ものすごい勢いで背中に何かが──"何かが"じゃなくて、正体は分かりきっているけど。とにかく、その何かは背中に飛びついてきて、勢いに耐え切れなかったあたしはものすごい勢いで倒れた。ゴン、と床に額をぶつけた衝撃が頭の中に響く。
「げろろん、おっはよー!」
「その『げろろん』っていうあだ名そろそろやめてくださいよ、副隊長……」
ニコニコと笑いながら倒れているあたしを馬乗りにしているピンク色の髪の毛を持った女の子は、あたしが所属する十一番隊の副隊長。今日はいつにも増して熱烈な挨拶を受けている。
「おはよ! げろろん!」
「はい、おはようございます……」
隊長はまるで風船のように副隊長を扱うが、もちろん副隊長にも体重というものは存在する。情けないことにしっかり重さがある副隊長の下から抜け出せない。一角三席に目撃されたら「何やってんだ! もっと体を鍛えろ!」ってどやされそう。
「十一月になったね!」
「そうですね〜。今年ももう少しで終わっちゃいますね」
「げろろん、十一月は楽しいことがあるんだよ!」
「楽しいこと?」
「うん! 剣ちゃんの誕生日! 十一番隊のみーんなで集まって美味しいものたーっくさん食べるんだよ!」
そういえば一角三席からも隊長の誕生日は豪勢にお祝いすると聞いた。
副隊長は嬉しそうににんまり笑って、体を左右に揺らしている。その度にあたしの胃袋が刺激されて、朝ご飯が出てきそうになる。副隊長にまで粗相をするわけにもいかないし、『げろろん』という汚名を返上するためにも耐えなければならない。
「早く剣ちゃんの誕生日にならないかな〜」
「いつなんですか?」
「じゅーいち月! じゅーきゅー日!」
嬉しそうに答える副隊長は本当に隊長のことが好きなんだな、とほっこりしてしまう。
「今年はね、松ぼっくりあげるの!」
子供らしい贈り物で可愛いなあ、と和んでいると副隊長は胸元をまさぐり、大きく膨らんだビニール袋を取り出した。見た目的にはいつも副隊長の体型だったから、まさかそんな物がそこに潜んでいるとは思うなかった。副隊長の死覇装は、四次元ポケットなの?
「今、集めてるところなの! 剣ちゃんの誕生日までにたっくさん集めるの!」
袋は松ぼっくりでパンパンになっている。もうすでにはち切れそうなぐらい。
「げろろんもこれから一緒に集めに行こうよ! びゃっくんのお庭にたくさんあるんだよ! あとびゃっくんの松ぼっくり、おっきいの! ほらこれ!」
きらきらと目を輝かせながら副隊長は袋の中なら大きな松ぼっくりを取り出して、あたしの目の前に寄せてくる。
「ね? 行こー?」
これは絶対に拒否できないやつだ。
「これから朽木隊長の家に行くんですか?」
「そうだよー」
「……怒られないですか?」
「大丈夫だよー! ぴゅって入って、ぱぱって拾うんだよ!」
「……泥棒じゃん」
「ひどーい! 泥棒じゃないよー!」
副隊長は頬を大きく膨らませ、両手を腰に手を当てて、ふんぞり返ってプリプリたら怒っている。もちろんあたしの上に跨ったまま。
「じゃあ、ぴゅって入るのはダメですからね。ちゃんと正面からですよ」
「分かったから、早く行こー!」
「……弓親五席に報告してからでも良いですか?」
「うんっ! 良いよー!」
やっとあたしの上から体をどかせた副隊長。やっぱり、あたしがイエスと言うまではそうするつもりだったらしい。
あたしも何か隊長にプレゼントしよう。あたしの誕生日会という名の宴会で隊長へ大粗相をしてしまったわけだし、普段からお世話になってるわけだし。
副隊長と松ぼっくりを集めながら考えよう。
隊長が喜ぶものって何だろう。
そう思いながら考え始めたのに頭に浮かんだのは、隊長ではないもう一人の顔。
「……あ」
「よーし! じゃあ、ゆみちー探しに行こ! 早くしないとお掃除されて、松ぼっくりなくなっちゃう!」
「あの、副隊長」
「んー? どうしたの、げろろん? またげろろ〜ってしちゃいそう?」
「しませんから!」
あの粗相は一回きりだというのに、副隊長の頭に強く印象付いてしまっているのかすっかりあたしはそんなキャラ付けになってしまってる。最悪だ。
「じゃあ、どうしたの?」
「一角三席は、いつが誕生日ですか?」
「つるりん?」
「はい」
「えーっとねえ、剣ちゃんのじゅー日前!」
副隊長は小さな手のひらを広げて、十を表した。隊長の誕生日の十日前ということは、十一月九日。隊長より先に誕生日がらやってくるということ。
「副隊長は、一角三席の誕生日プレゼントは用意しないんですか?」
「もうしてるよ!」
副隊長は周りをキョロキョロと見渡すと、あたしの袴を引っ張る。片手を口元に当て、また周りを気にしている。
(……内緒話?)
膝を折って、目線の高さを合わせると副隊長はあたしの耳元に近付いた。
「つるりんには内緒なんだけどね、おじいちゃんがくれた美味しくなかったお菓子あげるの」
「……そう、ですか」
隊長と比べて、一角三席の扱いは随分と雑だった。
*
一角三席が喜ぶものは、お酒ぐらいしか思いつけなかった。でもお酒はきっと他のみんなが贈るだろうし、お誕生日会の宴会でも浴びるほど飲むだろうし、そもそもあたしはお酒に全く詳しくないし。
それ以外に喜ぶものといえば、戦いとか虚討伐しか思いつかない。でも、まだまだへっぽこなあたしが一角三席が満足するような戦いを提供できる気がしないし、流石に虚を生捕りにして献上するなんてことはできない。
軽い財布を握りしめ、頭を抱えながら酒屋で商品を見ている時に、ある物が目に付いた。
鬼灯が描かれている徳利。
それを見た瞬間、頭の中にこれでお酒を飲んでいる一角三席が頭の中に浮かんだ。
これしかない、と思ったあたしはそれを一角三席への誕生日プレゼントとして購入した。
そして、今日は一角三席の誕生日当日。
渡した時に一角三席がどんな反応を見せてくれるのか、楽しみにしていた。
けれど、いざ渡すとなると緊張してしまう。同じ隊に所属しているからチャンスはいくらでもあったが、中々渡せずに午後になってしまった。宴会の時に渡せば良い話だけど、あたしたち隊士からは連盟で贈り物をすることになっているから別であたしが渡しているところをみんなに見られたら周りに勘違いさせてしまって一角三席を困らせるかもしれない。だから、何としても一角三席と二人きりの時に渡したかった。
このまま、ぐだぐだしてると宴会の時間になってしまう。意を消して渡しに行こうと思ったが、他隊からのファンがプレゼントを渡しに来たりで午後は一角三席が中々一人になることはなかった。
やっとの思いで一人で廊下を歩いている一角三席を見つけ、その背中に声をかけた。
「一角三席!」
すぐに一角三席は振り返る。
「おう。どうした、
なつめ」
「……えーっと」
しまった。
一人きりの一角三席を見つけるのに夢中で、なんと言ってプレゼントを渡すかを結局考えてなかった。
咄嗟にあたしは徳利が入っている箱を背中に隠す。
いや、「誕生日おめでとうございます」と「いつもありがとうございます」を伝えれば良いんだけど緊張で心臓がバクバクと激しく高鳴って、思うように口が動かない。
「なんだよ。吐くなら便所行けよ」
「吐かないですってば!」
副隊長のあだ名のせいで、一角三席までいじってくるようになってしまった。思わず地団駄を踏みながら訂正すると、一角三席はけらけら笑った。
「じゃあ、どうしたんだよ」
「これ──」
「一角さん、こんにちは」
意を決して、背中に隠していたプレゼントを渡そうとしたところで綺麗な声で言葉を遮られた。その人は顔立ちも綺麗なお姉さんだった。この人は確か、一角三席とよく飲みに行っているらしい十二番隊の人だ。前に一角三席と十二番隊へ行った時に、このお姉さんは一角三席と楽しそうに談笑していた。一角三席は腕っぷしが強くて、面倒見が良いから自分が思っていたより男女問わず人気がある。きっとこの人も一角三席のことが好きなんだろうなあ。手持ち無沙汰なあたしは徳利が入った箱を持つ手に力が入った。
「誕生日おめでとうございます。いつも良くしていただいているので、良かったら受け取ってください」
あたしが中々言えなかったことを落ち着いたトーンで綺麗に並べた。
「おう、わざわざありがとな」
一角三席は何も躊躇いなく、差し出された可愛いリボンが付いている紙袋を受け取っていた。あたしは徳利を入れている箱にそんな装飾をしておらず、なんだか一角三席の前に出すのが恥ずかしくなる。
「結構重いな。何入ってんだ、これ?」
「徳利です。お酒が美味しくなるような加工をしたので、気に入ってくださると思いますよ」
「……」
被ってしまった。
一角三席はお酒好きだから自分ですでに持っていたり、過去に誰かから貰ったりしているかもしれないと思ったが、こんな目の前でそれを目撃するとは思わなかった。
(返品、まだ効くかな……?)
また、箱を持つ手に力が入ってしまう。箱はきっとボコボコになっているかもしれない。
「お酒が美味しくなる」という言葉を聞いた一角三席は、目を輝かせながら紙袋の中を覗き込んでいた。
「ほう……流石、十二番隊だな」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄です。是非、感想教えてくださいね」
「おう」
「それでは、私は失礼いたしますね」
女の人は一角三席とあたしにも綺麗なお辞儀をして十二番隊へと帰って行った。
一角三席はあたしへと向き直る。「で、お前はどうしたんだ?」という目であたしを見ている。
「……あたしはやっぱり何でもないです」
ぎこちなく口角を上げてあたしが笑うと、一角三席は口角を下げて訝しげな表情を浮かべた。
「んだよ、それ。その顔で何にもなさそうには──」
「斑目三席!」
今度は一角三席が言葉を遮られた。ドタドタと慌ただしく駆け寄ってきた隊士。
「どうした」
「虚討伐任務が入りました!」
嬉々とした気持ちを抑えられていない隊士は笑いながら告げた。流石、十一番隊士。
「最高の誕生日になりそうじゃねえか」
一角三席は肩に担いでいた斬魄刀を小さく弾ませて、同じように嬉々としている。
やっぱり、一番喜ぶ誕生日プレゼントは虚だったらしい。
「行くぞ、
なつめ」
「え、あたしは良いですよ。全部一角三席にあげます」
「当たり前だろ」
「じゃあ、あたし行く必要ないじゃないですか……」
「後ろで盛り上げてろ」
「え!? 何ですか、それ!?」
「うるせえ、早く行くぞ」
ごたごたと反論しても一角三席に腕を掴まれ、引っ張られながら虚が発生した地区へと向かうことになってしまった。
*
一角三席は、あたし以外にも隊士を大勢引き連れて楽しい楽しい虚討伐を始めた。歓声を飛ばして場を盛り上げている観客と、ものすごく楽しそうに笑いながら虚と戦っている一角三席。
(……本当に何これ?)
疑問しか浮かんでこないが、誰にも迷惑はかけてないから何も問題はないから良いか。
適当にあたしも手を叩きながら、ひとまず観戦に徹する。みんなの大声にかき消されてるから、一角三席には届いてないと思うけど。
何一つ危なげなく、虚を討伐した一角三席。「流石っす!」「三席、最高!」「一生付いていきます!」とか称賛の言葉が飛び交う。それに一角三席は満更でもない表情をしていたが、その表情がパッと変わった。
「おいッ! お前ら、後ろッ!」
恐ろしい剣幕で怒鳴っている一角三席の声を聞いて、ようやくあたしたちは背後にいる虚の気配に気が付いた。振り返るとそこには四足歩行で大きく太い足を持った虚。けたたましく鳴きながら、前足を上げて立ち上がった。
「馬鹿野郎ッ! 刀抜くか、避けろッ!」
呆気に取られていたあたしたちは一角三席の声に再びハッとする。踏み潰そうとしてくる前足を寸前のところで避けるが、風圧と地響きで軽く吹き飛ばされてしまった。
「あっ……!」
その衝撃で懐に収めていた例の箱が飛び出してしまう。勿論、その中にはあの徳利が入っている。一角三席に手を引かれて連れてこられてしまったから仕方なく懐に収めていたそれが地面に投げ出されてしまう。バコッ、ガシャッ、と嫌な音が聞こえ、サッと血の気が引く。絶対に割れてしまった。
「怪我ねえか、お前らッ!」
「はいっ!」
「ぼさっとしてんじゃねえぞッ!」
「すんませんでした!」
一角三席はあたしたちを叱りつけると、ドタドタと騒がしく暴れている虚に向かっていく。
「……」
「おい、
なつめ。大丈夫か?」
叱られてしまい、みんながピンと背筋を伸ばして立っている中、いつまでも倒れたままのあたしに先輩は声をかけてくる。
「……あいつ」
「怪我ねえのに寝たままだと、また三席にどやされんぞ」
「……あいつ、あたしの給料をパアにしやがった!」
「お、おい! 何やってんだ! 手ェ出したらシバかれんぞ!」
斬魄刀を抜刀し、怒りに任せて虚に向かおうとするあたしは簡単に取り押さえられてしまった。
「だって、あいつがあたしのこと吹き飛ばすから!」
「良くわかんねえけど落ち着け!」
「やだ!!」
「おい!
なつめから斬魄刀、取り上げろ!」
わらわらとあたしたちの方へ集まってきたみんなに斬魄刀を取り上げられてしまう。
「返してー! 離してー!」
「こいつ、何でこんなに怒ってんだよ……」
「知らねえよ……」
「何やってんだァ! お前らァッ!」
結局、あたしたちはまた一角三席に叱られた。
*
踏んだり蹴ったりだ。
ただ一角三席の誕生日をお祝いして、お礼を伝えたかっただけなのに、こんな目に遭うなんて本当にツイてない。
誕生日プレゼントが被ってしまったのはしょうがない。誰にも罪はない。
返品できなくても、自分が個人的に使えば良いやと思ってた。お酒を入れて飲むものだけど、別に他のものだって入れて良いものだし。それなのに、あの虚のせいで割れてしまい、それも許されなくなった。これは虚が悪い。それを言ったら虚に戦場に持ってきてるやつが悪いって言われそうだけど、あたしの許可なく暴れ始めた虚が悪いに決まってる。
「……本当にツイてない」
夕方から一角三席の誕生日が始まったが、どんちゃん騒ぎにどうにも気持ちが乗らなかったあたしは乾杯後にこっそり抜け出した。宴会場から少し離れた静かな縁側に腰掛け、割れてしまい天命を全うすることができなかった無惨な徳利を眺める。もう使えないけどわこのまま捨ててしまうのが本当に居た堪れない。
虚のせいにしたけど、全部あたしのせい。
早く一角三席に渡せていれば、きっと割れることもなかった。
「……ごめんね」
「何だよ、これ」
割れた徳利をそっと撫でると、低い声と一緒に突然視界の隅からヌッと肌色が割り込む。
「ぎゃーッ!」
体がビクビクと大きく震え、手に持っていた箱をすっ飛ばしそうになってしまった。
が、これまたヌッと伸びてきた手が押さえ込んだ。手のひらで箱を抑えられ、徳利の破片は辺りに飛び散ることはなかった。
「危ねえ……」
「い、い、一角三席……」
突然、視界に現れた肌色の正体は眉間の皺を深くした一角三席。
「何でこんなところに……?」
「……便所だ、便所」
「そうですか……」
「それより何だよ、これ」
「あ……」
箱を手のひらで塞いでいた一角三席は、そのまま箱を掴んであたしの手から奪い上げた。
「……徳利です」
「見事に割れてんな。落としたのか?」
「……四つ足の虚に吹き飛ばされた時に割れたんです」
「だからあの時、ギャーギャー騒いでたのかよ」
「……騒いでないです」
「騒いでただろ。何であんなとこに持って行ってたんだよ」
一角三席は徳利の破片をつまみ上げ、呆れた表情であたしへ目を移した。
「一角三席が引っ張って連れて行ったじゃないですか……」
「何のためにあの時持ってたんだよ」
「……だって」
「……」
「……一角三席の誕生日じゃないですか」
「あ……」
一角三席は察したのか、口をきゅっと結んで気不味そうな表情で頭を掻いていた。
「あー……、そういうことか……」
きっと、十二番隊のお姉さんから徳利を受け取ったことを思い出したのだろう。さらに気まずそうな顔をしている。
心の中に秘めていようと思ったのに、結局全て明かしてしまった。
箱を取り返そうと手を伸ばすと、あたしが手の届かない場所へと掲げられる。
「……」
「……」
一角三席とほんの少しだけ見つめ合う時間が流れる。
「何してるんですか。返してくださいよ」
「俺への贈り物なんだろ?」
「……そうですけど」
「じゃあ返す必要ねえじゃねえか。俺の手に渡ったんだ、返せはもう通用しねえだろ」
正論だけど言葉が横暴すぎる。だけど、はっきり言って今の徳利にはもう誕生日プレゼントとしての価値はない。可哀想だけど、事実なのだ。
「でも、もうそれ使えないですよ……?」
「綺麗に割れてるから、くっ付けりゃァ十分使える」
手に持っていた破片をあたしへ見せながら一角三席はそう言った。
確かに、徳利は粉々にはなっておらず一つ一つの破片は大きい。これがパズルならきっと簡単だろう。でもとても元通りになるのは、あたしには想像できなかった。
「一角三席、これ直せるんですか?」
「俺を誰だと思ってんだ。尸魂界一、ツイてる男だぞ。これだけ綺麗に割れてんのも俺のおかげだな」
一角三席は口角を上げ、自信満々に笑う。
割れた徳利は一角三席の手によって無事に天命を全うできることになるらしい。
ツイてる云々って、今関係ある?
なんて正直思ったけど、その顔に何故かあたしまで救われた気持ちになった。泣きそうだったけど、その涙もどこかへと消えていく。
「解決したなら、飯食うぞ。早くしねえとなくなんぞ」
大きな手のひらでワシャワシャと髪の毛が逆立ってしまうぐらい雑に撫でられる。
「あとで腹減ったって泣いても知らねえからな」
「泣かないですよ!」
「どうだかなー」
宴会会場に向かって歩き始めた一角三席の背中を追いかける。
「あ!」
「どうした。まだ何かあんのか?」
声を上げ、立ち止まったあたしを一角三席は振り返った。
「一角三席、誕生日おめでとうございます! いつも、ありがとうございます!」
「おう。……俺も、ありがとな。これ」
「はい! ちゃんとくっ付けてくださいね?」
「当たり前だろ」
横に並んで、宴会会場へ向かって再び足を動かす。遠くから聞こえてくる、どんちゃん騒ぎはどんどん大きくなっていく。
「ていうか、一角三席」
「あ?」
「便所って言ってましたけど、便所は向こう側じゃなかったでしたっけ?」
あたしが座り込んでいた縁側から反対側の方にトイレはある。トイレに向かうとしたらまずあの場所は通らないはずだ。
「そうだったな」
「もう酔ったんですか?」
「まだ酔うほど飲んでねえよ」
「じゃあ単純に迷ったんだ! 誕生日だからって浮かれすぎじゃないですかー? イテッ!」
茶化すようなことを言うとすかさず一角三席は、あたしの額を強めに指先で弾いた。良い音が頭の中に響き、強い痛みが走る。
「何するんですか!」
「腹立った」
「だからってデコピンすることないじゃないですか! 絶対、頭割れた!」
「割れてたらくっ付けてやるから持ってこい」
「頭の骨なんてどうやって持って行ったら良いんですか〜!」
「そんだけ喋れてりゃァ、割れてねえから心配すんな」
あたしの声も、一角三席の声も、みんなが騒いでいる声に負け始める。
一角三席も今日の誕生日が大切な思い出になってたら良いな。
そう思いながら、賑やかな宴会場へ足を踏み入れた。
終