秋は夕暮。
夕日のさして山の端いと近うなりたるに、
烏の寝所へ行くとて、
三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて、雁などのつらねたるが、
いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入り果てて、風の音、虫の音など、
はた言ふべきにあらず。
「とても素晴らしいと思います」
卯ノ花隊長は数枚の書類へ目を通した後に、顔上げて微笑みながらそう言った。
「ありがとうございます!」
「期待していますよ」
卯ノ花隊長が手に持っている書類は私が作成した企画書である。夏の終わり頃に作成したそれは、始めは私が所属する救護班の班長と副班長へ、そこから虎徹副隊長へ、そしてようやく卯ノ花隊長の手へ渡った。ここまで約二月半かかった。
優しく微笑んだまま卯ノ花隊長は、書類へ四番隊の隊長印を押した。
「
優紫さん」
「はい」
卯ノ花隊長は私へと向き直り、真剣な表情と共に凛とした声で私の名前を呼んだ。無意識に背筋が伸びる。
「一から作り上げていくことは時には周りから賛同が得られず、険しい道となることもありますが、その覚悟は——できていらっしゃるようですね」
「はい。思いどおりに事が進まず、悔やむ日々が続くかもしれませんが必ず成し遂げたいと思っています」
私の言葉を聞き、卯ノ花隊長はまた微笑んだ。
「心配無用でしたね」
「いえ! まだまだ未熟者なので、たくさんご迷惑をお掛けすると思いますがご教授よろしくお願いいたします」
「ええ、もちろんですよ」
頭を下げると卯ノ花隊長は鈴の音のようにころころと笑った。勢いがありすぎたかもしれない。途端に恥ずかしくなってしまった。
「まずは数か月間、試験的にあなたが実施し、その報告の内容次第で全隊長への発議の場を設けます。そして最終決定は、総隊長に決めていただきます」
書類を私へ返しながら、卯ノ花隊長はこれからのことを話し始める。
「はい」
「十一番隊からのご協力は、どなたにお願いするかはもう決めていらっしゃるのですか?」
私が進めようと思っている企画は十一番隊の方々の協力が必要不可欠なものだ。
「いえ。更木隊長に選出してもらおうかと考えています」
「そうですか」
卯ノ花隊長は穏やかに笑った。
「時に、
優紫さんは更木隊長と最近仲がよろしいようですね」
「えっ? は、はい。更木隊長にはいろいろと気にかけていただいています。それが『仲が良い』と言うのかは分からないですが……」
確かに治療する時は必ず自分を指名してもらっており、食事も一度共にしたことがある。だが、夏に訪れた食事処が臨時休業に入ってしまい、食事もその一度きりになってしまっている。それでも、普通の異隊の隊長と一般隊士と比べれば少なくとも仲が良いと言えるだろう。——更木隊長がどう思っているかは分からないが。
「とても仲睦まじく見えますよ」
「仲睦まじいだなんて、更木隊長と私はそういう仲ではないですよ……!」
その言葉は、特に恋人や夫婦の親密さを表すものだ。一気に顔に熱が集まっていくのを感じる。
「あらあら、お顔が真っ赤ですよ」
熱い顔を隠すように両手で覆ったが、時既に遅かった。
「あまりからかわないでください……」
「ふふ……ごめんなさい。可愛らしかったので」
卯ノ花隊長は口元を手のひらで隠し、上品に笑う。
「これから十一番隊へ向かわれますか?」
「はい、そのつもりです……」
「それでは更木隊長へ地獄蝶を飛ばして、連絡いたしますね」
「ありがとうございます」
きっと卯ノ花隊長は、この後私が更木隊長の元を訪れることを知っていて、あのような話題を出したのだろう。虎徹副隊長が今の私のように、からかわれているのをよく見かける。私も一生敵いそうになさそうだ。しばらくは冷めそうにない赤い頬と共に、退室した。
*
十一番隊隊舎に到着したが、非常に困ったことが起きた。
「更木隊長に用事がありまして、四番隊から参りました」
「あァ!? 更木隊長が四番隊の奴なんかに用があるわけねえだろ!?」
「治療に呼んでもねえのに、更木隊へ足を踏み入れるんじゃねえ! 腑抜けがうつるだろ!」
十一番隊隊舎の門前に立っていた男性隊士二人に、声を掛けたが歓迎されることはなかった。二人は私が四番隊から来たと聞くと眉間にきつく皺を寄せて表情を変え、更木隊長に用があると告げると声を荒らげて強く拒絶し始めた。
「確かに更木隊長は私に用はないかもしれませんが、私はお話ししたいことがありましたので参りました」
「しつけえぞ、お前!」
「隊長に会いてェんだったら、俺たちを倒してから行くんだなァ!」
そういうと二人とも帯刀していた斬魄刀を抜刀し、陽の光を反射して鈍く光る鋒を私へと向けた。
「あの! 落ち着いて私の話を聞いていただけませんか? 私は道場破りに来たわけではないんです!」
「うるせえ! ここはお前みてえな四番隊が来るようなところじゃねえんだよ!」
日を改めるべきか、と思った時に私たちに突然影ができた。
「俺の客に向かって何やってんだ、お前ら」
影の主へと目をやると、そこにはいつの間にか更木隊長が立っていた。
「ざ、更木隊長!」
二人は大慌てで後ろ手を組み、背筋をピンと伸ばして姿勢を正した。
「お疲れさまですッ!」
声を揃えて挨拶を述べると深々と頭を下げる。そんな彼らに目を向けず、私のほうを見ている更木隊長。瞳が上から下へ、下から上へと動く。何かを確認するように私の頭の先から、足先を見た後に、次は二人が手に持っている斬魄刀を鋭い目で凝視している。突然の更木隊長の登場に鞘へ戻す暇もなかったようだ。
「……」
更木隊長は黙ったまま、二人の目から隠すように私の前に立った。目の前には更木隊長の大きな背中。その背中に酷く安心を覚えた。毅然と立ち振る舞っていたつもりだったが、いつの間にか緊張で体が強張っていたことに気付いた。
「……俺の客に向かって何やってたんだ、って聞いてんだ」
声を低くし、纏っている霊圧も少し重くさせて更木隊長はもう一度同じ言葉を二人へ投げ掛けた。
「ヒッ……こっ、これは……!」
「そ、その……ふっ、深い訳がありまして……!」
二人の大きく震える声から、顔を真っ青にさせている彼らが容易に想像できた。
「本当に……更木隊長の客人とは思っていなくて……!」
「……」
「す、す、すんませんでしたー!」
弁解の言葉を探したがどれも自分たちに都合の悪いものしか浮かばなかったらしい。
ずさっ、ざっ、と地面を擦る音が聞こえた。更木隊長の背中から様子を窺うと、二人は地面に額を擦り付けて土下座をしていた。
「てめえら、門番の時間が終わったら道場に来い。特別に俺が稽古付けてやるよ」
「ヒッ……きょ、今日は腹が痛くて……」
「お、俺も……」
「あァ?」
「あ、あ、……ありがたき幸せですッ! 楽しみにしてますッ!」
苦笑を浮かべながら頭を上げた二人。だが、更木隊長の一言でまた地面に勢いよく額を擦り付けて土下座をした。そんなに擦り付けたら、額を怪我してしまいそうだ。大丈夫なのだろうか、と心配になってくる。
「行くぞ、
春宮」
「あっ、はい!」
そんな彼らをその場に置いたまま、更木隊長は歩き始めた。更木隊長の背中を追いかけて、門をくぐる。後ろを振り返ると、二人はまだ膝を付いて土下座をしているままだった。
門から少し離れたところで更木隊長は、後ろを振り返った。
「……悪い」
更木隊長は何も悪くないのだが、まるで親に叱られてしまった子供のようにしゅんとした顔で背中を丸めて小さく呟いた。先程、彼らを相手していた時とまったく違う雰囲気に思わず胸がどきりと跳ねた。
「いえ! しっかりと日時を決めて、事前にお伝えしておくべきでしたので、私こそお手を煩わせてしまって申し訳ございませんでした」
「大丈夫だったか?」
「はい」
「怪我は、してねえか……?」
「私はなんとも……」
「そうか。良かった」
更木隊長は目尻を少し下げて、口角で緩く弧を描いて笑った。その笑顔に、私の心臓が今度は大きく跳ねた。
また、だ。
男の人から迫られているところを助けてもらった時もそうだった。更木隊長に怪我をしていないかと尋ねられ、大丈夫だと伝えると今と同じ顔で更木隊長は微笑んだ。その時も私の心臓は大きく跳ね、顔が熱くなったのだ。どきどきと静まらない胸を落ち着かせるように私は小さく息を吐いた。
「俺に用があるんだろ? 卯ノ花から地獄蝶が送られてきた」
「はい。更木隊長にご相談がありまして、参りました」
「話すのは、隊首室で良いか?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、行くか」
「よろしくお願いいたします」
私が一礼すると更木隊長は再び歩き始める。私もその後を付いて歩こうとすると、急に足元に何かが絡み付き、強制的に足を止められた。
「きゃっ!」
驚いて思わず悲鳴を上げてしまった。更木隊長は私の声に反応して足を止め、ぐるんと勢い良くこちらを振り返った。それにもつい驚いてしまい、肩が大きく揺れた。
足元を確認すると、桜色の髪の毛を持った女の子が私の足に抱き付いている。
「草鹿副隊長……?」
その子の名前を呼ぶと笑顔で私を見上げた。
「あはっ! せいか~い!
優ちゃん、何で十一番隊にいるの~?」
無邪気に笑い、抑揚のある声で話す幼い女の子は紛れもない十一番隊で更木隊長に次ぐ籍に身を置く草鹿副隊長だ。
「更木隊長にお話があって参りました」
「えー! あたしには?」
「ふふっ、草鹿副隊長にも会いたかったですよ」
「えへへ〜! あたしも
優ちゃんに会いたかった! あと、やちるで良いって言ったよ!」
「それは前にもお伝えしたように、私は一介の隊士にすぎないのでご容赦ください」
表情がころころと変わるにつれてよく動く草鹿副隊長の眉毛が最後は八の字になってしまった。機嫌を損ねてしまったようだ。それでもしっかり役職に就いている以上は、私のような一般隊士が慣れ親しく呼ぶわけにはいかなかった。要望に応えることができない代わりに頭を撫でるとすぐに笑顔になってくれ、ほっと胸を撫でおろした。
「……知り合いだったのか?」
目を丸くして、私たち二人のやりとりを見ていた更木隊長が口を開いた。
「知り合いじゃないもん! 友達だよっ!」
草鹿副隊長は両手を腰に当て、胸を大きくそらした。その様子が可愛らしく、思わず笑みが零れる。
「実は、春に更木隊長の治療をさせていただいた後にわざわざ四番隊へお礼を言いに来てくださったんです。そこから、よく四番隊に遊びに来てくださっているんです」
治療をした翌日に草鹿副隊長は自身が大好きな金平糖を持って、私を訪ねて四番隊へとやって来た。お礼だと言って私へ金平糖を渡すが、私の手に渡っても金平糖をじっと物欲しそうに見つめているものだからそのまま二人で一緒に金平糖を食べた。子供らしく純粋な草鹿副隊長に癒された大切な思い出。
「焼き菓子のことを覚えていますか?」
「ああ……」
「あれも実は草鹿副隊長に食べたいと言われて、作ったものなんです」
「あれすっごい美味しかった! 剣ちゃんもすっごいすっごい美味しそうに食べてたよ!」
草鹿副隊長は両手で拳を作り、それを上下に振りながら私に一生懸命伝えてくれる。シフォンケーキを食べた時の草鹿副隊長の感動が全身から伝わってきた。美味しそうに食べてくれた姿がまるで昨日のことのように鮮明に頭に浮かんだ。
「まあ、それは良かったです」
「また作って欲しいな」
「はい。もちろんですよ」
小首を傾げてお願いをする草鹿副隊長が可愛らしくて、つい抱き締めたくなってしまいそうになる。
「あの日、隊首会が始まって早々どこかへ行ったかと思ったらそういうことか」
「うん!
優ちゃんのお菓子もらいに行ってた!」
あの日の出来事が点と点で繋がり、全体像が見えてきた更木隊長は納得したような表情を浮かべていた。
「そういえば、
優ちゃんの話って何?」
「お仕事で更木隊長にお願い事があって来たんです」
「お願い事?」
「はい」
「ねえ、剣ちゃんにお願い事だって! なんだろうね!」
草鹿副隊長は目を輝かせながら更木隊長の裾を引っ張っていた。
「その願い事とやらを聞くために隊首室へ向かおうと思ったら、お前が足止めしに来たんだ」
「えへへ〜、ごめんなさーい。だって
優ちゃんのにおいがしたんだもん」
「さっさと隊首室、行くぞ」
草鹿副隊長は右手で更木隊長の裾、左手で私の右手を握った。
「行くぞー!」
「は、はい」
私たち三人は横に並び、隊長室へと向かって歩き始める。更木隊長も草鹿副隊長もまったく何も気にしていない様子だったが、私は周りからはどう映っているのかが気になってしょうがなかった。
卯ノ花隊長が私をからかう顔を思い出し、頬が熱くなるのを感じる。二人に気付かれる前に秋風が熱を冷ましてくれるのを願いながら歩いた。
*
「で、願い事ってのは何だ?」
仕事の話をするために来たというのに私は更木隊長と隣に並んで長椅子に座っていた。更木隊長曰く、執務用の硬い椅子よりこっちの椅子のほうが好きだそうだ。草鹿副隊長は私の膝の上に座って金平糖を食べている。まるで雑談をしに来たかのような気分になってしまう。
「はい。まずは、こちらの書類へ目を通していただきたいです」
持って来た書類を更木隊長へ差し出すと、何も言わずに受け取った。書類に目を落とすと更木隊長は、眉をぴくりと小さく動かした。
「つまり、何だ?」
書類から目を離した更木隊長と目が合う。すぐに尋ねてくると思っておらず、そのまま見つめ合ったままになった。回りくどいことは良いから説明しろ、ということだろう。
「はい。私の父が流魂街の人々を対象として医者として働いているのですが、その中でさまざまな事情で通院ができない方々の元へ直接訪問して診察をしているんです」
私が書類の内容を説明し始めると、相槌を打ちながら更木隊長は私の話を真剣に聞いていた。
「父一人で業務をこなすのは中々大変で、その業務を四番隊で手伝えないものかと思っていまして」
「ねえ、
優ちゃんも食べる?」
説明の途中に草鹿副隊長が握った右手を私へ差し出した。
「ありがとうございます。いただきますね」
「うん! 美味しいよ!」
両手を差し出すと金平糖が数粒、手に乗った。草鹿副隊長は満足気に笑い、また金平糖を食べ始めた。
「往診業務を受け持つだけなら四番隊だけでも十分なのですが、治安の悪い地区も周ることがあるので戦闘に慣れていない四番隊隊士だけでは中々難事でして……」
「そこで俺らの出番ってわけか?」
「はい。戦闘に慣れていらっしゃる十一番隊の方々に手伝っていただけるなら心強いと思ったんです」
「要するに、『用心棒』ってことだな」
「簡単に言うとそうですね。流魂街の治安も守れますし、私の勝手な思いでもありますが、四番隊と十一番隊の橋渡しもできると思ったんです。仲が良いのが一番ですし、それに治療に特化している人たちと戦いに秀でている人たちが組めば『最強』だと思いませんか?」
「らしくない言葉使うんだな」
更木隊長は口角を上げて笑っていた。難色を示されることも覚悟していたが、更木隊長は柔らかい雰囲気だった。私もつられて笑ってしまう。
「一番分かりやすい言葉だったので」
「それで、それはいつから始めるんだ?」
「まずは試験的に行う予定で、来週には始めたいと思っています。数か月の試験運用を行い、その報告を卯ノ花隊長へ上げ、内容次第で全隊長へ発議の場を設けていただき、最終決定は総隊長に行っていただくことになっています。更木隊長には試験期間中に私の援助をしてくださる方を選出していただきたいと思って——」
「俺が行く」
「え……?」
言葉を遮られ、更木隊長から飛び出してきた言葉は予想もしていないものだった。
「俺が行く」
聞こえていないと思ったのか、もう一度同じ言葉を更木隊長は繰り返した。
「そ、そんな! まだ試験的な段階なので、更木隊長が動いていただかなくても……!」
「十一番隊と四番隊の仲を取り持ちてえなら俺が動いたほうが、示しが付くと思うぞ」
更木隊長は冷静にもっともな意見を述べた。
「確かに、そうですけど……」
「てっきり、俺に用心棒役をやって欲しいって頼みに来たのかと思ってたけどよ……俺には力不足か?」
「そんなことはないです!」
この件を進めていくには四番隊はもちろん、十一番隊の方々からの賛同が一番重要となってくる。十一番隊の性質上、恐らくそれは容易ではないだろう。今日、十一番隊に訪れた時もそれを思い知った。更木隊長自身が動いてくれるのであれば、更木隊長が言うとおり他の隊士へ示しが付く。
「更木隊長が手伝ってくださるなら百人力です。この先、事も進めやすいので大変助かります」
「じゃあ、決まりだな」
更木隊長はまた口角を釣り上げて笑っている。何だか凄く嬉しそうに見える。
「強い人や虚と戦えるわけではないですし、もしかしたら更木隊長にとってはつまらない仕事かもしれないですが……本当によろしいのですか?」
「男に二言はねえよ」
更木隊長は手に持っていた書類へ目を戻すと、長椅子から立ち上がった。
「剣ちゃん、はい! これでしょ?」
「あ?」
草鹿副隊長はいつの間にか手に持っていた隊長印と朱肉を笑顔で更木隊長へと差し出した。
「おう」
それを受け取ると、長椅子へと座り直し、目の前の座卓を少し手繰り寄せた。座卓の上に書類を置くと朱肉を付け、十一番隊の隊長印を押す。
「ほらよ」
更木隊長から受け取った書類には、四番隊の隊長印の隣に十一番隊の隊長印がしっかりと並んでいる。握力の違いからか、十一番隊の隊首印は四番隊の隊首印より濃く押印されている。それを見ていると自分の夢に少しだけ近付いた気がして胸が高鳴っていく。
「ご快諾いただき、ありがとうございます……」
「こんなこと、礼を言われるようなものでもねえよ」
「いいえ、そんなことはないです。ありがとうございます、更木隊長」
「……」
「
優ちゃん、良かったね!」
「はい」
草鹿副隊長も笑顔で一緒に喜んでくれている。
だが、その笑顔がふっと曇る。草鹿副隊長は寂しげな表情を見せた。私が首を傾げると、遠慮がちに口を開いた。
「……ねえ、
優ちゃん」
「はい、どうされましたか?」
「あたしも
優ちゃんの用心棒したいけど、付いて行ったらだめ?」
不安そうにこちらの様子を窺っている。私は草鹿副隊長を安心させるために微笑んだ。
「もちろんですよ、是非お願いします」
「本当にいいの?」
「はい。草鹿副隊長もいらっしゃれば鬼に金棒です」
「やったー!」
両手を上げ、喜んでいる草鹿副隊長。仕事を邪魔してはいけない、と彼女なりに悩んだのだろうか。先程の暗い顔より今のように明るい笑顔のほうが草鹿副隊長らしくて私は好きだ。
「ありがとう、
優ちゃん! はい、あーん!」
草鹿副隊長は私の手のひらに乗ったままの金平糖を指先で一つ摘むと私の口元へ近付けた。無垢さに癒されながら、口を開くと金平糖が口の中へと入った。口内に甘みが優しく広がっていく。頬がとろけるような甘さにまた癒された。
「美味しいです」
「でしょ! はい! 剣ちゃんも、あーん!」
もう一つ金平糖を摘むと今度は更木隊長の口元へ持っていき、口を開けるようにと訴えている。更木隊長が素直に口を開くと、私と同じように金平糖を放り込まれていた。
「美味しいでしょ?」
「そうだな」
口の中に金平糖が入るとすぐにボリボリと金平糖を噛み砕いており、更木隊長らしさに笑みが溢れる。
手のひらに残っていた二粒の金平糖を摘み、今度は草鹿副隊長の口元に近付けた。
「草鹿副隊長も『あーん』してください。更木隊長と私からのお礼ですよ」
目を大きく開いて嬉しそうに笑った後に、口が大きく開いた、その中へ金平糖をそっと入れる。
「ん~! 美味しいねえ」
草鹿副隊長は口を閉じ、金平糖を舌の上で転がして幸せそうに笑っている。日々の疲れを忘れてしまうほど、可愛らしい笑顔だった。仕事の話が目的でここに来たのにこんなに癒されて良いのだろうか、と心配になってしまう。
穏やかな空気に包まれているからか、初めて十一番隊の隊首室へ訪れた時とはまったく違う部屋に見える。居心地が良くて、ついつい長居したくなってしまう。
「そういえば」
欲望を抑えられず草鹿副隊長の頭を撫でていると、更木隊長が口を開いた。
「……どうかされましたか?」
「あれから、あいつに面倒掛けられてないか?」
一人の男性が頭に浮かぶ。更木隊長が言っているのは、その人で間違いないだろう。
「はい、大丈夫です! あれからはお誘いは受けていませんし、お会いしてもいません。更木隊長、ありがとうございました」
「また何か困ったら、俺に言え」
「お言葉に甘えすぎてしまって、何だか申し訳なくなってきてしまいます……」
「俺が良いって言ってんだ。気にするな。使えるものは使わねえと勿体ねえぞ」
「……ふふっ。はい、ではその時はよろしくお願いいたしますね」
「ああ」
目を細め、口で緩く弧を描きながら更木隊長は笑い、再びあの笑顔を私に見せた。やはり、更木隊長のこの笑顔を見ていると頬が熱を持ち始める。更木隊長が纏っている柔らかい雰囲気がまるで自分のためだけのように思えてしまう。赤くなってしまった顔をさり気なく手に持っていた書類で顔を隠した。
これも全部、卯ノ花隊長にからかわれたせいだ。
無礼だと分かっていながら心の中で卯ノ花隊長へ押し付けてしまった。