戦国BASARA
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君がため
(大谷吉継)
「吉継様、お目覚めですか?」
鈴を転がすような澄んだ声が聞こえ、うすらと吉継は閉じていた瞼を開いた。すると、枕元に女が端座していた。
「……絃か?」
「はい。絃にございます」
吉継の問いに柔らかく応えた女──絃は、水疱で爛れている吉継の手を臆することなく握った。吉継より小さな手で自分はここにいると伝える。
「今日は体調が余り良ろしくないと伺って」
「そうか。心配をかけたな。すまぬ、スマヌ」
「いえ」
「──われはもう長くない」
絃が息を飲む音が微かに吉継の耳に届いた。手を握る力も些か強くなるのを吉継は気付いた。
「目も、ほとんど見えぬ」
日に日に、視界の端から黒い霧がかかったように狭くなる。視界の真ん中に映る物も全てがぼやぼやと霞み、何かがそこに在るぐらいにしか認識できないようになっていた。
自分の心を踊らせる絃の笑った顔、嬉しそうな顔、拗ねた顔、哀しそうな顔、全てをを目に映したいが吉継にはもうそれは叶わない。
「手も足も、動かぬ」
頭で動けと命令しても、体は動かない。ただの棒に成り果ててしまった。
もう自分で立って歩く事さえ出来ない。この腕で絃の小さな体躯を柔らかく包んでやりたいのに、吉継にはもう叶わない。
「そのうち、耳も聞こえなくなる」
耳に心地良い声も認識できなくなる。
そして、自分は完全なる暗闇へと放りだされる。そしてそのまま死んでいくのだろう、と吉継は他人事のように思った。
「……われは、ぬしを残して先に逝ってしまう」
ぽたり、ぽたり。
絃が握っている吉継の手の甲に雫が零れ落ちた。
「泣くな、われはぬしに泣かれるのに滅法弱い」
「吉継様」
「絃。いい加減聞き入れてくれぬか、離縁の話を。われを忘れて、ぬしは幸せに、なりやれ。」
その言葉を口にすると、吉継は暖かい何かに包まれた。
「嫌に御座います!」
布団に横たわる吉継に覆いかぶさるように絃は吉継を抱きしめる。
「……われの最後の願いよ」
「そのような、願いは、聞きとう御座いませぬっ!」
「絃……」
「絃は一生、貴方様の妻に御座います! だからっ、」
より一層強く絃は吉継を抱きしめる。
「其のような事を言わないで……」
「……絃」
吉継が望むのは絃の幸せ。
泣かせたかった訳ではない、苦しませたかった訳ではない。
ただ陽の下でずっと笑っていて欲しかった。冷えきった自分の心を温めた笑顔を絶やしたくなかった。
「すまぬ…、スマ、ヌ……っ」
声が震え、嗚咽が出そうになった。そこで自分は泣いているのだと吉継は気付く。
その震える体躯を、この腕で、抱きしめてやりたい。
ころころと変わる愉快な顔をいつまでもこの目に映したい。
互いが飽きるまで愛の言葉を囁き続けたい。
(こんなにこの病を呪ったのは、今までに無かったかもしれぬな)
吉継は一歩ずつ確実に近付く自分の死を受け入れてはいる。しかし、それは諦めに近い。どの医者に見せても快気に向かうことはなかった。この世に自分の病を治す術はありはしないのだろう。でも今だけはその現実に目を背けたかった。
「絃は、貴方様との繋がりまで、失いたくありません……っ」
「……われの周りは頑固者ばかりよなあ」
少しでも長く、この幸せの中で生きたい。
「われの負けよ」
視界には震える絃の肩が見える。
もう泣くな。そう言いながら抱いて涙を拭いたい。けれど、動かない身体では触れたくても触れられない。
「絃、愛している」
命はもう尽きてしまう。だが、この想いだけは永くあって欲しいと吉継は願うばかりだった。
「愛しています、吉継様。ただ貴方様だけを、お慕い申しておりまする。この先もずっと……」
目に涙を溜めながら幸せそうに自分へ向かって微笑む絃の笑顔がはっきりと吉継の視界に映った。
不幸なのは自分だけで十分。だから、彼女を想って離縁を申し出た。自分以外の誰かと幸せになるように、と。彼女から笑顔がなくならないのであれば、それで良かった。そう思っていた。
それなのに、真綿で包み込むような優しく温かい感情を自分へ与えてくれる彼女を手放したくなくなってしまった。
「ぬしも不幸にしてしまうなあ……。われを許しやれ……」
「貴方様が下さるものは、どれも絃にとっては大切なものです。例えそれが不幸と呼ばれるものであっても」
「ぬしは本当に変わり者よ」
吉継は、近付く終わりから逃げるように自分の手を握る彼女の手を今ある力をこめて強く握った。
君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思いしかな
(大谷吉継)
「吉継様、お目覚めですか?」
鈴を転がすような澄んだ声が聞こえ、うすらと吉継は閉じていた瞼を開いた。すると、枕元に女が端座していた。
「……絃か?」
「はい。絃にございます」
吉継の問いに柔らかく応えた女──絃は、水疱で爛れている吉継の手を臆することなく握った。吉継より小さな手で自分はここにいると伝える。
「今日は体調が余り良ろしくないと伺って」
「そうか。心配をかけたな。すまぬ、スマヌ」
「いえ」
「──われはもう長くない」
絃が息を飲む音が微かに吉継の耳に届いた。手を握る力も些か強くなるのを吉継は気付いた。
「目も、ほとんど見えぬ」
日に日に、視界の端から黒い霧がかかったように狭くなる。視界の真ん中に映る物も全てがぼやぼやと霞み、何かがそこに在るぐらいにしか認識できないようになっていた。
自分の心を踊らせる絃の笑った顔、嬉しそうな顔、拗ねた顔、哀しそうな顔、全てをを目に映したいが吉継にはもうそれは叶わない。
「手も足も、動かぬ」
頭で動けと命令しても、体は動かない。ただの棒に成り果ててしまった。
もう自分で立って歩く事さえ出来ない。この腕で絃の小さな体躯を柔らかく包んでやりたいのに、吉継にはもう叶わない。
「そのうち、耳も聞こえなくなる」
耳に心地良い声も認識できなくなる。
そして、自分は完全なる暗闇へと放りだされる。そしてそのまま死んでいくのだろう、と吉継は他人事のように思った。
「……われは、ぬしを残して先に逝ってしまう」
ぽたり、ぽたり。
絃が握っている吉継の手の甲に雫が零れ落ちた。
「泣くな、われはぬしに泣かれるのに滅法弱い」
「吉継様」
「絃。いい加減聞き入れてくれぬか、離縁の話を。われを忘れて、ぬしは幸せに、なりやれ。」
その言葉を口にすると、吉継は暖かい何かに包まれた。
「嫌に御座います!」
布団に横たわる吉継に覆いかぶさるように絃は吉継を抱きしめる。
「……われの最後の願いよ」
「そのような、願いは、聞きとう御座いませぬっ!」
「絃……」
「絃は一生、貴方様の妻に御座います! だからっ、」
より一層強く絃は吉継を抱きしめる。
「其のような事を言わないで……」
「……絃」
吉継が望むのは絃の幸せ。
泣かせたかった訳ではない、苦しませたかった訳ではない。
ただ陽の下でずっと笑っていて欲しかった。冷えきった自分の心を温めた笑顔を絶やしたくなかった。
「すまぬ…、スマ、ヌ……っ」
声が震え、嗚咽が出そうになった。そこで自分は泣いているのだと吉継は気付く。
その震える体躯を、この腕で、抱きしめてやりたい。
ころころと変わる愉快な顔をいつまでもこの目に映したい。
互いが飽きるまで愛の言葉を囁き続けたい。
(こんなにこの病を呪ったのは、今までに無かったかもしれぬな)
吉継は一歩ずつ確実に近付く自分の死を受け入れてはいる。しかし、それは諦めに近い。どの医者に見せても快気に向かうことはなかった。この世に自分の病を治す術はありはしないのだろう。でも今だけはその現実に目を背けたかった。
「絃は、貴方様との繋がりまで、失いたくありません……っ」
「……われの周りは頑固者ばかりよなあ」
少しでも長く、この幸せの中で生きたい。
「われの負けよ」
視界には震える絃の肩が見える。
もう泣くな。そう言いながら抱いて涙を拭いたい。けれど、動かない身体では触れたくても触れられない。
「絃、愛している」
命はもう尽きてしまう。だが、この想いだけは永くあって欲しいと吉継は願うばかりだった。
「愛しています、吉継様。ただ貴方様だけを、お慕い申しておりまする。この先もずっと……」
目に涙を溜めながら幸せそうに自分へ向かって微笑む絃の笑顔がはっきりと吉継の視界に映った。
不幸なのは自分だけで十分。だから、彼女を想って離縁を申し出た。自分以外の誰かと幸せになるように、と。彼女から笑顔がなくならないのであれば、それで良かった。そう思っていた。
それなのに、真綿で包み込むような優しく温かい感情を自分へ与えてくれる彼女を手放したくなくなってしまった。
「ぬしも不幸にしてしまうなあ……。われを許しやれ……」
「貴方様が下さるものは、どれも絃にとっては大切なものです。例えそれが不幸と呼ばれるものであっても」
「ぬしは本当に変わり者よ」
吉継は、近付く終わりから逃げるように自分の手を握る彼女の手を今ある力をこめて強く握った。
君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思いしかな
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