風に踊る言葉
(※学パロ) 今日は体育祭。応援する生徒たちの歓声と笑い声で賑わうグラウンド。赤組と白組の熱戦が続き、応援する側も競技を行う側もみんな高揚感に満ち、全体が一体となって盛り上がっている。
「次は、一角兄たちの借り物競争だね」
「うん」
「最前ゲットできて良かったね!
名前」
「うん! 志乃ちゃんのおかげだよ」
志乃ちゃんが既に観戦席の最前に座っていた人に声を掛けてくれて、譲ってもらえることができた。志乃ちゃんと観戦席に並んで座り、ちかちゃんと一角さんの出番を待つ。周囲の応援の声が響く中、私の胸は期待に溢れていく。
借り物競争のお題は趣向が凝らされているのか、『校長先生が点てたお茶』だったり『朽木先輩の髪飾り』だったり中々一筋縄でいかないようなもので苦戦している上級生の姿に観客席は笑い声が絶えなかった。
少しして、ちかちゃんの出番になる。ちかちゃんを含めた五人の走者がスタートラインに立つとピストルの音が鳴り響き、一斉にがスタートを切った。ちかちゃんは綺麗なスタートダッシュを決めると、スタート地点から数メートル先に置いてあるお題が書いてある小さい紙を素早く拾い上げた。そこに書いてある文字を読むと、すぐに顔を上げた。その瞬間、わたしは周囲のざわめきが遠のくように感じた。ちかちゃんは目を泳がすことなく、視界にわたしを捕らえた。バチッと、ちかちゃんと目が合う。その一瞬、わたしとちかちゃん以外の時間がゆっくり流れているかのような感覚に包まれた。確実にちわたしを見ている。わたしの心臓は単純で、それだけで胸が高鳴っていく。
ちかちゃんはこちらへ真っ直ぐ駆け寄ってきた。下級生から憧れの存在でもあるちかちゃんが、観戦席に近付いてきただけで周りの女の子たちは嬉々とした声を上げている。それでもちかちゃんは、私から目を逸らすことは一度もなかった。そして、私の前で立ち止まる。ちかちゃんは柔らかく微笑み、膝に手を付いて軽く前に屈むと私へ向かって掌を差し出した。
「おいで?
名前」
その一言にドキドキと胸の高鳴りはますます高鳴った。日陰にいるというのに顔が、全身が、熱くなっていく。
わたしは引かれるようにその手に自分の手を重ねると、ちかちゃんは目を細めて優しい顔で笑った。その笑顔に温かなものに包まれる。
「ゴールまで走るよ?」
「う、うん!」
そのまま、わたしはちかちゃんに手を引かれながらゴールへと向かった。ちかちゃんと一緒にスタートを切った人たちはまだお題に苦戦しているみたいで、ゴールテープはまだ切られていない。他の人が追いつく前にゴールできれば、ちかちゃんが一位だ。それでも、走るのが苦手なわたしに合わせてちかちゃんは走ってくれている。気遣ってくれる優しさに胸がきゅんと甘い音が鳴りそうだった。
「綾瀬川兄妹、仲良く手を繋いでゴール!」
他の人たちは相当大変なお題だったのか、圧倒的に差を付けて私たちは一位でゴールテープを切ることができた。観客席からは歓声が沸き上がっている。志乃ちゃんの方へ目を向けると、大きく口を開けて笑いながら大きく手を叩いて喜んでくれていた。浅くなった呼吸を整えながら志乃ちゃんに手を振り返す。ドクドクと体に響く心臓の鼓動が心地良かった。
「競技を終えた方は、こちらにお願いしまーす!」
実行委員会の人に待機列に誘導され、わたしとちかちゃんは一緒に並んで腰を下ろした。
「日差しが暑かったら観戦席の方に戻っても平気だと思うよ」
「ううん。平気だよ」
「そう?」
ふわっと風に綺麗な髪の毛を靡かせながら笑う。その笑顔に涼しげな空気が流れた。周りに注目された緊張と競争への興奮が入り混じった感情が心の中に渦巻いていたが、少しずつ薄らいでいく。それとは別の感情でわたしの全身はどんどん熱くなっていき、繋いだままの手は反対に汗ばんだ。
「そ、そういえば、ちかちゃんのお題は何だったの? 『家族』とか?」
「不正解」
ちかちゃんは笑いながら首を横に振った。もっとひねったお題だったから、そんな単純なものでもないのかな。
「『下級生の異性。かつ、同じ名字の生徒。』とか?」
「それも不正解」
もう一度笑いながら首を横に振った後、ちかちゃんはポケットに入れていた小さな紙を取り出して、わたしへ差し出した。
「はい。どうぞ。確認してごらん?」
片手でそれを受け取り、私はそこに書いてある文字を読んだ。
ちかちゃんに与えられたお題。それを理解したわたしは、あっという間に顔が熱くなり、先程ゴールに向かって走っていた時のように心臓が慌ただしく騒ぎ始めた。鼓動が全身に響き渡り、手を繋いでいるちかちゃんにまで伝わっていきそうだった。
ちかちゃんへ目を向けると、穏やかに微笑みながら声を出すことなく唇の形で言葉をわたしへ伝えた。また、ふわっと風が靡き、わたしとちかちゃんの頬を撫でた。
『——好きだよ』
わたしの勘違いでなければ、唇はその四文字を紡いだ。その瞬間、まるですべての時が止まったかのように感じてしまった。心臓の鼓動が一際強く全身に響く。その振動が伝わったのか、ちかちゃんは握っていたわたしの手を強く握りこんだ。
終