(更木夫婦と娘の八千流ちゃんが登場します。)「ねえ、おかあさん。まえにつくってくれたうさぎさんつくって?」
八千流ちゃんが桃色の手拭いを差し出しながら上目遣いに見つめている。
「良いですよ。一緒に作りますか?」
「うんっ! つくる!」
座卓の前に正座し、膝を二回叩くと満開の笑顔で笑いながら八千流ちゃんは私の膝に座った。机の上に手拭いを広げ、八千流ちゃんの愛らしい小さな手を包み込んで一緒に手拭いを折っていく。
「はい、できました」
「すごーい! やちるにもつくれた!」
手のひらに手拭いで折った兎を乗せてはしゃいでいる。その姿が目に入れても痛くないほど可愛い。
「おかあさん、ありがとう!」
「どういたしまして」
八千流ちゃんは元気よくお礼を言うと、兎を持って私の膝から立ち上がる。今度は肘をついて横になっていた剣八さんの元へと駆けていく。
「おとうさん、だっこ!」
「ああ」
剣八さんは起き上がり、胡座をかいて座ると腕を広げた。にこにこ笑いながら八千流ちゃんは腕の中に飛び込む。
「あっちー!」
「あっち?」
「あっち、いきたい!」
抱きしめられながら八千流ちゃんが指差したのは、八千流ちゃんの桃の節句を祝うために飾っていた七段飾りの雛人形。母から私へ、私から八千流ちゃんへ受け継いだものだ。
要望通り、剣八さんは八千流ちゃんを抱き抱えながら雛人形の元へと歩いて行く。
「いちばんうえのところ!」
一番上の段に座っているお殿様とお姫様を指差している。剣八さんは八千流ちゃんの胴を包むように支えて抱き、八千流ちゃんの手が届くところまで近付けた。
「さわってもいい?」
「いいぞ」
八千流ちゃんはお殿様とお姫様を中心に寄せ、その中央に手拭いの兎を置き、満足気に笑った。
「……二人の子供か?」
「うん! こっちがおとうさんで、こっちがおかあさん! それでこれがやちるなの! これでおとうさんとおかあさんといっしょでさびしくないよ」
子供ならではの可愛い発想に心が擽られて、笑みが溢れる。
「なあ、
優紫」
「はい?」
「雛人形、桃の節句が終わってもしばらくはそのまま出しておかねェか?」
「……ふふ、お嫁に行っちゃうのを想像して寂しくなっちゃいましたか?」
剣八さんは口を結んで、頬をほんのり赤くさせながら素直に頷いた。
「やちるどこかいっちゃうの? どこにもいかないよー?」
「ええ、ずっとずっと私たちと一緒にいてくださいね。八千流ちゃんがいなくなったら、お父さんもお母さんも寂しくて泣いちゃいますよ」
「うん! ないちゃってもやちるがおとうさんとおかあさんのこと、いいこいいこしてあげる!」
剣八さんの腕に抱かれたままの八千流ちゃんが剣八さんの頭に手を伸ばして、「いいこいいこ」と言いながら頭を撫でていた。 剣八さんは八千流ちゃんをさらに強く抱き締めて、目に入れても痛くないと語っている顔で微笑んでいる。
そんな愛おしい二人の姿に慈しむ心が今日もまた芽吹いた。
終