更木剣八
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寂しい僕にどうか (『素直に言え』の続きのお話です。)
十一番隊道場。
広い道場の真ん中で俺と対峙しているのは、木刀を両手で構えた名前。その目は爛々としており、初めて出会ったあの日のように虚に怯えて泣いていた名前はもういない。
八番隊から十一番隊へ異隊し、俺の弟子にしろと言ったのはそれなりの覚悟があってのことだったらしい。元は虚が恐ろしく、戦うことも苦手だった。それなのに今は木刀を持ち、俺に手合わせしろと毎日言ってくるようになった。十一番隊で過ごすことで周りに感化されたのか、それとも自分でも知り得なかった根では戦うことが好きだったのかは知らないが今は"戦い"となると今のように目を輝かせている。
俺が下ろしていた木刀を構えると、「よーし」と呟きながら名前は小さく三度飛び跳ねる。その後に息を吐いて、深く吸う。
「行きますよ! 隊長!」
「好きに打って来い」
俺の言葉を聞いてにんまり笑うと地を蹴り、俺へ向かって真っ直ぐ向かってくる。自分の力を全てそこにぶつけ、上に持ち上げた木刀を俺へ振り下ろす。先が読める単純な動き。片手でそれを受け止める。木刀がぶつかり、カンと乾いた音が響く。それなりに様になってきたが、俺にとってはまだまだ軽い。
弾き返すと、後ろに飛んで着地する。獲物を捕らえようとしている眼光が鋭い目で俺を捕え、愉しそうに歯を見せて笑う。ゾクリ、と体が震える。イイ顔をするようになった。俺が本気を出せるほどの実力では全然ないが、この顔は俺を気分を高揚させる。
名前はまた地を蹴ると瞬歩で撹乱させようと左右に姿を揺らしながら向かってくる。木刀が届く距離になると目の前から消えた。
「えーい!」
気が抜けるような軽い掛け声が背後から聞こえる。木刀が空を切る音も聞こえ、後ろを振り返ることなく木刀だけで受け止める。
「えー? なんでー? いけたと思ったのになあ……」
名前は不思議そうな声を上げる。
「声出したらどっから打ってくるか分かるだろうが」
「あ! そっか!」
これまた気が抜けるような調子でそう言うと、名前は瞬歩で俺の正面へ戻ってくる。
「俺の番だ」
名前は待ってましたと言わんばかりに笑うと、木刀を両手に構える。
「好きに打ってきて良いですよー!」
名前は俺を真似て同じ言葉を口にする。これが俺達の稽古のいつもの流れだった。名前が数回打った後に、俺が打つ。それを繰り返す。
「今日こそ絶対、隊長の一撃を跳ね返すー!」
始めに名前が打ってきたように俺も地を蹴って、名前まで真っ直ぐ向かう。俺の木刀を受け止めるべく、名前は足を開いて腰を低くする。木刀を振り下ろすと、名前が手に持っている木刀と重い音を立ててぶつかる。木刀を強く握り込むと軋む音を立てた。
「んぐ、ぐぐっ……!」
歯を食いしばって俺の木刀を受け止めている名前の木刀を押し込んでいく。
「っ、……も、もう、無理……っ!」
俺の力に耐えきれなくなった名前は後ろに倒れ、後転しながら転がっていった。俺の木刀を受け止めていた名前の木刀は手から離れてしまい、カランカランと音を立てながら名前と一緒に床を転がっていく。
「……あーっ! 隊長、重すぎるー! ずるい!」
大の字になった名前は手と足をバタバタと動かしており、まるで駄々を捏ねている子供のようだった。
「何も狡くねェだろ」
「ずるいー! 体おっきいんだもん!」
一頻り手と足を動かすと、上体を起こす。俺の目を真っ直ぐ見つめて、歯を見せて笑った。
「でも! 今日は十秒耐えられた!」
一年で十秒。初めは俺の一撃を受けただけで今のように素っ飛んでいっていた。継続は力なりとはよく言ったものだと思う。
「後どれぐらいで隊長のことすっ飛ばせるようになるかなあ……」
「お前、俺のことすっ飛ばす気なのか」
「うん! すっ飛ばしますよー!」
名前は満面の笑みで笑いながら大きく頷いて返事をした。
「えっと、一年で十秒だから……」
両手の指を折りながら、名前は頭の中で何やら計算をしている。
「千年後の成長したわたしは、すっ飛ばせるようになってるかなあ……」
「それはちゃんと俺もその千年のうちに"成長"してることも計算した上での千年なんだろうなァ?」
「え! 隊長ってまだ強くなるの!?」
名前は素っ頓狂な声を上げると、また指を折って何やら計算を始めた。
「……千年で隊長また強くなってたら、千年経ってもまだ十秒しか耐えられなかったりするのかなあ……」
千年という月日を当たり前に俺と過ごそうとしている名前に口角を上げて笑いそうになった。嬉しい、と思ってしまう自分がいる。それは、いつか本当に俺のことをすっ飛ばすことができるかもしれないという可能性への期待なのだろうか。
「それとも全然耐えられなくて初めの時みたいにすぐにすっ飛ばされちゃうのかも……! これ、わたし知ってる! タヌキゴッコだ!」
何やら一人でブツブツと言っている名前。無駄な計算に夢中になってしまった。しばらくその様子を眺めていたが眠気が襲ってきてしまい、大きな欠伸がもれる。欠伸で出てきてしまった涙を適当に手の甲で拭う。
「ほら。片付けておけ」
木刀を名前れ放り投げると数を数えていた両手を広げて、受け止めた。
「俺は寝る」
「あー! 待って隊長! 稽古まだ終わってないですよー!」
「今日はもう終いだ。好きなだけその計算でもしてろ」
隊首室に向かうために道場を後にしようとすると、慌てて名前は立ち上がる。
「いやですー! まだちょっとしかしてないもん! 待ってー!」
転がっていた自分の木刀を拾い、木刀を二本抱えたまま名前は俺の隊長羽織を掴んで引っ張ってくる。お構いなく隊首室へと向かう足を無理矢理動かすと名前は俺の隊首羽織を掴んでいた手を滑らせてしまい、また後ろに転がってしまった。
*
「ここで何やってんだ、お前」
定期的に一番隊隊舎で行われる面倒な隊首会を終え、一番隊隊舎を出ると目と鼻を赤くして半べそをかいた名前が門の外で座り込んでいた。俺を見るなり今にも泣きそうな程に歪ませていた唇は弧を描き、満面の笑みになる。
「隊長ー! 副隊長に言われて隊長のこと迎えに来ました!」
あのハゲは俺が一人だと道に迷うとでも言いたいのか。
「迎えって馬鹿にしてんのか、お前らは」
「まさか! してないです!」
必死に首を何度も横に振り、名前は否定した。
「で、何でお前は泣きそうになってんだ」
「隊長がどこかに行っちゃって寂しくて……そしたら! 副隊長が、隊長は隊首会で一番隊に行ってるからそんなに寂しいなら迎えに行けって教えてくれました……!」
頭の中にびいびい泣いている名前が頭に浮かんだ。そんな名前に対して、鬱陶しそうにしている一角も頭に浮かぶ。想像がつきやすい光景だった。
今日は隊首会があるから一角に他の連中と一緒に名前の稽古を付けるように言っていたはずだが、要は厄介払いをされたわけだ。今日だけじゃなく、一角の稽古は嫌だと駄々を捏ねる名前は日常茶飯事だった。他人に教えるのは俺より一角の方が向いているが、名前はそんなことは知ったこっちゃないらしい。
「隊長、早く帰って今日の稽古しましょー!」
「帰ったら、まず飯だ。もう昼だぞ」
「えー……体動かした後の方のご飯の方が美味しいですよー?」
「俺は腹が減った」
「稽古!」
「飯の後でも出来るだろ」
「ご飯だって稽古の後でも食べれますもん!」
生産性のないやり取りを名前と繰り広げる。十一番隊へ帰ろうと一歩踏み出したところで名前ではない、別の誰かの声が聞こえてきた。
「名前やないの」
振り向くと死覇装を上下に切り分け、袴も膝上で短く切り落として腹と足を露出している女が立っていた。コイツは──
「リサ隊長だー!」
八番隊隊長に就いていた京楽の後釜を埋めている矢胴丸リサ。八番隊から異隊してきた名前の元上官だ。
矢胴丸の顔を見た名前は、目を輝かせて笑いながら矢胴丸の方へ駆け寄って抱き付いていた。あんなにせがんでいた俺との稽古は一瞬で忘れたようだった。
「そっか! 隊長たちの会議だからリサ隊長もいるんだ!」
「元気やった?」
「はい! この通り元気でしたよー!」
「熊如から聞いとるで、十一番隊で頑張っとるみたいやね」
まるで小動物を可愛がるかのように矢胴丸は名前の頭やら頬やらを両手で撫で回している。名前はそれはもう嬉しそうに笑っていた。
「目赤いで。どしたんや?」
矢胴丸は俺の方をチラリと見るとすぐに名前と目を合わせる。
「更木隊長に泣かされよったん?」
「馬鹿言え。泣かしてねェよ。こいつが勝手に泣いてんだ」
「更木隊長のこと嫌になったら、いつでも八番隊に戻って来たらええんやで」
俺の言葉は聞く気がないのか、矢胴丸はそれ以上俺の方を見ることはなかった。
「リサ隊長にそう言って貰えると安心して頑張れます!」
名前も矢胴丸との会話に夢中で俺にずっと背を向けている。
「そうじゃなくても遊びに来いや。名前が好きな現世のお菓子を用意して待っとるで」
「わあ! 行く! 行きます! あ! この後、遊びに行っても良いですか!?」
「ええで」
「やったー!」
矢胴丸からの誘いに両手を上げて名前は喜んでいる。その様子に少し心に黒い靄のようなものが掛かった。
「おい、名前」
「はーい?」
名前は振り返ることなく間延びした返事が返ってくる。
「名前」
少し声を強めて、もう一度名前を呼んだところで漸くこちらを振り返った。きょとんとした間抜けな顔でこちらを見ている。
「帰るぞ。帰って稽古するんじゃなかったのか」
俺がそう言うと名前は上に挙げていた両手で口を塞ぎ、はっと息を呑んだ。どうやら、本当に稽古のことはすっかり忘れていたようだった。
「そうだった!」
矢胴丸に向き直り、頭を下げた。
「リサ隊長、ごめんなさい! これから隊長と稽古なんです! また今度遊びに行きます!」
「待っとるで」
「はい! リサ隊長、ほなねーです!」
「ほなね。頑張りやー」
名前は別れの挨拶を交わし矢胴丸へ手を振ると、俺を置いて駆けて行く。数メートル離れたところで、こちらを振り返る。
「隊長、早くー!」
先程まで忘れていたというのに今は俺を急かしている。まるでやちるのような自由奔放さに呆れて溜息が出そうになった。しかし、懐かしく思う自分もいる。
「更木隊長。うちの名前をあんまり虐めんといてな」
名前はもうとっくに八番隊じゃないというのに、まるでまだ自分の隊に所属しているかのような口振りだ。
矢胴丸は名前に向けていた笑顔ではなく、何を考えているのか分からない真顔だった。
「誰がお前のだ。──名前はもう俺のだろ」
矢胴丸は目を少し丸くした後に、何か面白いものを見つけたかのように口角を上げて笑う。俺は矢胴丸が口を開く前に足を動かして、立ち去る。
名前が今所属しているのは八番隊ではなく、十一番隊だ。
それ以上の意味はない。
口から滑り出てしまった言葉の言い訳をしながら、跳ねながら歩いている名前の後を追って歩いた。
*
十一番隊へ帰り、まずは食堂で腹拵えをした。空腹を満たし、そして日当たりが良い縁側で横になった。つまり俺は昼寝をしようとしている。
「ねえー。隊長、稽古はー?」
名前は不満そうな表情を浮かべ、二本の木刀を片手に俺の体を揺する。
「一角につけて貰え」
もともと今日はその予定だった。
名前は一角の名前を聞くとすぐに膨れっ面になった。
「いや! 副隊長はいやだ! 隊長が良い! 隊長が稽古するから早く帰ろうって言ったんですよー!?」
確かにそれっぽいことは言った。
でもそれは、矢胴丸に夢中になってしまった名前を気付かせるために言っただけの言葉だ。始めに稽古と言い出したのは名前だ。
「ねえー! 食べてすぐ寝たら大前田副隊長みたいになっちゃいますよー!」
「……」
鬱陶しいから稽古を付けてやっても良いが、矢胴丸へ向ける名前の笑顔を思い出すとその気は削がれていく。
仮の話だが、こいつが俺を吹っ飛ばせるようになったら──もしくは十一番隊での生活に飽きたら、八番隊に戻ったりするのだろうか。あの二人の会話を聞いてからというもの、そんなことを考えてしまっていた。こいつが居なくなればこの騒がしい日々と別れ、平穏がまた戻ってくるというのに。
「……」
突然、名前は静かになった。ようやく諦めたか、と俺は目を閉じる。すると、唇に柔らかな感触を感じた。目を開くと、近くにあった名前の顔が離れていくところだった。
「……なんの真似だ」
「嫌でした?」
名前はいつもと何ら変わらない無邪気な笑顔。俺が問うたというのに、逆に問い返される。
「これが何を意味すんのか分かってんのか?」
俺の言葉に口角を上げて笑いながら頷くが、本当に理解しているのかは分からない。
「隊長、なんか元気なかったから!」
相も変わらず幼い子供のような顔で笑っている。
俺のことを好きだと言っていたがこんな調子の名前だ。幼心からくる「好き」という感情に聞こえて、間に受けていなかった。
今はもう手に持っていた二本の木刀のうち一本を俺に手渡そうと胸に押し付けている。本当に自分がしたことを分かっているのか、こいつは。
そんな名前の顎を掴み、自分の方へ引き寄せて今度は俺から唇を重ねた。
「……まあ、悪くはねェな」
唇を離すと名前は歯を見せて笑い、俺の胸へ木刀をぐいっと強く押し付けた。
俺の心に靄が生まれたあの笑顔よりも嬉しそうに見えるのは俺の自惚れだろうか。
十一番隊道場。
広い道場の真ん中で俺と対峙しているのは、木刀を両手で構えた名前。その目は爛々としており、初めて出会ったあの日のように虚に怯えて泣いていた名前はもういない。
八番隊から十一番隊へ異隊し、俺の弟子にしろと言ったのはそれなりの覚悟があってのことだったらしい。元は虚が恐ろしく、戦うことも苦手だった。それなのに今は木刀を持ち、俺に手合わせしろと毎日言ってくるようになった。十一番隊で過ごすことで周りに感化されたのか、それとも自分でも知り得なかった根では戦うことが好きだったのかは知らないが今は"戦い"となると今のように目を輝かせている。
俺が下ろしていた木刀を構えると、「よーし」と呟きながら名前は小さく三度飛び跳ねる。その後に息を吐いて、深く吸う。
「行きますよ! 隊長!」
「好きに打って来い」
俺の言葉を聞いてにんまり笑うと地を蹴り、俺へ向かって真っ直ぐ向かってくる。自分の力を全てそこにぶつけ、上に持ち上げた木刀を俺へ振り下ろす。先が読める単純な動き。片手でそれを受け止める。木刀がぶつかり、カンと乾いた音が響く。それなりに様になってきたが、俺にとってはまだまだ軽い。
弾き返すと、後ろに飛んで着地する。獲物を捕らえようとしている眼光が鋭い目で俺を捕え、愉しそうに歯を見せて笑う。ゾクリ、と体が震える。イイ顔をするようになった。俺が本気を出せるほどの実力では全然ないが、この顔は俺を気分を高揚させる。
名前はまた地を蹴ると瞬歩で撹乱させようと左右に姿を揺らしながら向かってくる。木刀が届く距離になると目の前から消えた。
「えーい!」
気が抜けるような軽い掛け声が背後から聞こえる。木刀が空を切る音も聞こえ、後ろを振り返ることなく木刀だけで受け止める。
「えー? なんでー? いけたと思ったのになあ……」
名前は不思議そうな声を上げる。
「声出したらどっから打ってくるか分かるだろうが」
「あ! そっか!」
これまた気が抜けるような調子でそう言うと、名前は瞬歩で俺の正面へ戻ってくる。
「俺の番だ」
名前は待ってましたと言わんばかりに笑うと、木刀を両手に構える。
「好きに打ってきて良いですよー!」
名前は俺を真似て同じ言葉を口にする。これが俺達の稽古のいつもの流れだった。名前が数回打った後に、俺が打つ。それを繰り返す。
「今日こそ絶対、隊長の一撃を跳ね返すー!」
始めに名前が打ってきたように俺も地を蹴って、名前まで真っ直ぐ向かう。俺の木刀を受け止めるべく、名前は足を開いて腰を低くする。木刀を振り下ろすと、名前が手に持っている木刀と重い音を立ててぶつかる。木刀を強く握り込むと軋む音を立てた。
「んぐ、ぐぐっ……!」
歯を食いしばって俺の木刀を受け止めている名前の木刀を押し込んでいく。
「っ、……も、もう、無理……っ!」
俺の力に耐えきれなくなった名前は後ろに倒れ、後転しながら転がっていった。俺の木刀を受け止めていた名前の木刀は手から離れてしまい、カランカランと音を立てながら名前と一緒に床を転がっていく。
「……あーっ! 隊長、重すぎるー! ずるい!」
大の字になった名前は手と足をバタバタと動かしており、まるで駄々を捏ねている子供のようだった。
「何も狡くねェだろ」
「ずるいー! 体おっきいんだもん!」
一頻り手と足を動かすと、上体を起こす。俺の目を真っ直ぐ見つめて、歯を見せて笑った。
「でも! 今日は十秒耐えられた!」
一年で十秒。初めは俺の一撃を受けただけで今のように素っ飛んでいっていた。継続は力なりとはよく言ったものだと思う。
「後どれぐらいで隊長のことすっ飛ばせるようになるかなあ……」
「お前、俺のことすっ飛ばす気なのか」
「うん! すっ飛ばしますよー!」
名前は満面の笑みで笑いながら大きく頷いて返事をした。
「えっと、一年で十秒だから……」
両手の指を折りながら、名前は頭の中で何やら計算をしている。
「千年後の成長したわたしは、すっ飛ばせるようになってるかなあ……」
「それはちゃんと俺もその千年のうちに"成長"してることも計算した上での千年なんだろうなァ?」
「え! 隊長ってまだ強くなるの!?」
名前は素っ頓狂な声を上げると、また指を折って何やら計算を始めた。
「……千年で隊長また強くなってたら、千年経ってもまだ十秒しか耐えられなかったりするのかなあ……」
千年という月日を当たり前に俺と過ごそうとしている名前に口角を上げて笑いそうになった。嬉しい、と思ってしまう自分がいる。それは、いつか本当に俺のことをすっ飛ばすことができるかもしれないという可能性への期待なのだろうか。
「それとも全然耐えられなくて初めの時みたいにすぐにすっ飛ばされちゃうのかも……! これ、わたし知ってる! タヌキゴッコだ!」
何やら一人でブツブツと言っている名前。無駄な計算に夢中になってしまった。しばらくその様子を眺めていたが眠気が襲ってきてしまい、大きな欠伸がもれる。欠伸で出てきてしまった涙を適当に手の甲で拭う。
「ほら。片付けておけ」
木刀を名前れ放り投げると数を数えていた両手を広げて、受け止めた。
「俺は寝る」
「あー! 待って隊長! 稽古まだ終わってないですよー!」
「今日はもう終いだ。好きなだけその計算でもしてろ」
隊首室に向かうために道場を後にしようとすると、慌てて名前は立ち上がる。
「いやですー! まだちょっとしかしてないもん! 待ってー!」
転がっていた自分の木刀を拾い、木刀を二本抱えたまま名前は俺の隊長羽織を掴んで引っ張ってくる。お構いなく隊首室へと向かう足を無理矢理動かすと名前は俺の隊首羽織を掴んでいた手を滑らせてしまい、また後ろに転がってしまった。
*
「ここで何やってんだ、お前」
定期的に一番隊隊舎で行われる面倒な隊首会を終え、一番隊隊舎を出ると目と鼻を赤くして半べそをかいた名前が門の外で座り込んでいた。俺を見るなり今にも泣きそうな程に歪ませていた唇は弧を描き、満面の笑みになる。
「隊長ー! 副隊長に言われて隊長のこと迎えに来ました!」
あのハゲは俺が一人だと道に迷うとでも言いたいのか。
「迎えって馬鹿にしてんのか、お前らは」
「まさか! してないです!」
必死に首を何度も横に振り、名前は否定した。
「で、何でお前は泣きそうになってんだ」
「隊長がどこかに行っちゃって寂しくて……そしたら! 副隊長が、隊長は隊首会で一番隊に行ってるからそんなに寂しいなら迎えに行けって教えてくれました……!」
頭の中にびいびい泣いている名前が頭に浮かんだ。そんな名前に対して、鬱陶しそうにしている一角も頭に浮かぶ。想像がつきやすい光景だった。
今日は隊首会があるから一角に他の連中と一緒に名前の稽古を付けるように言っていたはずだが、要は厄介払いをされたわけだ。今日だけじゃなく、一角の稽古は嫌だと駄々を捏ねる名前は日常茶飯事だった。他人に教えるのは俺より一角の方が向いているが、名前はそんなことは知ったこっちゃないらしい。
「隊長、早く帰って今日の稽古しましょー!」
「帰ったら、まず飯だ。もう昼だぞ」
「えー……体動かした後の方のご飯の方が美味しいですよー?」
「俺は腹が減った」
「稽古!」
「飯の後でも出来るだろ」
「ご飯だって稽古の後でも食べれますもん!」
生産性のないやり取りを名前と繰り広げる。十一番隊へ帰ろうと一歩踏み出したところで名前ではない、別の誰かの声が聞こえてきた。
「名前やないの」
振り向くと死覇装を上下に切り分け、袴も膝上で短く切り落として腹と足を露出している女が立っていた。コイツは──
「リサ隊長だー!」
八番隊隊長に就いていた京楽の後釜を埋めている矢胴丸リサ。八番隊から異隊してきた名前の元上官だ。
矢胴丸の顔を見た名前は、目を輝かせて笑いながら矢胴丸の方へ駆け寄って抱き付いていた。あんなにせがんでいた俺との稽古は一瞬で忘れたようだった。
「そっか! 隊長たちの会議だからリサ隊長もいるんだ!」
「元気やった?」
「はい! この通り元気でしたよー!」
「熊如から聞いとるで、十一番隊で頑張っとるみたいやね」
まるで小動物を可愛がるかのように矢胴丸は名前の頭やら頬やらを両手で撫で回している。名前はそれはもう嬉しそうに笑っていた。
「目赤いで。どしたんや?」
矢胴丸は俺の方をチラリと見るとすぐに名前と目を合わせる。
「更木隊長に泣かされよったん?」
「馬鹿言え。泣かしてねェよ。こいつが勝手に泣いてんだ」
「更木隊長のこと嫌になったら、いつでも八番隊に戻って来たらええんやで」
俺の言葉は聞く気がないのか、矢胴丸はそれ以上俺の方を見ることはなかった。
「リサ隊長にそう言って貰えると安心して頑張れます!」
名前も矢胴丸との会話に夢中で俺にずっと背を向けている。
「そうじゃなくても遊びに来いや。名前が好きな現世のお菓子を用意して待っとるで」
「わあ! 行く! 行きます! あ! この後、遊びに行っても良いですか!?」
「ええで」
「やったー!」
矢胴丸からの誘いに両手を上げて名前は喜んでいる。その様子に少し心に黒い靄のようなものが掛かった。
「おい、名前」
「はーい?」
名前は振り返ることなく間延びした返事が返ってくる。
「名前」
少し声を強めて、もう一度名前を呼んだところで漸くこちらを振り返った。きょとんとした間抜けな顔でこちらを見ている。
「帰るぞ。帰って稽古するんじゃなかったのか」
俺がそう言うと名前は上に挙げていた両手で口を塞ぎ、はっと息を呑んだ。どうやら、本当に稽古のことはすっかり忘れていたようだった。
「そうだった!」
矢胴丸に向き直り、頭を下げた。
「リサ隊長、ごめんなさい! これから隊長と稽古なんです! また今度遊びに行きます!」
「待っとるで」
「はい! リサ隊長、ほなねーです!」
「ほなね。頑張りやー」
名前は別れの挨拶を交わし矢胴丸へ手を振ると、俺を置いて駆けて行く。数メートル離れたところで、こちらを振り返る。
「隊長、早くー!」
先程まで忘れていたというのに今は俺を急かしている。まるでやちるのような自由奔放さに呆れて溜息が出そうになった。しかし、懐かしく思う自分もいる。
「更木隊長。うちの名前をあんまり虐めんといてな」
名前はもうとっくに八番隊じゃないというのに、まるでまだ自分の隊に所属しているかのような口振りだ。
矢胴丸は名前に向けていた笑顔ではなく、何を考えているのか分からない真顔だった。
「誰がお前のだ。──名前はもう俺のだろ」
矢胴丸は目を少し丸くした後に、何か面白いものを見つけたかのように口角を上げて笑う。俺は矢胴丸が口を開く前に足を動かして、立ち去る。
名前が今所属しているのは八番隊ではなく、十一番隊だ。
それ以上の意味はない。
口から滑り出てしまった言葉の言い訳をしながら、跳ねながら歩いている名前の後を追って歩いた。
*
十一番隊へ帰り、まずは食堂で腹拵えをした。空腹を満たし、そして日当たりが良い縁側で横になった。つまり俺は昼寝をしようとしている。
「ねえー。隊長、稽古はー?」
名前は不満そうな表情を浮かべ、二本の木刀を片手に俺の体を揺する。
「一角につけて貰え」
もともと今日はその予定だった。
名前は一角の名前を聞くとすぐに膨れっ面になった。
「いや! 副隊長はいやだ! 隊長が良い! 隊長が稽古するから早く帰ろうって言ったんですよー!?」
確かにそれっぽいことは言った。
でもそれは、矢胴丸に夢中になってしまった名前を気付かせるために言っただけの言葉だ。始めに稽古と言い出したのは名前だ。
「ねえー! 食べてすぐ寝たら大前田副隊長みたいになっちゃいますよー!」
「……」
鬱陶しいから稽古を付けてやっても良いが、矢胴丸へ向ける名前の笑顔を思い出すとその気は削がれていく。
仮の話だが、こいつが俺を吹っ飛ばせるようになったら──もしくは十一番隊での生活に飽きたら、八番隊に戻ったりするのだろうか。あの二人の会話を聞いてからというもの、そんなことを考えてしまっていた。こいつが居なくなればこの騒がしい日々と別れ、平穏がまた戻ってくるというのに。
「……」
突然、名前は静かになった。ようやく諦めたか、と俺は目を閉じる。すると、唇に柔らかな感触を感じた。目を開くと、近くにあった名前の顔が離れていくところだった。
「……なんの真似だ」
「嫌でした?」
名前はいつもと何ら変わらない無邪気な笑顔。俺が問うたというのに、逆に問い返される。
「これが何を意味すんのか分かってんのか?」
俺の言葉に口角を上げて笑いながら頷くが、本当に理解しているのかは分からない。
「隊長、なんか元気なかったから!」
相も変わらず幼い子供のような顔で笑っている。
俺のことを好きだと言っていたがこんな調子の名前だ。幼心からくる「好き」という感情に聞こえて、間に受けていなかった。
今はもう手に持っていた二本の木刀のうち一本を俺に手渡そうと胸に押し付けている。本当に自分がしたことを分かっているのか、こいつは。
そんな名前の顎を掴み、自分の方へ引き寄せて今度は俺から唇を重ねた。
「……まあ、悪くはねェな」
唇を離すと名前は歯を見せて笑い、俺の胸へ木刀をぐいっと強く押し付けた。
俺の心に靄が生まれたあの笑顔よりも嬉しそうに見えるのは俺の自惚れだろうか。
End.
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