ドブネズミの革命 〜虐げられる貧民たちは下克上する〜
ヨハンとディーが隠し通路に行ったのと時同じくして、ファジュルは拠点候補地を目指していた。
向かった先に危険なものがあるといけないから、ルゥルアとユーニスはスラムで待機だ。
ユーニスは不満そうだったけれど、ルゥルアの護衛をしていてくれと言いくるめて残らせた。
表向きは一座がイズティハル王都から引き上げているふうに見せ、オアシスに向かった。
サーディク、ラシード、アムル、そして案内役のヨアヒムが調査に同行している。
フタコブラクダがみんなを乗せた荷車を引いていく。ファジュルはホロの隙間から、遠ざかる城下町を眺めていた。
生まれてからずっとスラムで暮らしていたため、城下を離れるのは初めてのこと。
町はあっという間に見えなくなり、視界は一面の荒野に覆われる。
「ファジュル、サーディク。これを持っていてくれ。洞穴で使う」
荷台の奥で荷物を漁っていたヨアヒムが、小さな麻袋を投げて寄こした。
開けてみると、拳に収まるほどの小さな玉がいくつも入っている。玉一つ一つから細い紐が数センチ頭を出している。
「なんだこれ?」
不思議がるファジュルとサーディクに対して、ラシードは懐かしそうな反応をする。
「おお、煙玉か。昔はよく家で使ったもんだ」
「さすがに、スラムでは手に入りにくいですよね。これを燃やすと虫やネズミが嫌う臭いの煙が出るんです。家なら部屋を密閉して、弱った虫を退治する」
アムルが説明してくれて、ファジュルは納得する。サーディクも感心しきりだ。
「手付かずで放置されているところだから、当然虫や小動物もいるわけか」
「へー。便利なもんがあるんだな〜。オレら毎日の飯にありつくのがやっとで、虫除けに金出す余裕ないもんな」
オアシスや洞穴を根城にしていた生き物たちに悪いとは思うが、砂漠には毒を持った生物も多いし退治するに超したことはない。
荷車で揺られながら仮眠をとり、目覚めると目的地についていた。
荷車を降りて外に出ると、地平線が白んでいた。夜明けが近い。
オアシスは透明度が高く、底に岩がゴロゴロと転がっているのが見える。
オアシスのまわりにささやかに細木が生えている。
あたりは崖に囲まれていて、足元は乾いた土。少し歩いた崖のあたりが洞穴になっていた。
ヨアヒムはファジュルに聞いてくる。
「今回はキャラバンの荷物を運んでいたから少しかかってしまったが、重い荷物がなければ、王都からラクダで一時間。どうだい」
「近すぎて兵に見つかっても困るから、ある程度距離があるのはいいんじゃないか。水と食料さえ確保できれば」
「一応、ここの水は煮沸すれば飲める。荒野に水源は少ないから、ここを使うキャラバンは多い。僕達もいつも利用させてもらっているよ」
「ヨアヒムのキャラバン以外が立ち寄ることもあるのか」
いろんな旅人がここによく立ち寄るなら、王の手の者に拠点を見られてしまう可能性もあるのではないか。警戒するファジュルに、ヨアヒムは言う。
「オアシスに立ち寄るのは水補給の一時的なものだし、みんなあそこの岩場にまでは行かないよ。自分たちのテントがあるのにわざわざ虫退治をして洞穴に入ろうなんてするわけ無いだろう。煙玉だってタダじゃないんだから」
「へー。じゃあ味方以外の人間がオアシスにいるときはここに来なければいいわけだな。気をつけねーと」
サーディクもウンウンと頷く。オアシスから岩場の洞穴まではやや距離があるから、目隠しになる植物を植えて入り口を隠せばいい。
「多くの旅人がオアシスを使うのなら、俺達の仲間が何かここに運んできても、数多の旅一座の一つとしか思われない可能性が高い、か。まずは虫を退治して、洞穴の奥行きや数を確認しよう。使えるようならここを拠点にする」
「おうよ!」
ファジュルとサーディクとヨアヒム、アムルとラシード、手分けをして洞穴を煙りでいぶし、洞穴に巣食う生き物を追い払っていく。
洞穴に煙玉を放り込むと、間もなく白い煙が立ち込め、トカゲやら虫やらがわらわら出てくる。
虫嫌いな人間がここにいたら、阿鼻叫喚の悲鳴が響いていたことだろう。
煙が晴れてから、虫やトカゲを始末しつつ、ランタンを持って中を確認していく。
幅は大人が横になっても余裕がある。内部の高さはまちまちだが、よほど背の高い男でなければ、頭をぶつけることはなさそうだ。
奥行きは数メートルのものから、十メートル以上あるものまで。
その洞穴が大小七つ。
確認を終えて、分かれていた組と合流する。
アムルが錆びて埃まみれの短刀を持ってきた。
「あそこの洞穴に落ちていました。昔はここに住んでいた人もいたようですね」
「壊滅した盗賊団の置土産かもしれんな。ヤザン様の頃はこのあたりにも盗賊が居たそうだ」
ラシードがしみじみと呟く。
ファジュルの祖父が王だった時代、このあたりで悪さをしていた盗賊団を一斉に掃討した、とラシードの持つ歴史書に載っていた。ファジュルは昔読んだ本の記憶をたどる。
「盗賊団か……。もう全員捕まって処刑されたんだったな。盗み以外にも様々な余罪があったため、だったか」
「スリ程度なら数日牢に放り込まれて終わりですが、彼らは商隊を襲い物資を略奪することを繰り返し、流通にも甚大な被害をもたらしていました。抵抗した商人を殺していたことを加味して量刑が重くなったと、兵所の記録に残っています」
アムルの説明を聞いて顔色を悪くしたのはサーディクだ。人殺しはしていないとはいえ盗みに関しては身に覚えがあるゆえ、思うところがあるようだ。
「も、もしかしてだけど〜、オレももし兵に捕まったらかなり重い罰を受けたりすんのかな。無罪放免〜ってならない?」
「窃盗を繰り返す者が国を良くしようと掲げる軍に参加していても説得力に欠けるな。今後は改めないといつかは盗賊団と同じ末路を辿るぞ、サーディク」
にべもなく言うファジュル。これまでサーディクは窃盗を繰り返しているため、捕まれば何かしらの罪に問われることは確かだ。
「そんな、まだハーレムを作ってないのに死にたくなーい!」
まだハーレムハーレムと言うサーディクを見て、その場にいた全員がため息をついた。
「とにかく、今日から窃盗はするな。わかったな」
「ええぇ……。じゃあオレ、これからどう生活すりゃいいんだよ」
「じゃあ、ここを生活できる場にするための大工役をやってもらうか。岩場の上に直に寝るわけにはいかないだろ」
「そうだな。固い寝床って背中が痛くなるし。あ、でも、今後仲間になる女の子たちに、ここを住みやすくしたのが俺だって言ったらモテるか?」
「そんなことを俺に聞かれてもな」
聞く相手を間違えているとしか言いようがない。ファジュルはルゥルア一筋だから、どうすれば不特定多数の女にモテるかなんて、そもそも考えないのだ。
モテるために寝やすい拠点にすると意気込むサーディクを尻目に、ファジュルたちは次なる行動の相談をする。
「拠点を整えたらあとは資金と武器調達、人員を増やすのは少しずつだな」
「では、国内でガーニム王政に反意を持っている臣下や貴族を味方につけると良いでしょう。ガーニムに与する者は多いが、逆もいないわけではない」
ラシードが静かに言う。元々ガーニムを嫌っている者なら、ガーニムがアシュラフを殺して王位を奪ったと知れば、きっと協力してくれる。
「アムル、反ガーニムで思い当たる人物はいないか」
「あいにく僕は王や姫と関わらないところの警備に配属されていたので、国政に携わる人間のことはなにも知りません。お役に立てず申し訳ありません」
「そうか。……シャムスなら誰がガーニムと近い貴族か知っているだろうな。誰に協力を仰ぐか、シャムスが合流してから考えよう」
サーディクとアムルにこの拠点の整備を任せ、ファジュルとラシードは仲間を迎えに行くためラクダと荷車を借り、スラムに戻った。
向かった先に危険なものがあるといけないから、ルゥルアとユーニスはスラムで待機だ。
ユーニスは不満そうだったけれど、ルゥルアの護衛をしていてくれと言いくるめて残らせた。
表向きは一座がイズティハル王都から引き上げているふうに見せ、オアシスに向かった。
サーディク、ラシード、アムル、そして案内役のヨアヒムが調査に同行している。
フタコブラクダがみんなを乗せた荷車を引いていく。ファジュルはホロの隙間から、遠ざかる城下町を眺めていた。
生まれてからずっとスラムで暮らしていたため、城下を離れるのは初めてのこと。
町はあっという間に見えなくなり、視界は一面の荒野に覆われる。
「ファジュル、サーディク。これを持っていてくれ。洞穴で使う」
荷台の奥で荷物を漁っていたヨアヒムが、小さな麻袋を投げて寄こした。
開けてみると、拳に収まるほどの小さな玉がいくつも入っている。玉一つ一つから細い紐が数センチ頭を出している。
「なんだこれ?」
不思議がるファジュルとサーディクに対して、ラシードは懐かしそうな反応をする。
「おお、煙玉か。昔はよく家で使ったもんだ」
「さすがに、スラムでは手に入りにくいですよね。これを燃やすと虫やネズミが嫌う臭いの煙が出るんです。家なら部屋を密閉して、弱った虫を退治する」
アムルが説明してくれて、ファジュルは納得する。サーディクも感心しきりだ。
「手付かずで放置されているところだから、当然虫や小動物もいるわけか」
「へー。便利なもんがあるんだな〜。オレら毎日の飯にありつくのがやっとで、虫除けに金出す余裕ないもんな」
オアシスや洞穴を根城にしていた生き物たちに悪いとは思うが、砂漠には毒を持った生物も多いし退治するに超したことはない。
荷車で揺られながら仮眠をとり、目覚めると目的地についていた。
荷車を降りて外に出ると、地平線が白んでいた。夜明けが近い。
オアシスは透明度が高く、底に岩がゴロゴロと転がっているのが見える。
オアシスのまわりにささやかに細木が生えている。
あたりは崖に囲まれていて、足元は乾いた土。少し歩いた崖のあたりが洞穴になっていた。
ヨアヒムはファジュルに聞いてくる。
「今回はキャラバンの荷物を運んでいたから少しかかってしまったが、重い荷物がなければ、王都からラクダで一時間。どうだい」
「近すぎて兵に見つかっても困るから、ある程度距離があるのはいいんじゃないか。水と食料さえ確保できれば」
「一応、ここの水は煮沸すれば飲める。荒野に水源は少ないから、ここを使うキャラバンは多い。僕達もいつも利用させてもらっているよ」
「ヨアヒムのキャラバン以外が立ち寄ることもあるのか」
いろんな旅人がここによく立ち寄るなら、王の手の者に拠点を見られてしまう可能性もあるのではないか。警戒するファジュルに、ヨアヒムは言う。
「オアシスに立ち寄るのは水補給の一時的なものだし、みんなあそこの岩場にまでは行かないよ。自分たちのテントがあるのにわざわざ虫退治をして洞穴に入ろうなんてするわけ無いだろう。煙玉だってタダじゃないんだから」
「へー。じゃあ味方以外の人間がオアシスにいるときはここに来なければいいわけだな。気をつけねーと」
サーディクもウンウンと頷く。オアシスから岩場の洞穴まではやや距離があるから、目隠しになる植物を植えて入り口を隠せばいい。
「多くの旅人がオアシスを使うのなら、俺達の仲間が何かここに運んできても、数多の旅一座の一つとしか思われない可能性が高い、か。まずは虫を退治して、洞穴の奥行きや数を確認しよう。使えるようならここを拠点にする」
「おうよ!」
ファジュルとサーディクとヨアヒム、アムルとラシード、手分けをして洞穴を煙りでいぶし、洞穴に巣食う生き物を追い払っていく。
洞穴に煙玉を放り込むと、間もなく白い煙が立ち込め、トカゲやら虫やらがわらわら出てくる。
虫嫌いな人間がここにいたら、阿鼻叫喚の悲鳴が響いていたことだろう。
煙が晴れてから、虫やトカゲを始末しつつ、ランタンを持って中を確認していく。
幅は大人が横になっても余裕がある。内部の高さはまちまちだが、よほど背の高い男でなければ、頭をぶつけることはなさそうだ。
奥行きは数メートルのものから、十メートル以上あるものまで。
その洞穴が大小七つ。
確認を終えて、分かれていた組と合流する。
アムルが錆びて埃まみれの短刀を持ってきた。
「あそこの洞穴に落ちていました。昔はここに住んでいた人もいたようですね」
「壊滅した盗賊団の置土産かもしれんな。ヤザン様の頃はこのあたりにも盗賊が居たそうだ」
ラシードがしみじみと呟く。
ファジュルの祖父が王だった時代、このあたりで悪さをしていた盗賊団を一斉に掃討した、とラシードの持つ歴史書に載っていた。ファジュルは昔読んだ本の記憶をたどる。
「盗賊団か……。もう全員捕まって処刑されたんだったな。盗み以外にも様々な余罪があったため、だったか」
「スリ程度なら数日牢に放り込まれて終わりですが、彼らは商隊を襲い物資を略奪することを繰り返し、流通にも甚大な被害をもたらしていました。抵抗した商人を殺していたことを加味して量刑が重くなったと、兵所の記録に残っています」
アムルの説明を聞いて顔色を悪くしたのはサーディクだ。人殺しはしていないとはいえ盗みに関しては身に覚えがあるゆえ、思うところがあるようだ。
「も、もしかしてだけど〜、オレももし兵に捕まったらかなり重い罰を受けたりすんのかな。無罪放免〜ってならない?」
「窃盗を繰り返す者が国を良くしようと掲げる軍に参加していても説得力に欠けるな。今後は改めないといつかは盗賊団と同じ末路を辿るぞ、サーディク」
にべもなく言うファジュル。これまでサーディクは窃盗を繰り返しているため、捕まれば何かしらの罪に問われることは確かだ。
「そんな、まだハーレムを作ってないのに死にたくなーい!」
まだハーレムハーレムと言うサーディクを見て、その場にいた全員がため息をついた。
「とにかく、今日から窃盗はするな。わかったな」
「ええぇ……。じゃあオレ、これからどう生活すりゃいいんだよ」
「じゃあ、ここを生活できる場にするための大工役をやってもらうか。岩場の上に直に寝るわけにはいかないだろ」
「そうだな。固い寝床って背中が痛くなるし。あ、でも、今後仲間になる女の子たちに、ここを住みやすくしたのが俺だって言ったらモテるか?」
「そんなことを俺に聞かれてもな」
聞く相手を間違えているとしか言いようがない。ファジュルはルゥルア一筋だから、どうすれば不特定多数の女にモテるかなんて、そもそも考えないのだ。
モテるために寝やすい拠点にすると意気込むサーディクを尻目に、ファジュルたちは次なる行動の相談をする。
「拠点を整えたらあとは資金と武器調達、人員を増やすのは少しずつだな」
「では、国内でガーニム王政に反意を持っている臣下や貴族を味方につけると良いでしょう。ガーニムに与する者は多いが、逆もいないわけではない」
ラシードが静かに言う。元々ガーニムを嫌っている者なら、ガーニムがアシュラフを殺して王位を奪ったと知れば、きっと協力してくれる。
「アムル、反ガーニムで思い当たる人物はいないか」
「あいにく僕は王や姫と関わらないところの警備に配属されていたので、国政に携わる人間のことはなにも知りません。お役に立てず申し訳ありません」
「そうか。……シャムスなら誰がガーニムと近い貴族か知っているだろうな。誰に協力を仰ぐか、シャムスが合流してから考えよう」
サーディクとアムルにこの拠点の整備を任せ、ファジュルとラシードは仲間を迎えに行くためラクダと荷車を借り、スラムに戻った。