獣人の惑星に転移したら日本に帰りたくなったよ

「ほら食え細いの。お前、食が細いからそんなに毛皮が薄いんだ」

 毛深い手が、俺の前に木のバケツを置いた。
 バケツの中でネズミっぽい小動物が十数匹、走り回っている。

「こ、これは?」
「見てわからねぇのか。ノネズだ。踊り食いがうめぇんだぞ」

 やあ。俺、佐藤。バリバリ最弱な日本男児だ。
 俺は生まれてからこの変な世界に転移するまでの三十年、普通の日本人として生きてきた。


 普通の日本人はネズミを踊り食いなんてしねぇ。


 俺の目の前にいるのは二足歩行のデカイ狼。狼が服を着ている。
 そりゃこの人(?)にとっちゃ普通の食事だろう。
 だが俺は普通の人間だ。


 ネズミの踊り食いなんてしねぇ!


「なんだ食わねぇのか」
「ほ、他の食べ物があるなら……ください」

 原型がわかる形でネズミを食えない。せめて、料理してあるなら。

「こっちのほうがいいってのか? 通だな」
「ひぃっ!」

 小刻みに震えるつぶらな瞳が俺を見上げる。フェレットみたいな見た目の小動物だ。

「これも腹にかぶりつくのがうめぇんだ」
「ごごごご、ごめんなさい食べられませ……」

 マジ無理。
 土下座して狼獣人の集落から逃げ出した。


 何がどうしてこうなった。
 ある日の仕事帰り、電車から降りたらこの世界だった。

 そして翻訳スキルというのが付与されているようで、会話だけはなんとかなっている。
 会話だけは。

 露頭に迷いふらついていた俺を見て、今のように親切な獣人が食べ物を恵んでくれようとする。
 人間として食えないものだ。

 獣人って言ったら人間の頭とお尻にケモミミ尻尾がついてるようなやつじゃないんか!?
 ○マ娘みたいな美少女はどこだよ!


 山に入って、鳥がついばんでいるレモン型の木の実をもいで食べる。
 ここに来てからまともな食事をした記憶がない。
 動物が飲んでいる川の水を飲んで渇きをうるおす。

「おや見かけない種族だね。毛無し種なんて初めて会ったよ」

 洗濯をしにきたらしい二足歩行の縦耳ウサギが声をかけてきた。耳の先端が俺の肩くらいの高さ。ウサギにしてはでかい。

「俺もウサギ獣人と会ったのは初めてだよ……」
「腹減ってないかい? 食事時だから招待してやるよ」 

 記憶の中のウサギは、学校の飼育小屋でニンジンぽりぽり食ってたな。つまりウサギなら俺も食えるまともな食事が出るかもしれない。
 肉食じゃないから、ネズミの踊り食いだけは避けられるだろう。



 と思ってついてきた俺が馬鹿でした。
 家は木のうろ。
 木の葉の皿に盛られたものは

「さあお食べ。採れたてピチピチの草だよ」

 草。
 まごうことなき草だ。
 いまさっき引っこ抜いて来たらしい、土の香りがする草だ。
 それも、ほうれん草やレタスみたいな人間が食える葉野菜じゃなく、牧草。

「ほ、他にないですか」
「おかずはこれだよ」

 出てきたのは柔らかい土の塊、ではなくウンコだ。脱糞したてなのかホカホカしている。
 思い出しましたー、草食かつ、食糞する生物でしたね、ウサギ。


 俺は普通の人間で、ウンコを食う趣味はねぇ。


 この世界に人間はいないんか!!!!
 知能を持った獣人種に会えるのに、一度も人間ぽい種に会えてないんだけど。

 ウサギ獣人って、せめてバニーガールみたいな子を頼むよ。

 寂しがりではないが、いま無性に人間に会いたい。

「あの、ウサギさん。この世界に俺みたいな種族っていないですか」
「ウチは二十年くらいこの国をぐるっと巡ってきたけど、見たことないねぇ」

 よし、他の国に渡ろう。
 そうしないと俺、衣食住の食が得られなくて死にそう。

 草とウンコを食うのはアレだから、満腹だと嘘をついて辞退した。



 いいかげん人間ぽい食事をする種族に会いたい。
 もしくは日本に帰りたい。
 食えない方向性の飯テロはもう嫌だ。


「どうぞ、お客人。ドングリだよ」

 小学生くらいのサイズ感なリスが、木掘りの皿に山盛りドングリを乗せて提供してくれる。

 キラッキラの笑顔で、心からの歓迎で。
 悪意がないのが逆につらい。
 彼らにとって最上級の美食なのだ。


 たぶん俺が人間的普通の食事を作って提供しても、彼らはゲテモノだと言って拒絶する。

 とりあえずモーレツに白米が食いたい。白米に生卵乗っけて醤油かけてかきこみたい。


 そう思って俺は開眼した。
 調理器具から自分で作ろう。

 魚を釣り、焚き火をして、石を割ったナイフで魚の腹を抜く。
 串を刺して焚き火でじっくり焼き上げる。

 塩なんてないから味付けできないが、焼き魚久しぶりウヒョーー!!
 うまい。うまい。うまい。
 だがコメが食いたい。 

 いま日本に帰れたなら、牛丼屋で特盛り牛丼つゆだくだくにキムチとオクラをトッピングしてやる。


 そして十年。
 この世界を放浪したが、人間的な種族に会えないままだった。
 今では山に家を建てて自炊、野山の暮らしを満喫してます。
 
 いま日本に帰れたらビッグバーガーとポテトLサイズ食いたい。


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