プロポーズは婚約破棄のあとに。
「リリエル! 僕は君の他に好きな人ができた! だから君との婚約を破棄する!」
「そうですか。ではわたくしたちの両親それぞれに許可を取って、関係書類を提出しておいてください」
舞踏会開始早々に、婚約者であるカマティ王子が宣言した。
あいにく、リリエルは捨てないでと泣いてすがるような性格ではなかった。
カマティは第二王子でリリエルは子爵令嬢。
王侯貴族の婚約を口頭で破棄ができるような国ではないので、書類を出してこいが最も適切な言葉に思えた。
カマティに一礼をして、リリエルは舞踏会会場を出ようとした。
「ちょ、待て待て待て待ってーー! リリエル。ここはなんでなの、とか、相手は誰、とか聞くところでしょ!」
婚約破棄宣言したカマティのほうが、リリエルに泣いてすがってきた。
「まぁ。失礼しました。わたくし世俗に疎いもので。一般的にはそう言えば良いのですね。『ナンデナノトカアイテハダレ』」
「ううん。なんか違う気がするけど、まあいいや。相手は、あー、そのー」
さっきまで自信満々だったのに、カマティは急に口ごもる。よほど口に出すとまずい相手なのか、もしや人妻!? と会場にいた客たちが小声でささやきあう。
「……まさかとは思いますが、好きな人がいるというのは口から出まかせですか」
いつまでも口の中でモゴモゴしているカマティを見て、リリエルは聞いてみた。
「だ、だって、リリエルはいつだってクールだし動じないし、僕のことを好きかどうかわからない。他に好きな人がいるって言えば嫉妬くらいはしてくれるんじゃないかなーって……」
「王族の結婚に愛を求めるなんて笑止ですわ。わたくしたち、国を時計に例えるなら、時間 を円滑に動かすための歯車です。国のために番い、世継ぎを産むだけ」
少なくともリリエルは、幼い頃からそう教えられて育った。
対するカマティは違った。乳母が庶出であったため、恋をして結婚するという庶民の生活を聞いて育った。
「そんなの悲しいじゃないか。僕たちは王族である前に一人の人間なんだ。せっかく結婚するなら恋をしたいだろう」
「カマティ様の言う、好きな人がいると言われて嫉妬する、そういうのを恋というのですか?」
恋なんてもの貴族には不要。教育係はずっとそう言っていた。
だからリリエルもそう考えていた。
「僕にもわからない。わからないけど、僕は国家を運営するための相棒とか歯車とか、そういう形だけのものは嫌なんだ。だから婚約破棄したら、本当は好きなのになんで別れなきゃいけないんだ、とか、離れないで、って気持ちがわかるかなと思って」
カマティの言いたいことがわかるような、わからないような。
「リリエル。他に好きな人がいると聞いてどう思った?」
「わたくしは子爵の娘にすぎませんし、もっと高位で……貴方の伴侶に適任な令嬢がいるのなら、わたくしは言われたとおり婚約を解消して身を引くしかありません」
「家の体裁とか、格とか、そういうことを取り払って。リリエル自身は?」
身分関係なく、カマティがリリエルの他に好きな人がいたら……。他に。それはつまり、リリエルに恋愛感情を持っているということ。
「……カマティ様は、わたくしのことが好きなのですか?」
「うん、そうさ」
「どうしてですか」
大人に教えられたことを鵜呑みにするしかできない、木偶人形のようなつまらない女なのに。
困惑するリリエルに、カマティは笑顔で答えます。
「わかんないや。好きって理屈じゃないから。もっと笑顔を見たいなって思うんだ。僕の伴侶になるための勉強すごく辛いのに、リリエルは泣き言を言ったことないよね。誰かに『一日くらい勉強サボっていいから遊びに行こうよ』って誘われても断っているし」
「え、あ………」
頑張るのは伴侶になるために当然のことで、そう教えられたからで。親が決めた婚約を嫌だと言うのは、親の立場を悪くするからで。
リリエルはどうしてそうまでして勉強を頑張るのか、初めて考えた。
カマティは第二王子という、政権争いの渦中にいる。常に命を狙われるような立場。
なのにいつでもリリエルに笑いかける。今の立場から逃げたいとか辛いとか言ったことがない。
婚約抜きに、この人の支えになりたいと思った。
リリエルの顔を覗き込んで、カマティは笑う。
「少しくらいは、期待してもいいのかな」
「……知りません。でも、嘘をついて相手を試そうなんて、王族にあるまじき行為です。カマティ様は反省するべきだと存じます」
「うん。反省する。婚約破棄なんて心にもないこと言ってごめんね。本当はリリエルのこと大好きだよ。これからも僕と一緒にいてね」
静まり返っていた舞踏会会場が、割れんばかりの拍手に包まれた。
このやり取りをしているのは舞踏会の最中なのだと、ようやくリリエルは思い出した。
恥ずかしさのあまり顔を手で覆う。
「あはは。リリエルのこんなにかわいい顔、他の人に見せられないね」
カマティはリリエルの手を引いて、逃げるように舞踏会会場を出る。
後に舞踏会参加者からこの一件をからかわれたのは別の話。
第二王子夫婦が国きっての相愛の象徴と謳われるようになるのは、ここより数年先の話。
END
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「そうですか。ではわたくしたちの両親それぞれに許可を取って、関係書類を提出しておいてください」
舞踏会開始早々に、婚約者であるカマティ王子が宣言した。
あいにく、リリエルは捨てないでと泣いてすがるような性格ではなかった。
カマティは第二王子でリリエルは子爵令嬢。
王侯貴族の婚約を口頭で破棄ができるような国ではないので、書類を出してこいが最も適切な言葉に思えた。
カマティに一礼をして、リリエルは舞踏会会場を出ようとした。
「ちょ、待て待て待て待ってーー! リリエル。ここはなんでなの、とか、相手は誰、とか聞くところでしょ!」
婚約破棄宣言したカマティのほうが、リリエルに泣いてすがってきた。
「まぁ。失礼しました。わたくし世俗に疎いもので。一般的にはそう言えば良いのですね。『ナンデナノトカアイテハダレ』」
「ううん。なんか違う気がするけど、まあいいや。相手は、あー、そのー」
さっきまで自信満々だったのに、カマティは急に口ごもる。よほど口に出すとまずい相手なのか、もしや人妻!? と会場にいた客たちが小声でささやきあう。
「……まさかとは思いますが、好きな人がいるというのは口から出まかせですか」
いつまでも口の中でモゴモゴしているカマティを見て、リリエルは聞いてみた。
「だ、だって、リリエルはいつだってクールだし動じないし、僕のことを好きかどうかわからない。他に好きな人がいるって言えば嫉妬くらいはしてくれるんじゃないかなーって……」
「王族の結婚に愛を求めるなんて笑止ですわ。わたくしたち、国を時計に例えるなら、
少なくともリリエルは、幼い頃からそう教えられて育った。
対するカマティは違った。乳母が庶出であったため、恋をして結婚するという庶民の生活を聞いて育った。
「そんなの悲しいじゃないか。僕たちは王族である前に一人の人間なんだ。せっかく結婚するなら恋をしたいだろう」
「カマティ様の言う、好きな人がいると言われて嫉妬する、そういうのを恋というのですか?」
恋なんてもの貴族には不要。教育係はずっとそう言っていた。
だからリリエルもそう考えていた。
「僕にもわからない。わからないけど、僕は国家を運営するための相棒とか歯車とか、そういう形だけのものは嫌なんだ。だから婚約破棄したら、本当は好きなのになんで別れなきゃいけないんだ、とか、離れないで、って気持ちがわかるかなと思って」
カマティの言いたいことがわかるような、わからないような。
「リリエル。他に好きな人がいると聞いてどう思った?」
「わたくしは子爵の娘にすぎませんし、もっと高位で……貴方の伴侶に適任な令嬢がいるのなら、わたくしは言われたとおり婚約を解消して身を引くしかありません」
「家の体裁とか、格とか、そういうことを取り払って。リリエル自身は?」
身分関係なく、カマティがリリエルの他に好きな人がいたら……。他に。それはつまり、リリエルに恋愛感情を持っているということ。
「……カマティ様は、わたくしのことが好きなのですか?」
「うん、そうさ」
「どうしてですか」
大人に教えられたことを鵜呑みにするしかできない、木偶人形のようなつまらない女なのに。
困惑するリリエルに、カマティは笑顔で答えます。
「わかんないや。好きって理屈じゃないから。もっと笑顔を見たいなって思うんだ。僕の伴侶になるための勉強すごく辛いのに、リリエルは泣き言を言ったことないよね。誰かに『一日くらい勉強サボっていいから遊びに行こうよ』って誘われても断っているし」
「え、あ………」
頑張るのは伴侶になるために当然のことで、そう教えられたからで。親が決めた婚約を嫌だと言うのは、親の立場を悪くするからで。
リリエルはどうしてそうまでして勉強を頑張るのか、初めて考えた。
カマティは第二王子という、政権争いの渦中にいる。常に命を狙われるような立場。
なのにいつでもリリエルに笑いかける。今の立場から逃げたいとか辛いとか言ったことがない。
婚約抜きに、この人の支えになりたいと思った。
リリエルの顔を覗き込んで、カマティは笑う。
「少しくらいは、期待してもいいのかな」
「……知りません。でも、嘘をついて相手を試そうなんて、王族にあるまじき行為です。カマティ様は反省するべきだと存じます」
「うん。反省する。婚約破棄なんて心にもないこと言ってごめんね。本当はリリエルのこと大好きだよ。これからも僕と一緒にいてね」
静まり返っていた舞踏会会場が、割れんばかりの拍手に包まれた。
このやり取りをしているのは舞踏会の最中なのだと、ようやくリリエルは思い出した。
恥ずかしさのあまり顔を手で覆う。
「あはは。リリエルのこんなにかわいい顔、他の人に見せられないね」
カマティはリリエルの手を引いて、逃げるように舞踏会会場を出る。
後に舞踏会参加者からこの一件をからかわれたのは別の話。
第二王子夫婦が国きっての相愛の象徴と謳われるようになるのは、ここより数年先の話。
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