冬の初め。家の庭へ花を植えたいと
優紫に言われ、俺と
優紫とやちるの三人で一緒に花壇を作った。と言っても、やちるは途中から泥遊びに夢中になってしまい、花の種を植える以外はほぼ俺と
優紫で作業した。
「剣八さん、ありがとうございました」
「どういたしまして」
優紫の頬が少し土で汚れており、着物の裾で拭ってやる。「ありがとうございます」ともう一度礼を告げ、
優紫は柔らかく微笑んだ。
「……これ、何が咲くんだ?」
「チューリップです」
「ちゅー、りっぷ……?」
聞き慣れない花の名前に首を傾げてしまう。
「はい。剣八さん、花言葉はご存知ですか?」
また聞いたことがない言葉に今度は眉に皺が寄った。
「十一番隊の隊花の鋸草には『戦い』という花言葉があるように、植物には一つ一つ意味があるんですよ」
「のこぎり、そう……」
「ふふ。ほら、やちるちゃんの副官章に描いてある菱形の」
「ああ、あれか」
優紫がそう言いながら自分の左腕へ触れる姿を見て、やちるがいつも左腕にぶら下げている副官章が頭に浮かんだ。副官章には花の絵が黒色で描かれている。菱形のあれは「のこぎりそう」と言うらしい。
「……ちゅーりっぷは、どんな花言葉なんだ?」
「桜色は『誠実な愛・幸福』、紫色は『永遠の愛』、橙色は『照れ屋』、白色は『待ちわびて・新しい恋』、赤色は『愛の告白・真実の愛』」
彼女は種が入っていた袋に印刷されている写真のちゅーりっぷを一つ一つ指で差しながら教えてくれた。
「……すげえあるな。色によっても違うのか……難しいな」
「花束は数によっても意味が違ってくるんですよ」
「益々難しいな……」
優紫は何故こんなに頭が混乱しそうなことを覚えられるのかといつも不思議に思う。それでも彼女に教えられたことならば、自分もすっと頭に入ってくる。
「ここに植えたのは何色のちゅーりっぷが咲くんだ?」
優紫は俺の問いににっこりと微笑んだ。
「私にも分からないんです。咲いてからのお楽しみですね」
「どうやったら早く花が咲く?」
「お日様の光と、毎日欠かさずの水やりですね。でも、お水のあげ過ぎはだめですよ? 枯れちゃいますからね。あと、チューリップは寒さも大事なんです」
「……難しいな」
「難しい分、お花が綺麗に咲いた時はとても嬉しいんですよ」
優しい
優紫の笑顔に癒される。
「綺麗に早く咲くんだぞ」
「ふふ」
優紫は喜んで欲しい為に心の中でちゅーりっぷの種たちに向かって唱えたつもりだった言葉がどうやら声に出てしまっていたようで、
優紫は肩を揺らして笑っていた。
*
その約半年後。
「かわいいー!
優ちゃん、見て見てー! たっくさん咲いたねー!」
朝っぱらからやちるが庭で騒いでいる声が聞こえる。どうやら
優紫も庭にいるようで、やちるより落ち着いた控えめな声が聞こえてくる。
「やちるちゃんが毎日お水やりを頑張ってくれたので、チューリップさんが綺麗に咲きましたね」
二人の声が聞こえる方へと向かい、庭へ繋がる戸を開くと俺たちが作った花壇には赤いちゅーりっぷたちが花を咲かせていた。
「あ! お寝坊の剣ちゃん、やっと起きた!」
「剣八さん、おはようございます」
屈んでやちると視線を合わせて会話をしていた
優紫は立ち上がり、俺を見上げた。
「綺麗に咲きましたよ」
赤いちゅーりっぷを背に、蕾がゆっくり花開くように笑う
優紫へ愛おしさが胸の中に咲いていく。
「剣八さん? どうかされましたか?」
気付けば
優紫を抱き締めていた。
ああ、裸足で庭に降りたから後で叱られるかもしれない。
「本当は何色のちゅーりっぷが咲くか知ってたんだろ」
「さあ。どうでしょう?」
くすくすと俺の腕の中で小さく笑う
優紫が愛らしい。
「赤色のチューリップの花言葉、覚えていますか?」
「覚えてるに決まってんだろ」
優紫の耳に顔を寄せ、
優紫から教えてもらった花言葉を囁くと
優紫は庭に咲いているちゅーりっぷと同じ色に頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「はなことばって、なあに?」
俺の背によじ登ってきたやちるへ
優紫は俺に教えてくれた話をもう一度語り始めた。
好きだとか、愛してるだとか、その言葉でも上手く言い表せない
優紫への想いを植えたら、一体何色でどんな花が咲くのだろうか。
きっと何色でも、どんな花でも、
優紫は幸せそうに笑ってくれるのだろう。
自分には似つかわしくない乙女心のようなものを胸に、
優紫が俺の裸足を指摘するまで抱き締め続けた。
赤いチューリップの花言葉は、『愛の告白・真実の愛』
終