──バン!
私の膝に乗っているやちるちゃんが身を乗り出し、両手で机を叩いた。
「さて!! みなさん!!」
やちるちゃんの大きな声に十一番隊の道場に集まっている護廷十三隊の隊長・副隊長を務める女性死神たちの目がやちるちゃんへと集まる。
「……」
深刻な雰囲気が室内に漂うが、やちるちゃんは閉口したままだった。
「……副会長! 本日の議題を!」
「あっ、えっ、はい! 相変わらず早い……えっと、本日の女性死神協会の議題へ移る前に定例報告を──」
女性死神協会・副会長の伊勢副隊長は眼鏡を人差し指で持ち上げ、よく通る声で会議の進行を始める。
やちるちゃんは私の膝に座り直し、用意されていた茶請けの練り切りを口の中へ収めた。やちるちゃんだけ練り切りを多く分けられており、目の前に皿に盛ってあるそれを次々に口へ放り込んでいく。先程の深刻な空気は纏っておらず、すっかり寛いでいる。どうやら、女性死神協会・会長の本日の大仕事は終わったようだ。
「
優ちゃんも食べる?」
膝の上のやちるちゃんを観察していると、やちるちゃんは食べかけの練り切りを差し出した。練り切りも掴んでいる手も涎で濡れている。
「ありがとうございます。でも、私は自分の分がありますから大丈夫ですよ」
「そっか! じゃあ、あたし食べちゃうね!」
「はい、お腹いっぱい召し上がってください。食べ終わったら、手を拭きましょうか」
「はーい!」
桜色の頭を撫でると満面の笑みで練り切りを食べ始める。私たちだけ切り取れば、いつもの日常。だが、そんな私たちを上座に置き、向かい合うようにして座っているのは二番隊・砕蜂隊長、四番隊・虎徹副隊長、十番隊・松本副隊長、十二番隊・涅副隊長、十三番隊・虎徹三席。改めて見ても豪華すぎる面々だ。
この中に飛び込むのは抵抗があったが、やちるちゃんに手を引かれて参加することになった女性死神協会の定例会議。やちるちゃんが会長を務めているため、「今日は
優ちゃんも連れてきたよ!」というあどけない言葉に誰も何も文句はなかった。人柄が良い人たちばかりなのもあるが、笑顔で迎え入れられただけだった。まさか会長のやちるちゃんを膝の上に座らせて、上座に座ることになるとは思わなかったが、それでも批判の目も言葉も何も飛んではこなかった。
会議に厳かな雰囲気はなく、和気あいあいと進んでいく。松本副隊長なんかは、砕蜂隊長が持ってきた油せんべいを摘みながら耳を傾けている。
「続きまして、検討事案です。
春宮さんの協力もあり、更木隊長のカレンダーが無事発刊できました。企画は大成功を収め、十分な収益を得ることに成功しました」
「あたしの先見の明に狂いはなかったってことね!」
松本副隊長と目が合うと片目を閉じて、お茶目な笑顔を向けられた。
「この場を借りて、感謝いたします。
春宮さん、ありがとうございます」
「い、いえ……私は何も……」
松本副隊長の茶々には一切触れず、伊勢副隊長は私へ向き直ると綺麗なお辞儀をした。ぎこちなく礼を返すと、再び淡々と司会を再開する。
運営費用などの話も出てきて、理事でもない一般隊士の私が本当に参加して良かったのだろうかと、やはり不安になってくる。
「さて、それでですが──本日の会議で慰安旅行について色々決めていければと思っています」
「よっ! 待ってましたー!」
盛り上げようとする松本副隊長の声と、さらに短い破裂音が響いた。まるで銃を発砲するような音に体が硬直してしまうが、細切れの色紙が目の前を舞い、すぐに拍子抜けしてしまった。涅副隊長が何か小さな筒状のものを持っている。あれから、あんな大きな音とたくさんの色紙が出てきたのだろうか。
「皆さん、希望はありますか?」
驚いていたのは私だけのようで、ここにいる全員に特別驚いている様子はなかった。
「はーい! あたしは天然温泉!」
「温泉、良いですね!」
「どうせなら現世に行きましょうよ!」
松本副隊長の提案に虎徹副隊長が手を叩いて喜んでいた。
「私は刺身が食べられるならばどこでも良い」
「じゃあ、あたしは松茸が食べたいです!」
「あたしは金平糖ね!」
砕蜂隊長と虎徹三席が食べたい物を言うと、それにつられてやちるちゃんも食べたい物を挙げていた。伊勢副隊長はそれを溢すことなく、綺麗な字で黒板へ書き並べていく。
場所は温泉旅館で確定したのか、各々が食べたいものを挙げ始める。
「美味しい地酒もあると良いわね!」
「羊羹!」
「私は懐石料理が食べてみたいです。ネムさんは何が食べたいですか?」
「……私は秋刀魚を」
「カステラ!」
やちるちゃんの口からはいつも食べているおやつの名前ばかりだったが、みんな口々に食べ物の名前を連ねていき、尽きることはなかった。これは、食べ物で目的地が決まりそうだ。やちるちゃんが挙げた「羊羹」だけ、特別綺麗に書かれており、他より少し大きな文字なのは私の気のせいではないかもしれない。それに伊勢副隊長は、どことなく嬉しそうに書いていた。
──ブルル。
伊勢副隊長の知らなった一面に癒されていると、懐に入れていた伝令神機が短く震える。取り出し、確認すると剣八さんから電子書簡が届いていた。
《会議楽しい?》
それだけが書いてあったが、自然と頬が緩んだ。私はすぐに返信ボタンを押し、文字を入力する。
《はい、とっても楽しいですよ。剣八さんは稽古、楽しいですか?》
送信ボタンを押し、数秒待つと送信完了の文字が表示される。待受画面に戻され、剣八さんとやちるちゃんがお昼寝している写真が映し出された。こっそり私が撮影したものだ。それに癒されながら待っていると、また伝令神機が短く震える。
《そっか。良かった》
そこで改行され、下の段には《うん、楽しい。会議終わったら迎えに行くね》と書いてあった。十一番隊の道場で会議しているから、迎えに行くという距離でもないのだが、可愛い文章にますます私の頬が緩んでいく。操作に慣れない伝令神機で一生懸命打ってくれた可愛らしい姿も頭の中に浮かんでくる。
「更木隊長って見かけによらず、そんな可愛い文章打つんですね」
急に至近距離で声が聞こえ、顔を上げると松本副隊長がいつまにか席を立ってすぐ隣に立っていた。そして興味津々に私の手元を覗いている。
「ちょっと! 乱菊さん! 人の伝令神機を許可無く覗くのは失礼ですよ!」
「
優紫さんが良い顔で笑ってるから気になっちゃったのよ」
伊勢副隊長が慌てて松本副隊長の肩を掴むと引き剥がそうとしているが飄々と笑いながら、その手をいなしている。
「変な顔してましたか?」
「変な顔じゃなくて、良い顔よ」
「だからって覗くのはちょっと……」
近付いてきた虎徹副隊長が困り顔で硬く笑っていると、背後から虎徹三席が顔を覗かせた。
「あたしも可愛い更木隊長、気になります」
「清音まで! だめだって!」
そう言いながらも虎徹副隊長も気になるのか、ちらちらと私の手元に視線を送っている。
砕蜂隊長と涅副隊長は静かに席についていたが、だんだんと賑やかになっていく話題に同時に席を立つと、こちらの輪に近寄ってきた。まさか二人まで気になるのだろうか。
「意外よね〜。あたし、更木隊長って『女は黙って俺について来い!』みたいな亭主関白タイプかと思ってたもの」
「らんらん、何その顔ー! 剣ちゃんの真似、全然似てないよー!」
「分かってるわよ、そんなの」
松本副隊長は眉間に皺を寄せて、目を鋭くさせているのに対し、やちるちゃんは不満そうに指差し、頬を膨らませた。
見せて良いものかと思ったがここまで期待の眼差しで見つめられてしまったら何も見せるわけにはいかず、私は先程松本副隊長に覗かれてしまった電子書簡を見せた。
「剣八さんも始めは話口調で文章を打っていたんですが、何だかぶっきらぼうで怒ってるように見えるからって、こういう文章で送ってくれるようになりまして……」
深刻そうに剣八さんにその話題を切り出されたのを思い出した。全く気にしてはいなかったが、あまりにも真剣に言うものだから、あの時の私はつい笑ってしまった。その結果、彼の中で導き出されたものがこれだと思うと余計に可愛く思えた。
伝令神機を覗きこんだみんなは「可愛い」と揃って呟いており、自分が褒められているわけでもないのに何だか恥ずかしくなってくる。でも、「剣八さんが可愛い」という事実を誰かと共有できているのが少し嬉しく、僅かな優越感のようなものも感じてしまう。
「この語尾の『ね』の破壊力よ。これが所謂、ギャップ萌えっていうやつよね。いや〜、何回見ても信じられないわ」
「なんだか、大きな犬みたいですよね。あっ! ご、ごめんなさい! 馬鹿にしているつもりはなくて……! 四番隊舎でじっと
優紫さんの仕事が終わるのを待っている更木隊長を見てると、そう思える時があって……!」
「いいなあ……あたしも浮竹隊長と……こんな……エヘヘ……」
「私も京楽隊長と……」
「ちょっ!? なっ、何言ってるんですか、乱菊さん! 勝手にそんなこと言わないでください!!」
「更木がこれを送ってきているとは些か信じがたいな」
「……同感です」
個々がそれぞれ話しており、返事を返す隙を見失ってしまう。
──バン!
机の上に置いていた伝令神機をゆっくり引っ込めていると、膝に座っていたやちるちゃんが再び両手で机を叩いた。
「……」
途端に時間が止まったかのように静寂が訪れる。
「もー! みんな!」
そんな声を上げながらやちるちゃんは両手を腰へ当てて、少し胸を逸らした。やちるちゃんに全員の視線が集まっている。
「剣ちゃんは、いーっつも可愛いんだよ!」
やちるちゃんは、こちらをくるりと振り返ると優しい顔で笑っていた。
「ね、
優ちゃん」
その表情につられ、穏やかな気持ちと一緒に笑みが溢れてくる。
「はい、剣八さんはいつもとっても可愛いです」
私の言葉を聞いたやちるちゃんは大きく頷き、満足そうに笑っていた。
伝令神機が自分のことを忘れるなと存在を知らせるように震え、手元に目を落とす。
《そろそろ終わりそう? 早く
優紫に会いたい》
そこからは胸に抱えきれないほどの可愛さが溢れていた。
終