彼は本物を求めた。
どれが本物か、偽物か。
それを理解していながら、わざわざ偽物を選ぶ者などいるわけがない。
偽物の自分が抱く、偽物の感情を選ぶわけがない。
彼女は心の中で自分に言い聞かせるように何度も何度も繰り返した。その度に心が擦り減っていく。苦しかった。頭では理解しているからといって、心が受け入れられているわけではないのだ。
それでも彼女は自分に言いかせていた。諦めのようなものだったのかもしれない。
彼女は、何も口を出さなかった。
手を出さなかった。
そうして彼女は、彼の最期を見届けた。
「ねえ、一角」
彼女は彼だったものを拾い上げて、抱き締めた。
誰になんと言われようと、自分にとっては本物だった。
彼も。自分の胸の中にある想いも。
でも、それは彼にとっては偽物でしかなかった。必要のないものだった。自分を見つめる彼の瞳は、それを物語っていた。
彼らが戦う姿を見て、彼女は思った。
自分がもし何者かによって傷つけられた時、彼はあの男のように地を震わす龍を彷彿とさせる姿を見せてくれるのだろうかと。
いや、ないだろう。
彼女は自分の欲望とも言える考えをすぐに否定し、自嘲の笑みを浮かべた。
男の腕に大事そうに抱えられている"自分"が羨ましかった。
彼が最期に呟いたのは、どちらの"自分"の名前だったのだろうか。
ほんの少しでも良いから、自分のことも思い出してくれていれば良いのに。
しかし彼女は、それを期待するのも無駄だと分かっていた。
それでも彼女は、彼を──
「……愛してるよ」
伝えることが許されなかった言葉を物言わぬ彼へと告げて、口付けを落とした。
彼女は、胸に彼を抱きながら自分の喉へ何の躊躇いも無く刀を突き立てた。
偽物は、偽物故に何も手にすることは叶わなかった。自分は最期まで一人だった。
けれど、彼を一人にはしたくない。それが彼女の唯一の願い。
「偽物で、ごめんね……」
一筋の涙が頬を伝うと、彼女もまた彼と同じようにただの物へと成り果てた。
投げ出された紅い玉は地を転がり、もう一つの紅い玉のすぐ傍で寄り添うように動きを止めた。
続
【暮真朝偽】
真実とうその定めがたいこと。
朝と夕でうそと真実が入れかわる。