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斑目一角と鍋
「今年は海鮮鍋にしたんだ」
「おう。隊長が食いたいって言ったからな」
「へえ〜。去年、すき焼きだったもんね」
一角は上裸になり、庭で薪を割っている。頭にはねじり鉢巻き。今年もやる気満々だ。
縁側には大きな皿が並べており、海老白身魚の切り身、ホタテ、白菜やらが盛られていた。そして、一角の傍らには毎年この日に現れる大きな鍋と釜。
今日は、十一月十一日。
十一番隊では隊長の誕生日や忘年会、新年会と顔を連ねる重要なイベントがある。十一が並び、あたしたちにとっては縁起の良いこの日は、“十一番隊の日”と呼ばれる。同じ鍋と釜の飯を食べて親睦を深めるのが目的だと入隊一年目に聞いた。他の隊でもそんなイベントがあると思っていたけど、こんなことをしているのは十一番隊だけらしい。流石、自隊愛が強い十一番隊だ。
「うどんも買ってきた?」
「買ってある。当たり前だろ」
当たり前なんだ。
鍋の具材が乗っている皿の隣に腰を下ろし、一角が楽しそうに鍋会の準備をしている。初めての鍋会の時に、鍋の中が少なくなってきた鍋へ具を入れようとしたらものすごく一角に怒られたことをふと思い出した。一角は、ガチものの鍋奉行だったのだ。叱られてからあたしは、鍋の手伝いは一切手伝わないと決めた。
割り終わった薪に原始的な火を起こしをしている一角の背中を、ぼうっと眺めていると突然膨れっ面の副隊長が視界を独占した。
「あだ名聞いてよ!」
「びっ、びっくりした……」
「あんこ鍋が良いって、言ったのにつるりんが絶対ダメっていうんだよ!」
「あんこ鍋?」
「あんこを入れるんだとよ」
「それは、もう闇鍋じゃん……」
「おはぎ買ってやったんだから、それで我慢しろ」
「おはぎもう食べたちゃったもん」
「ハア!? あの大量のおはぎもう食ったのか!?」
「うん!」
一角は天を仰いだ後に、深いため息をついた。ご心中をお察しします。
でも、副隊長の目の前で大量の甘い物を買ってしまえば目をつけられてしまうのは当たり前だ。爪が甘いな。隊舎の冷蔵庫に大きく名前を書いて入れておいてもお構いなく食べられちゃうんだから。
「隊長たちの分もあったんだぞ」
「はやく言ってよ~。もう食べちゃったよ?」
悪びれる様子がない副隊長は流石だ。腐っても十一番隊第三席の一角に怒鳴られてもこんな態度が取れるのは、この尸魂界を探しても副隊長しかいないだろう。
「どんまい」
「どんまい、じゃねえよ……」
さらに深いため息をついた一角は副隊長を取り合うのを止め、火起こしを再開した。
「つるりん、それあたしもやりたい!」
おはぎから火起こしへと副隊長の興味が移った。相変わらず自由だ。
「危ないですから離れててください」
「そうですよ〜、副隊長。そういう仕事は下々の一角に任せててくださ〜い」
あたしの発言を聞いた一角は作業を続けながらも青筋を立てて睨んでくる。怖い、怖い。
「副隊長、大福とお茶を持ってきたからこっちで食べましょう」
お盆を持って現れた弓親。ちゃんと四人分の湯呑みが乗っている。
副隊長へ弓親が声をかけると今度は大福へと興味が移る。
「わーい! あんこだー!」
「ここに座って、ゆっくり食べてくださいね」
「はーい」
はしゃぎ回っている副隊長を縁側に座らせると、弓親は大きな大福が一つ乗っているお皿を手渡した。弓親は意外と副隊長の取り扱い方が上手い。
「副隊長、今日も元気だね」
「うん! 元気だよー」
唇を大福の粉で白くした副隊長はニコッと可愛らしく笑った。
冷たい風に吹かれながら三人でお茶を啜り、一角がせっせっと鍋会の準備を進めているのを見守った。
*
「ほら、名前」
「ありがとう!」
取り分けられたお椀を一角から受け取る。冷えた手にじんじんと温かさが広がっていく。
「火傷すんなよ」
「しません〜。子供扱いしないで」
「ガキだろ」
一角の言葉を無視し、まずは白身魚の切り身を口に入れる。
「ん〜! 美味しいっ!」
あたしが唸ると一角は誇らしそうな顔で笑う。ものすごく嬉しそう。
鍋を美味しく作る知識や理屈なんて全くわからない。具材を入れる順番で何が変わるんだ、って思ったりもしたが、はちゃんと理にかなっているらしい。あたしが適当に鍋にぶち込んでつくる鍋とは比べ物にならないぐらい見栄えが良いし、美味しい。
最後まで「あんこ、あんこ」と言っていた副隊長だが、出来上がった海鮮鍋を見ると我先に食べようとしていた。おたまを持って直に食べようとした副隊長を必死な顔で一角が止めていたのが最高に面白かった。
「海老も美味しい〜、幸せ〜」
上着を着込みたいほど寒いけど体の芯から温まってくる。鍋も美味しくて、大人数でわいわい言いながらも食べ、満足度が高い。
「この椎茸が良いよね。この切り込みがいかにも鍋って感じで」
「せっかくの海鮮なのに椎茸の感想かよ」
「海老も美味しいって言ったじゃん」
「具体的な感想言ったのは椎茸だけだろ」
「この海老、プリプリしてて美味しい! エビチリにしても絶対美味しいよね!」
「始めのは定番だし、最後のはなんなんだよ。そんな褒め方あるか」
会話をしながら手を止めることなく、鍋を胃袋に収めていく。幸せが溜まって弾けちゃいそう。
「あ〜、本当に美味しい。嫁に来てよ、一角」
「なんで俺がお前に嫁ぐんだよ」
「君が作った鍋を毎日食べたいってやつだよ」
「俺が嫁じゃなくても食えんだろ」
「良いじゃん。一角の白無垢姿、面白そうだし」
目元を赤くしてるし、きっと真っ白な白無垢に映えるだろう。想像するとジワジワと笑いが込み上げてくる。
「あ。でも毎日、一角の料理食べてたら太っちゃいそうだなあ……。やっぱりごめんね、一角。嫁にはできないや」
「勝手に婚約して、勝手に振るな」
「大丈夫。まだ籍入れてないからバツイチじゃないよ」
「そう言う問題じゃねえだろ」
「つるりん、デザートはないのー?」
一角と生産性のない会話をしていると、あたしたちの間に副隊長が割って入ってくる。
「さっき、あんたが全部食べたじゃないっスか」
「えー! なんで新しいの買いに行ってくれてないのー?」
「食いてえなら自分で行け!」
「けちんぼ!」
副隊長は小さな手のひらで一角の頬をペチンと叩いた。一角が正面から強制的に顔を晒されたすきに、副隊長が何か──少し大きいな金平糖のようなものを一角のお椀に入れていた。
「テメェ!」
「アハハ! 怒ったー! 剣ちゃーん、つるりんが真っ赤なゆでダコー!」
ぴょんぴょん跳ねながら逃げていく、副隊長の背中を睨みつけながら一角は箸を握る手をわなわなと震わせた。ミシリ、と箸が軋む音が聞こえてくる。
「箸折れちゃうよ」
「……ったく」
一角は腹いせにお椀に残っていたものを全て口の中に掻き込んでいた。
「あ、それ……」
遅かった。咀嚼して飲み込んだ瞬間、一角の綺麗にピカピカと輝いている頭からものすごい勢いで黒い髪の毛が生えた。ファサッと音を立っていた。お腹ぐらいの位置までの長さで艶があって綺麗な髪だった。
笑劇的な光景に思わず吹き出して笑ってしまった。
「ブッ! あははは! 髪の毛生えてる! あはあはっ!」
「……アイツッ!!」
「あははっ!! 頭振んないで、サラサラすぎて面白い……! その髪だと白無垢のあの髪型できるじゃん。あれ……なんて言うの、あれ?」
「文金高島田、ね……ブッ!」
弓親も耐えきれず吹き出している。
「あれ、そんな名前なんだ……。ブンキンタカシマダできるって! 良かったじゃん!」
「良くねェッ!!」
ついには折れてしまった箸を一角は投げ捨てた。そして、ケラケラと笑っている副隊長のほうへとものすごい形相で駆けて行く。
「待って、待って! 写真撮らせてよ!」
こんな賑やかな日常が当たり前なことが素直に幸せに思うんだ。
終