「
優ちゃん、これをころころ〜って丸めたらお団子になるの?」
私がまな板に置いた生地をやちるちゃんは人差し指でつんつんと興味津々に突いている。
「これをころころ〜と丸めて、お湯でぐつぐつ茹でるとお団子になるんですよ」
つんつん、とまた突いた後にやちるちゃんは私を見上げた。
「まだもちもちしてなくて、全然お団子じゃないね」
頭の中で想像している団子とかけ離れているそれにやちるちゃんは訝しげな表情に変わった。
「
優紫。これぐらいでいいか?」
隣で作業をしていた剣八さんはボウルの中身を私へ見せる。団子の生地をもう一つ捏ねてもらっていたのだ。剣八さんの捏ねた生地は一つにまとまり、綺麗な塊になっている。
「はい。ありがとうございます、剣八さん」
「どういたしまして……」
剣八さんは微笑むと少し照れ臭そうにしながら呟いた。可愛らしい彼に胸がくすぐったくなる。
「……本当にまだ団子には見えねえな」
やちるちゃんと同じように訝しげに生地を見つめている剣八さん。
「粘土みたいだね!」
今度は剣八さんが持っているボウルの中の生地を覗き込み、つんつんと突き、やちるちゃんは笑った。
今日は十五夜。
月見用のお団子はいつも瀞霊廷にある老舗の甘味屋で購入しているのだが、「お団子ってどうやって作るの?」というやちるちゃんの疑問から今年は手作りのお団子を作ることになったのだ。
本格的に作るのは手間も時間もかかるため、上新粉と白玉粉で作った生地を私と剣八さんでそれぞれ捏ねていたところ。
「生地のこねこねが終わったので、三人で一緒にころころ〜とお団子さんになるお手伝いをしましょうか」
「うんっ!」
「向こうの居間で座ってしましょう」
「ああ」
捏ねた生地と丸めた生地を並べる用のお皿を持ち、居間へと移動する。
私と剣八さんの間にやちるちゃんは座ると、待ちきれないと言うような顔で私をじっと見つめてきた。「それではお願いします」と言うと、大きく頷いて生地を手に取り、ころころと丸め始める。
私も生地を手に取り、丸め始めると剣八さんも生地に手を伸ばした。私たちと同じように手のひらで生地を丸めている。
「見て! まんまる!」
やちるちゃんの手のひらの上には綺麗に丸まった生地が乗っていた。
「まあ、上手ですね」
「えへへ!
優ちゃんも上手だね」
「ふふ、ありがとうございます」
お皿に丸めた記事を並べると、やちるちゃんのほうが小さかった。手の大きさのせいだろう。そんな些細なことが温かく穏やかにしてくれる。
二つ並んでいるそれらに和んでいると、隣に剣八さんが丸めた生地が置かれた。
「あー! 剣ちゃんのおっきい! おにぎりみたい!」
剣八さんが丸めたそれは、私たちのものより倍ぐらいの大きさがありそうだった。
「そんなには、でかくないだろ」
「でっかいよ! あたしのを上に乗せたら雪だるまみたいになっちゃうよ! ほら!」
「……作り直す」
そう言いながら手を伸ばした剣八さんの手を止める。
「私はこの大きなお団子が食べたいです」
微笑むと剣八さんは気恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頬を染めて頷いた。
「剣八さんの手が、私たちよりうんと大きいからですね」
「ねー!」
やちるちゃんは楽しそうに笑うと次の生地を丸め始めた。剣八さんも新しい生地を手に取り、手のひらで丸めていた。私も手のひらで生地を丸めながら、そんな二人を見守る。
「まだおっきいよ、剣ちゃん」
「小せえと握りつぶしちまいそうで難しいンだよ」
剣八さんは意識的に先程より生地は少なめで手に取ったようだったが、それでもまだ大きかった。
私たちが丸めた生地をじっと見つめ、また新しく生地を手に取る。ころころと転がされ、お皿の上に置かれた。
「今度はちっちゃーい! 金平糖ぐらい小さいね!」
「……そんなに小さくねえだろ」
やちるちゃんに色々と言われてしまい、不服そうにしている剣八さんについ笑みが溢れてしまう。私が笑ってしまったせいで、すこし眉間の皺が深くなったように見えた。
「ごめんなさい」と謝りながら生地を手に取り、それを剣八さんの手のひらにのせる。微笑みかけると、剣八さんはころころと優しく手のひらで丸め始めた。私も同じように手にとり、丸める。
丸終えた、剣八さんの手のひらに乗っているそれの隣に私が丸めたもの並べて置いた。
「同じになりましたね」
「……ああ」
剣八さんはゆっくり頷き、嬉しそうにそれを眺めている。
そんな彼の様子に私の胸は、また温かくなっていった。
*
三人で丸めた個性豊かな生地をぐつぐつと茹でると見慣れた団子の姿になり、やちるちゃんは嬉しそうに飛び跳ねていた。
「本当にお団子になったね! すごい、すごーい!」
「やちるちゃんがたくさんお手伝いしてくれたからですよ。もう少しお手伝いをお願いしてもよろしいですか?」
「うんっ! なんでもするよ!」
興奮は冷めることなく、「なに、なに?」と元気にお手伝いを求めてくれたやちるちゃんに三方を手渡す。
「今までのお月見団子は覚えていますか?」
「うんっ! お山に重なってるやつ!」
「今日作ったお団子をお山になるようにここへ乗せてください。みんな、それぞれ大きさが違いますから難しくて私には上手くできる自信がなくて……やちるちゃんにお願いしても良いですか?」
「やってみる! あたし、パズル好き!」
「では、向こうで一足早く縁側でお月見している剣八さんのお隣でお願いしますね」
「はーい!」
一往復目で三方を剣八さんの隣に持っていき、二往復目でお団子を運んだやちるちゃんは真剣な表情でお団子を積み上げ始めた。
私も作っておいたみたらし餡とこし餡をお盆に乗せ、二人の元へと移動する。剣八さんの右隣ではやちるちゃんが頑張ってくれているため、邪魔をしないように左隣へ腰を下ろす。
すでにお酒を飲みながらお月見をしていると思い込んでいたが、剣八さんが傍に置いている盃は空っぽでお酒の封もまだ開いていなかった。
「……
優紫に入れてもらおうと思って」
私の考えを察したのか、剣八さんはぽつりと呟いた。
「呼んでくださればよかったのに」
「邪魔になるだろ……?」
「そんなことないですよ」
お酒を注ぐために封を開けようとすると、剣八さんの手が伸びてきて代わりに開けてくれた。
私が瓶を両手に持つと、今度は盃が伸びてくる。そこにゆっくり、お酒を注ぎ入れる。
ゆらり、と揺らめくお酒の水面に夜空で輝く月が映し出された。
「まあ……見てください、剣八さん。月が綺麗ですね」
波に揺られて、絶え間なく形が変わっていく様子がとても幻想的だった。
「俺も愛してる」
もう一つの月に見惚れていると、剣八さんからそんな言葉が飛び出してきた。思わず首を傾げてしまうと、剣八さんもそんな私の反応に不思議そうに少し首を傾げた。そのまま見つめあっていると、月明かりにほんのりと照らされている剣八さんの頬が赤く染まり、そっぽを向いてしまった。
「……早とちりした。忘れてくれ」
自分が無意識のうちに発した言葉を思い返し、はっとした。
「ご、ごめんなさい! その、すぐに気付けなくて! そんなつもりはなかったので、いえ! そのつもりはあるのですが……、あの……その……ごめんなさい……」
何を言っても彼を傷付けてしまう気がしてしまい、胸の奥が痛む。項垂れていると剣八さんの大きな手が私の頭を撫でた。優しい手付きに思わず胸がきゅんと喜んでしまう。
顔を上げると優しい色を宿した剣八さんの瞳と目があった。今度はとくとくと音を立てて私の胸が喜び始める。
「
優紫が謝る必要ねえだろ?」
「ですが、私から言いましたのに……」
また剣八さんは私の頭を撫でた。そして、ゆっくり口を開く。
「……敢えて気持ちを明確化させねえ"それ"も良いけどよ。やっぱり、俺は『愛してる』って言うほうが好きだ」
だから同じような遠回しの言葉ではなくその言葉が返ってきたのか、と一人で納得した。
頭を撫でていた手が私の手に重なった。すっぽりと優しく包まれ、剣八さんの胸へ引き寄せられる。
「俺の気持ち、ちゃんと伝わってる気がするんだ」
左胸に当てられた手から、どくどくと剣八さんが響いてくる。
「──ええ、ちゃんと伝わっていますよ」
柔らかく微笑んでいる剣八さんが私をまっすぐ見つめる。
寡黙の彼の饒舌な瞳。
優しさと穏やかさで染まっている彼の瞳はたくさんの愛を私に囁いてくれる。
「私も愛しています、剣八さん」
「本当は、そんな言葉じゃア足りねえぐらいだけどな」
顔を見合わせて笑っていると、やちるちゃんがお団子を盛った三方を持って私たちの間に座った。
「見て、見て! ちゃんとお山作れたよ!」
剣八さんが始めに丸めた大きなお団子が一番上に鎮座していた。頭でっかちな今年のお供物に頬が緩んだ。
「さすが、やちるちゃん! お願いして良かったです」
「えへへ。来年もあたしがお山作ってあげるね!」
「是非、お願いします」
「お山できたから、もう食べても良い?」
「お月様に毎日お腹いっぱい食べることができたことにお礼を言ってからにしましょうね」
「はーい!」
やちるちゃんは手を合わせると瞼をぎゅっと閉じた。剣八さんもそれに習うように手を合わせ、目を閉じる。二人に続いて私も手を合わせ、目を閉じる前に夜空を眺めた。
──ああ、彼らと見上げる月はやっぱり美しい。
終