洗い物を終え、濡れた手を布で拭き取る。手のカサつきが気になり、着物に忍ばせていたハンドクリームを取り出した。蓋を開け、手の甲にクリームを乗せると優しい花の香りがふわっと鼻孔を擽る。
「怪我したのか?」
クリームを両手に塗り広げていると背後から剣八さんに声を掛けられた。
「怪我?」
怪我はしていない。剣八さんが発した言葉の理由が思い当たらず、首を傾げる。
「
優ちゃん、怪我したの?」
やちるちゃんもその言葉に反応し、剣八さんの肩から顔を覗かせた。剣八さんに両手首を優しく握られ、そのまま剣八さんの顔へと引き寄せられた。そして、色んな角度から手を観察される。
「手、切ったのか?」
不安そうな顔で剣八さんはそう言った。そこでようやく私は彼の言いたい事を理解して、思わず笑ってしまった。
「これは血止め薬ではないですよ」
「……じゃあ、それは何だ?」
私の言葉に今度は剣八さんが不思議そうに首を傾げる。
「ハンドクリームです」
「あ! あたし知ってる〜! ゆみちーが塗ってる良い匂いがするやつだ〜!」
「……?」
やちるちゃんは知っているようだったが、聞きなれない横文字に剣八さんは眉間の皺を深めて益々不思議そうな顔をした。
「手が乾燥していたので保湿剤を塗っていました」
「ああ……」
保湿剤だと説明すると、やっと納得した様子だった。
「良い匂いがするんですよ」
握られたままの両手を剣八さんの顔へさらに近づけた。剣八さんは鼻を近付け、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。
「お花の匂いしませんか?」
私の問いに剣八さんはこくりと頷いた。
「剣八さん、両手を貸して下さい」
握っていた私の手首を離し、黙って剣八さんは両手を私に差し出した。大きなその手を自分の両手で包み込む。
「出し過ぎちゃったのでお裾分けです」
手に余っていたクリームを彼の両手に広げるが、彼の大きな手には少し量が少なかった。塗り足そうかと思ったが、あまりベタつくと嫌がってしまいそうだ。手がベタベタする、と怪訝そうな顔で訴える剣八さんが頭に浮かんだ。その姿が幼い子供のようで、思わず笑みが溢れそうになった。
「
優ちゃん! あたしも、あたしも〜!」
「ふふ。はい、どうぞ。お裾分けですよ」
やちるちゃんは肩から身を乗り出しながら私に小さな手を差し出す。自分の手の甲にクリームを出し直し、手を伸ばしてやちるちゃんの手を優しく包み込んだ。剣八さんは私の手が届くようにら背中を丸めた。
「ありがとうございます」
お礼を言う為、彼の顔を覗き込むと自分の手の匂いを嗅いでいた。
「……
優紫の匂いがする」
小さく呟いた声はしっかり私の耳へと届いた。その声は嬉しそうで、幸せそうに頬を緩ませながら言うものだから──ああ、なんて可愛い人なのだろうか、そう思ってしまった。
終