拶すらもしない。口を開いていいと許可もしていないのに、唐突に言った。

「陛下はナエレのことを知っていますか」
「ナエレ?」

 この無礼な男は、城で何人働いていると思っているのか。
 ディヤのような上役ならいざ知らず、掃いて捨てるほどいる端役なんぞ名前どころか顔も覚えていない。

「髪が三つ編みで、書庫管理していた娘ですよ」
「ああ、あれか」

 男に聞こえぬよう、ディヤが小声で補足する。
 召使いを束ねているだけあり、実に物覚えのいいやつだ。

「ナエレはまだ二十二だった。未来があった。頭が良く、思慮深く、王宮書庫の管理人にまでなれたわたくしの娘です。近所でも聡明だと言われておりました。なのになぜ何者かに命を奪われなければならなかったのでしょう」

 男は涙ながらに、自分の娘がいかに優秀だったか語る。
 三流の役者でもやらないような大げさな身振り手振りに、心底寒気がした。
 王城で働く娘がたいそうご自慢で誇りだったらしい。

 マラ教には『死者の喪に服すのは三日まで』という教えがある。
 あれが死んでかなりの日数が経とうというのに、まだくだらぬことを吐かす。
 父親もまた娘と同じ、阿呆なのだろう。
 だが、阿呆にも使い道はある。

「反乱軍だ。お前の娘は反乱軍に殺された」
「反乱軍、ですと?」
「そうだとも。勇敢にも反乱軍の拠点を突き止めようと乗り込み、返り討ちにされたのだ。怨むなら反乱軍の頭、偽王子ファジュルを怨むのだな」

 男の顔面は見る間に血が上っていく。

「この国を脅かしている、噂の反乱軍が? 反乱軍がわたくしのかわいいナエレを殺したと言うのですか! なんの罪もない一国民なのに、あぁ、かわいそうなナエレ」

 笑えるほどあっさりと引っかかった。
 娘の死を悼むいい父親、という理想像に酔いしれている。これだから自分の頭で考えられぬ阿呆は。
 こいつにとって、何が真実かは関係ない。聞きたかった答えだけが正解なのだ。

 ガーニムの後ろに控えているディヤも、蔑むような目で男を見下ろしている。

 男は勇ましく拳を固める。

「陛下。娘のためなら、わたくしは志願兵となり国を守るために戦いましょう。そのファジュルとかいう悪党を殺して首を娘の墓の前に供えなければ、ナエレの魂も救われない」
「そうか。では兵の長ビラールに面通りをしておけ。これから先はビラールの命で動くように。期待しているぞ」
「はは! このワリー、必ずや陛下の期待に応えましょう」

 指先で警備兵の一人に指示すると、兵は男を連れ詰め所に向かっていった。


 邪魔者がいなくなって、ようやく息ができる。
 ああいう馬鹿と話すとひどく疲れる。
 すぐさまディヤが召使いに言い、銀のゴブレットと葡萄酒を用意させる。

「ご苦労」

 ディヤは何も言わず頭を下げる。
 こちらの意図を察して動き、必要なときにだけ喋る、こういう者のほうがそばにおくにちょうどいい。

「あからさまな嘘を信じて馬鹿正直にファジュルを殺しに行ってくれるとは。阿呆も使いようだな。そうは思わぬか、ディヤ」
「口が軽そうですから、必ず近所や知人にふれまわるでしょう。『わたくしは王命をうけ、娘を殺した反乱軍を根絶やしにするため戦うのだ』と」

 そう。あの阿呆を使うのはそれが狙いだ。
 国民の半数が『反乱軍は人を救うために動いている』と信じている。
 そこにあの男が悪評を吹聴してまわればどうなるか。
 万一にファジュルのハンランが勝ったとしても、民は思うのだ。反対派の国民を殺すような男が王になっていいのか? と。

「クククッ、娘を殺した仇は、最初から目の前にいたというのにな。それが『陛下の期待に応えましょう』ときた。あれが馬鹿で助かった」

 ゴブレットをあおり、空になったところにディヤが二杯目を注ぐ。

「耳障りのいい餌に飛びついて、自分の目で見て考えることをしない。一生出世できないでしょう」
「出世はしないが、期待通り反乱軍の名を地の底まで落としてくれるだろう。なんの訓練も受けたことのない人間など、戦端が開かれても初日で命を落とす」
「さすが陛下。抜かりないですね」


 捨てた手駒が新たな駒を連れてくる。
 どうやらマラ神はガーニムの味方のようだ。
 反乱軍が何をしようと、ガーニムの都合がいいように事が運ぶ。
 
 ファジュルの死体を見下ろして酒が飲める日も、そう遠くはなさそうだ。



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