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更木剣八と鍋
十一番隊・隊首室の戸がコンコンと鳴る。長椅子に腰掛け、一緒にお茶を楽しんでいた剣八さんが「入れ」と声を掛けた。「失礼します!」と張りのある声で現れたのは一角さんだった。
「隊長っ! これから食料の調達に行ってくるんですけど、今年は何鍋が良いっスか?」
頭にねじり鉢巻を巻き、死覇装を襷掛けしている一角さんが声を弾ませながら剣八さんに尋ねた。
今日は、十一月十一日。
毎年この日は"十一番隊の日"と称し、十一番隊では一角さんが取り仕切る鍋会という名の宴会が行われる。同じ鍋で煮た食べ物、同じ釜のご飯を食べ、絆を深めるという目的だと聞いた。他隊にはそういう大きな取り組みはなく、自隊への愛が特別大きい十一番隊独自のものだ。四番隊では四月は隊舎内に飾られている卯ノ花隊長の生け花が普段よりも華やかで豪華なものにはなるが、このような隊士全員を巻き込んだ催しはない。剣八さんとお付き合いを始めてから私もこの素敵な鍋会に毎年参加させてもらっている。今年もこの日を楽しみにしていた。
「はい、はーい! あたしは甘〜いお鍋がいい! ほら! え〜っと、あんこ鍋!」
「あんこう鍋のことですか? 残念ですけど、あれは甘くねえですよ」
「えー! あんこなのに?」
「あんこう。あんこじゃねえよ。魚だ、魚」
私の膝に座って最中を食べていたやちるちゃんが、大きく手を挙げて溌剌とした声を上げた。一角さんはそれに対して、冷静に突っ込むと再び剣八さんは目を向けた。
「隊長は何鍋食いたいっスか?」
「……」
剣八さんは一角さんを少し見つめた後に、口をきゅっと結んでこちらを見つめてくる。
これは何を提案するか迷っている顔だ。
何鍋にするかを毎年剣八さんが決めているが、特に欲がない剣八さんはこうしていつも助けを求めてくる。
困っている顔に微笑みを返し、首を傾げて見つめ返すと剣八さんは口を開いた。
「名前は何が食いたい?」
「私は剣八さんが食べたいものが食べたいです」
これも私が毎年剣八さんに伝えていること。
何でも良い、と言えなくなってしまった状況に剣八さんは人差し指で頬を掻いた。
今か今かと剣八さんの口から鍋の名前が出てくるのを待っている一角さんと、目線を下げて考えあぐねている剣八さん。
「あんこうは高級魚なので今からは手に入らないかもしれませんが、去年は牛肉が美味しいすき焼きでしたもんね」
剣八さんにだけ聞こえるように囁くと、何かを閃いたように顔を上げて一角さんを見つめた。
「海鮮鍋」
「良いっスね! じゃあ俺、これから市場行ってきます! 準備できたら、また呼びにきます!」
「よろしくお願いします」
一角さんは深々と綺麗な一礼をすると静かに戸を閉めた。
「市場!? あたしもいく! あんこー!」
飛び起きたやちるちゃんは一角さんの後を追いかけていき、今度は大きく音を立てて戸は閉まった。そしてすぐに、どたどたと大きな足音で廊下を駆ける足音が聞こえてくる。
「……ありがと」
「いえ、どういたしまして」
剣八さんは私の手を取ると、指を絡めて手を繋ぐ。手を握り返すと、微笑みが返ってきた。
「海鮮鍋、楽しみですね」
「ああ」
「嬉しそうだな」
「はい。この日を楽しみにしていましたので」
剣八さんはまた微笑むと、私の頭を優しく撫でた。
今日もきっと特別な一日になる。
*
一角さんとやちるちゃんが買い出しから帰宅し、鍋会が始まった。
道場沿いの庭で一角さんは大きな鍋で海鮮鍋を煮始め、大きな釜でお米を炊き始めた。その様子を縁側に剣八さんと座って眺める。
何か手伝えれば、といつも思うが一角さんは鍋を振る舞うのを楽しんでいるためいつも見守ることにしている。初めて参加させてもらった時に剣八さんから「好きでやってるから、やらせてやれ」と言われたこともある。その言葉のとおり、一角さんの表情には喜楽しか伝わってこなかった。しっかり自隊の隊士たちのことを見ているんだ、と勝手に誇らしい気分になったのを覚えている。
「あだ名、あんこ鍋じゃなくてお魚のお鍋になっちゃった」
やちるちゃんは不満そうに頬を膨らませ、抱き付いてきた。
「では、今度お鍋でおしるこ作りましょうか」
「うん! 作る! あの大きいお鍋ね!」
「一角さんからお借りしないといけませんね」
「あたし、つるりんに言ってくるよ!」
そうと決まればと、やちるちゃんは一角さんのほうへと駆けていき、飛び跳ねて勢い良く背中へしがみついていた。「離せ」「やめろ」と口調は荒いものの、乱暴にやちるちゃんを振り落とそうとはしない一角さん。見かねた弓親さんが二人のもとにやって来て、言葉巧みにやちるちゃんを宥めると一角さんの背中から離していた。そんな様子を微笑ましそうに眺めながら、お皿や箸、酒盛りの準備をしている隊士たち。本当にみんな仲が良い。
「そんなに面白いか?」
自然と顔が綻んでしまっており、横に腰を下ろしていた剣八さんに見つめられながら肩を抱き寄せられた。
「面白いというより、微笑ましくて。わいわい楽しそうにしている十一番隊の皆さんを見るのが好きなんです」
「毎日見てると煩わしくなってくるけどな」
そう言いながらも、彼らを眺めながら口角を緩ませている剣八さん。そんな剣八さんを含めて、十一番隊が大好きだ。
「私もそう思うぐらい、日常を共にしてみたいです」
「俺はいつだって大歓迎だけどな」
「ふふっ。これからも足繁く通わせていただきますね」
私の四番隊への思いを知っている剣八さんは、十一番隊への異動を提案するような直接的な言葉は言わない。彼から伝わってくる愛が幸せだ。
「この日は、十一番隊の一員になれたみたいで嬉しいです」
「そんだけ俺らのこと思ってんだから、隊が違っても名前は立派な十一番隊の一員だ。だから──」
肩を抱き寄せている剣八さんの手が腰まで降りてくると、私はあっという間に剣八さんの膝の上に座っていた。驚いて言葉を失っていると、剣八さんは目を細め、悪戯が成功した子供のように笑う。
「寂しそうな顔するな」
「……そんな顔してましたか?」
「ああ」
やはり私は心底、彼らの一体感が羨ましいみたいだ。
口角を上げ、私の反応を楽しむように笑う剣八さんに段々と恥ずかしさが募っていく。
「剣ちゃーん! あだ名! お魚のお鍋できたよー!」
少しずつ近付いて来る剣八さんの顔に目を奪われていると、可愛らしい声が私たちを呼んだ。やちるちゃんが両手を大きく振っている。
「今行く」
剣八さんが返事を返すと、膝に座っていた私をそのまま横抱きに抱え上げて剣八さんは立ち上がった。そして、やちるちゃんや一角さんたちがいる方へと向かってゆっくり歩き始める。
「こ、このまま行くんですか?」
「ああ。下ろしたら、また寂しそうな顔するだろ?」
しないです、と言いたかった。だが、ついさっきも自覚無く表情に出てしまっていたのが事実だ。
「……食べる時は流石に下ろして欲しいです」
「どうするかなァ」
斜め上を見上げて考え込むような仕草を見せるが、顔は笑ったままだ。
これはきっと下ろさないつもりにちがいない。
「……腕が疲れてきたら下ろしてくださいね?」
「疲れねえよ」
一度、受け入れてみるが、流石に恥ずかしすぎる。
「やっぱり、このままだと体が曲がってお腹いっぱい食べられないかもしれないので下ろしてください……」
「……」
剣八さんは不貞腐れた顔で私を下ろすと、すかさず手を握ってくる。「これは譲れない」と言いたげな目だ。
「行きましょうか」
もくもくと温かい空気と共に鼻腔をくすぐってくる海の香りに空腹を刺激される。一角さんが丹精込めて煮た鍋の中を覗き込んで期待に胸を膨らませながら笑っているみんなの顔をみていると、心がほっこりしてくる。
きっと今日の鍋も特別に美味しい。
終
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