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綾瀬川弓親と鍋
十月のある日、ちかちゃんから「十一月十一日に十一番隊舎で鍋会をするから一日お休みをとって、うちにおいでよ」と誘われた。
そのお誘いに乗り、今日──十一月十一日に十一番隊舎を訪れた。
今日は門前には誰も立っておらず、門の向こう側にも霊圧は感じられない。
「十番隊の綾瀬川名前です……お邪魔します……」
念のため潜戸を数回叩いて開くと、すぐそこに微笑んだちかちゃんが立っていた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
「びっくりした……! 霊圧消してたでしょ?」
ちかちゃんは小さく声を漏らして笑う。
「名前の霊圧がこっそり近付いてきたから、僕もこっそり待ってようかなと思って」
「だって、いつもの十一番隊より静かだったから……」
「全員、奥の庭に集まってるからね」
「そうなんだ」
鍋会のことは簡単にしか聞いていない。十一が二つ並ぶ縁起の良い日に、十一番隊士総出で行われる鍋会。一つの鍋で作ったものを分かち合って食べて絆を深めるらしい。更木隊長たちの誕生日会やこの鍋会とか十一番隊では楽しい催し事が多くて楽しそうだな、と思う。
「さあ、行こうか」
ちかちゃんに差し出された手を取り、みんながいると言う奥の庭へと向かった。
奥の庭に近づくにつれ、大人数が話している声と良い香りが漂ってくる。
「何の鍋、作ったの?」
「海鮮鍋だって」
「わあ……! 美味しそう!」
海鮮鍋ってあんまり食べないから楽しみ。
「もうそろそろ志乃ちゃんも来るらしいよ」
「本当? じゃあ今度はわたしが志乃ちゃんをびっくりさせようかな」
「上手くいくと良いね」
「失敗するって思ってるでしょ?」
「そんなことないよ」
ちかちゃんは目を細めて優しく笑っているが、きっと頭の中には驚かせるのに失敗してしまい、志乃ちゃんに笑われているわたしの姿があるに違いない。わたしの心にひっそりとやる気の火が灯った。
*
志乃ちゃんへのドッキリは失敗に終わった。なんでも、嬉々と跳ねていたわたしの霊圧が十一番隊の門に近付いてくると尻すぼみするように消えたらしい。だから薄々勘付かれており、潜戸を開いた志乃ちゃんに「わっ!」と声を掛けても全然驚いてくれなかった。
庭に戻ると笑顔の志乃ちゃんと肩を落としているわたしを見て、ちかちゃんはまた笑っていた。
「はい、名前の分だよ」
「ありがとう」
ぐつぐつと大きな鍋で煮られたお鍋の具が入ったお椀をちかちゃんに手渡される。中には大きな海老と大きな帆立たちが綺麗に盛られていた。
更木隊長の合図と共に鍋会は始まる。更木隊長が食べ始めると、十一番隊のみんなも食べ始めた。普段、大きな声を出したり怖い顔をしている人が多いけど一番上の更木隊長に従順に付き従っている姿はまるで飼い犬のようで可愛いと思ってしまった。
「名前も食べて良いんだよ?」
「う、うん! いただきます」
周りを観察していると食べるタイミングを見失い、ちかちゃんに顔を覗かれた。慌てて箸で海老をつまみ、口の中へと入れる。口の中にさざ波が押し寄せるように、海の豊かさが広がっていく。弾力のある歯ごたえの海老が絶品だった。
「美味しい…!」
鍋は一角さんが出汁から一人で作ったと聞いた。一角さんの手料理を食べる機会は全然なかったが、これはお店が出せちゃいそうなほど美味しい。
「一角さんすごいね! こんな美味しい鍋を一人で作っちゃうなんて……!」
「一角兄は、鍋奉行だからねえ……。他の料理も上手だけど、鍋は特に美味しいのよ」
「へえ……そうなんだ」
隣の志乃ちゃんに声をかけると始めは遠い目をした後に、わたしと目を合わせて笑った。そして、一角さんが他の隊士と談笑しているのを確認するとわたしの耳元へ顔を寄せる。
「本物の鍋奉行だから、鍋には突っ込んじゃだめだからね。多分、相手が名前でもすごい剣幕で突っかかってくるから」
「そ、そうなんだ……」
具材を煮るだけではなく、一人一人のお椀への盛り付けまで真剣にしてたから、きっと鍋に対する思いは並々ならぬものなのだろう。志乃ちゃんからの忠告をひっそり心に書き留めた。
「そういえばさ、十番隊とか十三番隊にはこんな催し事はあったりする?」
お酒を一口飲んだちかちゃんに尋ねられた。
「十番隊は、確か松本副隊長が日番谷隊長に飲みに行こうと言ってたかな……それで日番谷隊長に奢ってって言ってたから怒られてた気がする……」
「想像つきやすいよ」
ちかちゃんは肩をすくめて困ったように笑う。
他の隊でもここまで盛大にとはなかなかないかもしれないが、お祝いしてたらするのかな。
(あれ、でも……)
月は一から十二までの数字しかない。護廷十三隊は、その名のとおり十三の隊がある。十三番隊は溢れてしまう。
「十二月までしかないけど、十三番隊にはそういうのあるの? 一月三日とか?」
「うちはね、毎月十三日にそういうのがあるわね」
「え! 毎月あるの? すごいね……!」
「と、言っても浮竹隊長が一人で盛り上がってお祝いしてて……隊士一人一人に駄菓子の詰め合わせをくれるだけなんだけどね」
「一人一人に? それもすごいね……」
頭の中に病弱な体質を感じさせない浮竹隊長の明るい声が響いた。あの溌剌とした元気さをわたしも見習いたい。
「挙げ句の果てには、その日に出会った他の隊士にも配ったりしてるから」
「そういえば僕ももらったことあるね。そう言うことだったんだ」
「わたしも十三日に遭遇してみたいな……」
「遊びに来たら良いじゃない! あたしがいるんだから」
ちかちゃんと志乃ちゃんの三人で会話を楽しみながら鍋を楽しんでいると、突然ドッと賑やかになった。キョロキョロ辺りを見渡し、みんなの目を集めているものを探す。すると、艶のある黒髪の人がいた。前髪が真っ直ぐに切り揃えられており、腰あたりまでら後ろ髪も綺麗に切り揃えられている。日本人形のようだ。
「あんな人も十一番隊の人?」
「あ、あれは……っ」
ちかちゃんは肩を震わせて、笑いを必死に堪えている。
「い、一角兄……?」
「え! うそ!」
「あはははっ!」
辺りに響き渡る怒声は本当に一角さんのものだった。ちかちゃんは堪らずお腹を抱えて笑い始めた。堪忍袋の緒が切れてしまった一角さんは黒い髪を靡かせながら、やちるさんを追いかけ始める。
「ちょっと、一角兄……!」
ドタドタと騒がしい方へ志乃ちゃんも走って行ってしまった。
ちかちゃんはひと通り笑い終え、溢れた涙を拭っていた。
まだ追いかけっこをしている声は聞こえるが、周りは鍋会を再開している。わたしももう少し海老が食べたくて、鍋を覗くが空っぽだった。残念。
「はい、名前」
わたしの心の声が聞こえていたのか、ちかちゃんに箸で掬った海老をわたしのほうへ向けている。
口を開いてみると、ゆっくりと海老がわたしの口の中へとやってくる。
口の中には先程より段違いな旨みが広がった。
「美味しい?」
「うん! ありがとう! わたしが海老食べたかったこと、どうして分かったの?」
「伊達に名前の兄を長年やってないからね」
「わたしは、ちかちゃんに敵わないのに……」
ちかちゃんは、声を上げて短く笑った。
「好きだから」っていう理由だったらすごくすごく嬉しかったのにな。
なんて、わがまますぎる願望を心の中でつぶやく。
「今度は二人で鍋してみるのも良いね」
「や、やりたい……!」
でも、またころっとちかちゃんの言葉で感情をひっくり返される。
すごくすごく嬉しい提案にわたしはその日までに鍋の勉強をしようと決め、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と空っぽになっている大きなお鍋に呟いた。
終
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