「剣ちゃんも風邪引くんだね!」
「……どういう意味だ」
「えへ〜。そのままの意味だよ!」
「………」
布団に横になっている俺の顔をやちるは面白がって覗き込んでいる。寝返りを打って顔を背けると額に乗っていた手拭いが滑り落ちた。
「ふふっ」
枕元に座っていた
優紫はそんな俺達を見て小さく笑う。
「剣八さん、お夕飯は食べられそうですか?」
優紫は俺の顔の横に落ちている役目を果たしていない手拭いを拾い、水を溜めた桶にそれを浸した。冷えた水を含んで重くなった手拭いを両手で絞っている。水滴が落ちなくなったら手拭いを広げて、長方形に畳み直し、それを俺の額に乗せた。ひんやりと気持ち良い。
「ああ。食欲はある」
「お粥とおうどん。どちらが良いですか?」
そっと優しい手付きで頬を撫でられる。熱が篭っている身体に水で冷えた
優紫の手が気持ち良かった。
「粥」
「あたし、うど〜ん! 卵乗せて欲し〜い!」
「かしこまりました。剣八さんは、梅干しと卵どちらにしますか?」
「……卵粥」
「あ〜! 剣ちゃん、真似っ子だ〜!」
「ふふっ。かしこまりました」
俺達の要望を聞いた
優紫はまた小さく笑った。
「私はお夕飯の準備をしますのでやちるちゃんは剣八さんの事をお願いしますね」
「まっかせて〜!」
優紫がそう言うとやちるは両手を上げて嬉しそうに意気揚々に返事をした。甲高いやちるの声が重い頭にガンガン響き、眉間に皺が寄る。それに気付いたのか、
優紫が口の前に人差し指を添えて、やちるに向かって合図を送った。やちるはそれを見て、ハッと両手で口を抑えた。
「お話はしても大丈夫ですが、小さな声でしましょうか。小さな声の方が剣八さんはの具合も早く良くなりますからね」
「はーい! あっ……はーい……」
やちるは反射的にいつものように返事をするが直ぐにまた両手で口を抑えて、小さな声で返事をした。そんなやちるに微笑んで、頭を撫でて
優紫は俺達の飯を準備する為に立ち上がる。
「剣八さん……?」
「………」
「どうかしましたか?」
「……もう少し、傍に居てくれ」
熱でぼんやりとする意識の中、気付いたら
優紫の手を掴んで制し、そんな言葉を口にしていた。
「ええ。もちろんですよ」
優紫は優しく微笑んで俺の枕元に座り直した。柔らかく手を握り返される。
「じゃあ
優ちゃん、交代だね! あたしがお夕飯を作って、
優ちゃんが剣ちゃんの看病ね!」
「お前も此処に居ろ」
「え~? もしかして~……あたしも傍に居ないと剣ちゃん寂しいの~?」
(違ェよ、お前の作る飯なんか食えるか。)
そう、訂正をしたかったが熱のせいで口を開くのが億劫だった。
「よしよし。あたしはどこにも行かないよ〜」
子供をあやすように俺の頭を撫でるやちるに正直腹が立ったが、そういう事にしておいてやった。
「じゃあ、あたしもこっちの手繋いであげるね」
やちるに半場強制的にもう片方の手を握られる。相手にする気力が湧いてこず、やちるにされたい放題だ。ちらりと、横目で
優紫の顔を覗くと幸せそうな穏やかな表情をしていた。
(
優紫が笑っているなら、いいか……。)
そう思いながら瞼を閉じると
優紫の心地良い笑い声がまた聞こえてきた。まるでそれが子守唄のように俺の意識を穏やかで温かい眠りの海へと手を引いた。
「剣ちゃんって熱が出ると甘えん坊さんになるんだね」
「ふふ。そうですね」
「可愛いね」
「はい」
遠退いていく意識の中でそんな二人の会話が聞こえた気がした。
終