「剣八さんの眼帯を私が付けてもよろしいでしょうか?」
眼帯を付けようとしていた剣八さんに声を掛けると手を止め、目をぱちぱちと瞬かせて私を見ていた。数秒、間が空いて剣八さんは口をゆっくり開く。
「眼帯を?」
剣八さんは少し眉をひそめながら、真剣な表情で私を見つめた。その目には心配の色が見えた。
「はい」
「
優紫がこの眼帯を付けたら、
優紫の霊圧が喰われて危ねェだろ?」
やっとそこで私は、自分の言葉が足らずに誤解させてしまっていたことに気付いた。
「あ、ごめんなさい! 違うんです。私が剣八さんに眼帯を付けて上げたい、と思って。でも、難しければ──」
「付けて欲しい」
心配そうな空気はあっという間に消し飛び、剣八さんは嬉しそうな空気を纏いながら、私の言葉を少し食い気味に言葉を返した。眼帯を片手に乗せ、私に差し出す。
剣八さんとお付き合いを始めて、ずっと彼にしてみたかったこと。眼帯を毎朝付けている姿を見て、そうしたいという願望が私の胸に生まれた。純粋に彼にしてあげたい、と思っているが、「剣八さんの象徴の一つである眼帯を私が彼に付けたのだ」と優越感に浸りたいのもあるかもしれない。自分は随分と欲深い性分だ、と彼と過ごすことで思い知らされている。
「ここには触るなよ?」
"ここ"というのは、剣八さんの目に当てられる部分。小さな目と口が五つずつあり、キョロキョロと動いていた。この子たちが剣八さんの膨大な霊圧を食べてくれ、周りの人や物に影響を与えないように抑えてくれている。
「はい」
そこには直接触れないように剣八さんから眼帯を受け取る。視界に私が映ったのか、小さな五つの目が一斉にこちらへ向けられた。その視線はまるて好奇心に満ち溢れた幼い子供のようだった。口を小さく開けたまま、物珍しそうにじっと見つめられる。その光景に同じように色んなものへ興味を示す純真なやちるちゃんがふと頭に浮かんだ。
「……なんだか、可愛いですね」
「そうか?」
「はい」
剣八さんは首を傾げ、眉を顰めて「信じられない」と言いたそうな顔をしていた。その表情が彼らしくて思わず笑ってしまった。
「こうやって、俺の霊圧をただ喰らうだけだぞ?」
剣八さんがそこに手のひらを翳すと今まで大人しかったのが想像できないほど、五つの目は爛々としながら口を勢い良く動かしていた。歯がぶつかり、カチカチと音が鳴らしながら空に漂っている剣八さんの霊圧を一心不乱に食べている。もし、この子達に手があれば互いを蹴落とし合い、霊圧を食べ尽くそうと剣八さんの指にしがみ付いていただろう。それ程の勢いだった。
剣八さんが手を引っ込めると、またその子たちは静かになる。自分も手を翳して、霊圧を込めてみたが先程のような反応は示さなかった。静かなまま、翳された私の手のひらをじっと見ていた。
触ると危ない、と剣八さんは心配してくれたが元々剣八さんの霊圧にしか反応しないようになっているのかもしれない。
「剣八さんの霊圧は美味しいんでしょうか?」
ご飯を与えているようにも見えた先程の光景が自分には出来ないことが分かり、少しがっかりしてしまった。
そんな私の様子を見て、剣八さんは少しだけ声をもらして笑った。
「
優紫も喰らってみるか?」
剣八さんは口角を釣り上げ、にやりと意味ありげに笑う。何かを企んでいそうな不適な笑みに心臓がどきりと跳ねた。期待してしまっている私の胸が、どきどきと騒ぎ出す。
「……どうやって、ですか?」
私の言葉にますます剣八さんは笑う。戦う相手を見つけた時のように愉しそうな顔だ。その顔に被虐欲と似たものが、私の胸に浮き上がってくる。
「こうやって──」
剣八さんの大きな手のひらが私の後頭部を包み込み、引き寄せられた。彼と距離がゼロになり、唇が重なった。剣八さんの霊圧を食べるように口を開いてみると、彼の舌が口腔内に忍び込んできた。彼の舌先に触れてみると、彼の舌先に霊圧が込められており、微かな痺れが走った。その痺れは全身に心地良くゆっくり広がっていく。その後、舌が温かくなり、甘い蜜が広がるように口内が甘さで満たされていった。味覚だけではなく、別のものも刺激してくる感覚が癖になりそうだった。
剣八さんの唇が離れ、口角から唾液が垂れる。彼は親指の腹で拭い、それを舐め取っていた。
「旨いか?」
「……おいしい、です」
私の言葉を聞いた剣八さんは、口角を上げて笑う。
「あの……」
「ん?」
「私、お腹が空いてて……」
「そろそろ朝飯にするか」
剣八さんはわざとらしく言い、すっと立ち上がった。
「……あの、」
剣八さんの裾を遠慮がちに掴むと彼はまた笑いながら、私を見下ろした。私が何を言いたいかは、分かっているはずだ。目を細めて笑っている彼の顔がそれを物語っている。
「もっと、食べたいです……貴方を……」
剣八さんは薄く口を開いて笑うと、引きっぱなしだった布団へ私を優しく押し倒した。そして、すぐに唇が重なる。
彼の寝間着を掴むとその手は、剣八さんの大きな手で包まれた。優しく指を解かれ、彼の長い指に絡め取られる。
「俺も
優紫の霊圧も喰いたい」
唇が離れたかと思いきや、その言葉を残し、すぐにまた唇を重ねる。剣八さんの囁くように放った言葉から、欲望以上のものを感じて全身が真っ赤になるぐらい熱った。
私も舌先に霊圧を込めてみると、彼と繋いだ手を強く握られる。すると、「お返し」というかのように舌先にまた甘い痺れが走る。
優しい朝の日差しに包まれながら、私は旨き彼を時間が許す限り深く深く味わい続けた。
お腹を空かせたやちるちゃんが部屋に飛び込んできたのは、その数分後だった。
終