BLEACH
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消毒液の補充のために十二番隊へ一人で足を運んだが、約十五リットルの消毒液が入っている大きなボトルを渡された。「一緒に運びましょうか?」と対応してくれた十二番隊の方に気遣われたが、手を煩わせるのも気が引けて断ってしまった。だが、一人で運ぶには流石に無理があったか。
持ち運びしやすいように取っ手はあるが、余りの重さにミシミシと軋んでいる。その取っ手も手のひらに食い込み、腕ごと引きちぎれてしまいそうだった。
「う、ん……っ」
力んでしまっているためか、上手く呼吸ができない。夏の日差しにのぼせて、全身にじんわり汗が浮かんでくる。四番隊から十二番隊がこんなに遠く感じたのは初めてだ。今から十二番隊に戻り、やはり運ぶのを手伝って欲しいと伝えた方が早いかもしれない。
踵を返して、十二番隊へ引き返そうと足を一歩出した。その瞬間、軽く眩暈がして体勢を崩してしまった。パキッと取っ手が割れる音を聞こえ、心臓が凍り付く。消毒液が入っているボトルと取っ手が二つに別れる。大きな音を立てて地面を転がり、地面に広がる消毒液。そんな悲惨な光景が頭に浮かび、頭の中が真っ白になった。現実から目を逸らすように──そして、自分も地面にぶつかってしまう痛みに耐えるために私は瞼をギュッと閉じた。
しかし、私の体に訪れたのは痛みや衝撃ではなく、ふわっと柔らかい感触と力強く抱き締めてくれている細い腕の感触だった。ボトルが地面を転がる音も聞こえない。ゆっくり瞼を開くと頭上で安堵のため息が聞こえてきた。
「……危なかった~。間に合って良かったあ」
私を抱き止めてくれていたのは虎徹副隊長だった。私が苦戦していた重いボトルを軽々と片手で抱え、いつものように眉を少し八の字にして困ったような笑顔を浮かべている。ふわっとした柔らかい感触は虎徹副隊長の胸だった。
「……名前さん、大丈夫ですか?」
ハッ、として急いで虎徹副隊長の胸から顔を離した。状況の把握に数秒遅れ、しばらく柔らかな胸に顔を埋めたままになってしまった。
「虎徹副隊長……! 申し訳ございません!」
「いえいえ。怪我はなかったですか?」
「は、はい! 助けて頂いてありがとうございました!」
頭を深く下げると虎徹副隊長は、わたわたと慌てながら私に頭を上げるように言った。「畏まった風に扱われるの未だに慣れなくて……気軽に話してください。なんなら副隊長だと思わなくても良いですし、友達だと思ってくれて良いので」と頬を人差し指で掻きながら、困った笑顔を浮かべていた。十三番隊に所属する妹の虎徹三席に「もっと副隊長らしく、しゃんとして!」と言われているところをよく見かけるが、着飾らずに謙虚な虎徹副隊長を私は素敵だと思う。
「名前さんが一人で取りに行ったと聞いて、追いかけて来たんです。これ重たいですよね。一人では大変だと思って」
そう言いながらも虎徹副隊長は涼しい顔でボトルを胸に抱きかかえていた。
「じゃあ、帰りましょうか」
「は、はい……!」
私たち二人は並んで四番隊への道を歩いた。私が運んでいた時より、うんと早い。
だが、私は身一つ。夏の日差しに照らされ、まとわりつくような暑さに何も持っていない私も汗が浮かんでくるのに虎徹副隊長にとったらどんな暑さなのだろうか。
「あ、あの……虎徹副隊長」
「はい?」
「持たせてしまって申し訳ございません……重いのに……」
きょとんとした表情を浮かべていた虎徹副隊長は、曇りのない顔でにこりと笑った。
「こういうのは、役割分担ですから! 役職とか気にせず、力仕事は私に言ってくださいね」
本当に素敵だ。スラッと身長が高く、目を惹き惚れ惚れしてしまう背格好。けれど威圧感は全くなく、部下にも分け隔てなく接してくれ、私たちが働きやすい・頼りやすい空気を作ってくれている。彼女の優しさと配慮を私も見習いたい。
「はい。ありがとうございます」
私が笑うと虎徹副隊長も目を細めて笑った。包み込んでくれるような卯ノ花隊長の微笑みとはまた違う、癒してくれるような微笑みに私の心は解きほぐされた。
彼女の額で光る汗が綺麗だ、と思ってしまった。
*
ドン、と音を立て、虎徹副隊長は救護詰所の作業台にボトルを置いた。その音に私は腕が引きちぎられてしまいそうになった重さを思い出した。
「ありがとうございました。補充は私がしておきます」
「手伝いますよ」
「いいえ。虎徹副隊長に運んでいただいたので、私が補充します! 役割分担させてください」
今回は一人でも十分短時間で作業完了することができる。だが、すぐには頷かない虎徹副隊長。それでも私が首を振り続けると、渋々と言った感じで虎徹副隊長は背中を丸めて少し上目遣いに私を見つめた。
「人の手が欲しくなったらすぐに呼んでくださいね?」
「はい。ありがとうございます」
「それでは、私は失礼しますね」
何度もチラチラと私を振り返帰り、文字通り後ろ髪を引かれる思いで虎徹副隊長は救護詰所を後にした。彼女らしさにまた癒され、一人残った救護詰所で口元を緩ませながら作業を始めた。ボトルの側面にある蛇口に手をかけた瞬間、あることを思い出して私は「あ!」と声を上げた。急いで立ち上がり、虎徹副隊長の後を追う。
「虎徹副隊長!」
「は、はい?」
曲がり角を曲がろうとする虎徹副隊長の背中に声をかけると、小さく肩を震わせた。バッとこちらを振り返った虎徹副隊長は目をぱちぱちと瞬かせている。
「お誕生日おめでとうございます!」
「……」
口を小さく開いて、面食らった表情になる虎徹副隊長。ぱち、ぱちと今度はゆっくり瞬きをし、虎徹副隊長は吹き出すように声を出して笑った。
「あはは! わざわざ、それを言いに追いかけてきたんですか? ありがとうございます、名前さん」
澄み渡った夏の青空を背にした虎徹副隊長は眉を上げて嬉しそうに笑った。明るい気持ちにしてくれる夏のような輝きがある笑顔に私の胸は、トクトクと小さな音を立て始めた。
終
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