一章 セツカと時の鎖

 業務日誌をまとめてから、買い出しリスト全体に目を通す。
 一枚目はお菓子数点と薬。二枚目には【感謝祭でリーンにプレゼントするアクセサリー、買う物は任せる】と走り書きされていた。

 感謝祭は、十二ノ月二十日。
 家族やお世話になった人に日頃の感謝をこめて贈り物をする祝日だ。
 お菓子や花、ハンカチなど何を贈るかは人によりけり。

「アクセサリー、かぁ」

 リーンはアクセサリーが嫌いだ。
 日常生活はおろか、舞踏会に出席するときですら身につけない。

 リーンの担当メイドいわく、「飾られるのは人形になったみたいでイヤ」と断固拒否するらしい。

 そのリーンにアクセサリー。
 父として心配なんだな。この先社交の場に出席することが増えたら、「貴族なのにアクセサリーを一つも持っていないのか」と笑われるに決まっている。
 
「うーん、どんなものなら身につけてくれるんだろうな」

 悩んでいても仕方ない。先に他のものを買おう。


 貴族街を出て、商店がある西地区に向かう。
 レンガ造りの町並みは、二百年前の地図が今でも通用する。

 お菓子屋と薬屋で指定されたものを買って、屋敷に戻るため東に走る。
 深呼吸すると湿ったニオイが鼻に届く。
 冷たい雫が鼻筋に当たり、地面のシミが一つ二つと増えていく。

 あと少しでマーズ家の屋敷というところで、誰かの言い争う声が聞こえた。

「雑草が貴族街で暮らすなんておこがましいですわ。出ていってくださらない?」
「うるさいわね! 私に貴色がないことはあなた達に関係ないでしょ! ほっといて!」

 言い返したのはリーンの声だ。
 声のもとに向かうと、リーンが他家の令嬢令息に囲まれている。

 考えるより先に体が動いていた。

「リーン」
「セツカ」

 リーンと貴族たちの間に割って入る。

「ん、お前マーズの余所者が拾ってきた犬だな。犬が貴族に楯突くつもりか」
「人間と犬の見分けがつかないならサウザンで目の手術をすることをオススメしますよ」
「な、なんだと!? 庶民のくせに!」

 こんなのは言われ慣れているから返しも定型《テンプレ》。
 あちらは言い返されるのに慣れていないのか、こんな安い挑発で気色ばむ。

「ここは俺が引き受けるから、早く帰れ。今日の雨は冷たいから、風邪をひく」
「で、でも、それじゃセツカが」

 傘代わりに、着ていたコートを脱いでリーンの頭にかぶせる。

「雑草が貴族様を無視してんじゃねえ! オレが時の神子になったら、貴色のないヤツ全員国外追放してやる!」

 令息が怒鳴り、その手に炎が宿った。
 リーンを背にかばい身構えたけれど、炎が俺達を襲うことはなかった。



「ぎゃあああ、目がああぁ!」

 眩しい光があたりを包んで、炎魔法の令息は顔を両手で押さえて転がっていた。

 背の高い男性が右手に光の球を浮かべながら笑っている。

「ハハッ。追放? 冗談キツイなぁ。そんなことされたら、お日様の下を歩けなくなるじゃない」

 サングラスをしているから、男性の面差しはよくわからない。ひょうひょうとした語り口に反して、声は怒りをにじませている。

「確かに時の神子は空位だけどさ。ボクが時の神なら、君を神子に選ばないよ。医学大国サウザンでも歪んだ性格は治せないから」

 令息たちは全員真っ青になり、走り去った。
 男性はくるりと俺達に向き直って微笑む。

「ボクはフェン。貴族街は久しぶりだから迷っちゃってさ。アーノルドくんに用があるんだ。マーズ家まで案内してもらえないかな」

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