(一角夢主の四席も登場します。名前変換不可です。)「剣ちゃん、見て見て! あたし、誕生日にこれが欲しい!」
炬燵に入って台所でお茶を淹れている
優紫の後ろ姿を眺めていると、やちるは俺の胸に画用紙を押し付けてきた。
「そんなに押し付けたら見えねェだろ」
「そっか!」
それを受け取り、何が描かれているのかを確認した。そこには、十字を切って重なっている棒のような物が二つ。
「何だこれ?」
「骨!」
「骨、ですか?」
目を離している間にお茶を淹れ終えた
優紫が三つの湯呑みを乗せた盆を持って、居間に戻ってきていた。首を傾げながら俺が持っている画用紙をのぞいた。
「うん、骨!」
確かによく見たら動物の骨のように見えた。
「現世で流行ってんのか?」
「違うよ」
やちるは現世の甘味や玩具が好きだから、これも現世と関係していると思ったがどうやら違ったらしい。
「何の骨だ?」
「うーん、何の骨だろう? お魚の骨ではないね!」
「それは見りゃ分かる」
「何をするものですか?」
「まだ決めてないの! こういう風に骨が二つあったら何でもいいよ!」
抽象的すぎるやちるの欲しいものに俺と
優紫は目を合わせた。「これが欲しい」というには、色々と曖昧過ぎる。問題を出題されている気分になった。
「まるでなぞなぞですね」
優紫も同じ事を思っているようだった。首を傾げて考え込んでいる。
「この絵のように重なった二本の骨の上に頭蓋骨が重なっているものは現世のお洋服やアクセサリーのデザインでよく見かけますが……本当にお誕生日プレゼントはこれでいいんですか?」
「うん!」
今までは
優紫が甘い現世の焼き菓子を作ったり、高級店の金平糖を買ったり、現世の玩具を買ったり──俺らから見てもやちるが喜ぶ姿を想像できる物を贈ってきた。画用紙に描かれているやちるの欲しい物は、とてもその姿を想像できるものではなかった。想像ができなくても、やちるが欲しいと要望している分には喜ぶのだろう。
「どうしてこれが欲しいのか聞いても良いですか?」
「まだ秘密!」
頭の中は疑問符しかない俺らに気付いていないのか、やちるは満面の笑みで笑っていた。
「楽しみにしてるね!」
さて、どうしたものか。俺と
優紫は再び目を合わせて、一緒に首を傾げた。
*
「なんスか、これ……」
やちるが描いた画用紙を一角に見せると眉根に皺を寄せた。
「骨らしい」
「骨、ですか?」
そこに描かれている物の正体を明かすも、一角は更に訝しげな表情になった。
「隊長が描いた絵?」
唐突に高い声が聞こえ、目線を落とすと一角が持っている画用紙をなつめが背伸びをして覗き込んでいる。
「やちるちゃんが描いた絵ですよ」
なつめの素っ頓狂な疑問に
優紫が答えた。
「あー! なるほどね!」
「それをどうして俺に?」
「はい、はい!」
なつめが手を挙げて、跳ねている。色々と騒がしい奴だと思いながら、なつめに目を向ける。
「うちの子が描いた絵上手いでしょ〜!っていう自慢!」
「ちげェよ」
「いだっ!」
自信満々になつめが出した答えを否定すると、一角がなつめの頭を軽く小突く。
「何すんの!」
「話が進まねェだろ」
「だからって殴る事ないじゃん!」
「で、どうして隊長と姐さんが揃って副隊長が描いたこの絵を俺に?」
一角はまだぎゃーぎゃー騒いでいるなつめを背後に追いやって、再び疑問を俺らに投げかけた。その問いに小突かれた頭を抑えているなつめを心配そうにしつつ
優紫が口を開いた。
「やちるちゃんに『誕生日にこれが欲しい』と言われたんです。でもどうやらこういう玩具やアクセサリーが実際にあるわけではなくて、こういうデザインのものが欲しいそうで……」
一角は
優紫の言葉に耳を傾けつつ、画用紙を眺めている。
「一角さんは、手先が器用で色んな物を作っていらっしゃるので是非お願いできないかなと思いまして」
優紫が現世で服や装飾品でよく見かけると言っていたため現世で探すほうが良いだろうと、休みの日に二人で現世へと出かけたが全く同じようなものを見つけられなかった。困り果てていた時に、俺らの頭の中に浮かんだのが一角だった。
「これと同じ物、作れるか?」
「作れるには作れますけど、」
「これは何する物ですか?」
少し離れた所で静観していた弓親が近寄り、口を開いた。一角は言葉を遮られてしまったが、弓親と同じことを聞きたかったらしく口を閉じた。
「それが、特に決まってないそうなんです。それも弓親さんに相談したくて……」
弓親が顎に手をやり、考え込んだ。
「髪留めにしたらいいんじゃない?」
一角に会話の輪から追いやられていたなつめがまた俺らの前に現れる。
「ほら、副隊長って何でも姐さんの真似したがるでしょ? 姐さんは髪の毛をリボンで結んでるから、同じように髪の毛結べるのでも良いと思うけど副隊長は髪の毛が短いから髪留めみたいにしたらどうかな〜って」
なつめの発言に俺らは各々、感嘆の声がもれた。俺らの反応になつめは誇らしそうに胸を張っている。
「……なつめにしては良いアイディアじゃないか」
「素直に褒められないの? 弓親、いっつも一言余計なんだけど」
「いつも間抜けなこと言ってるから妥当な評価でしょ」
「間抜けって言われるのやだ! 馬鹿にして!」
今度は弓親に対して騒いでいるなつめを横目に一角が画用紙の絵を指差して俺らに言った。
「じゃあ、髪留めっていう案でいいスか?」
「はい、とってもいいと思います」
「とりあえず試作品を用意するんで、出来たら隊長のところ持っていきます」
「ああ、頼んだ」
「皆さん、ありがとうございます!」
こうして、無事にやちるの要望通りの物が手に入ることになった。
*
やちるちゃんは座卓の前でお行儀良く正座をしている。浮かれる気持ちが隠せないのか体を左右に揺らせている。剣八さんはその右隣に胡座をかいて座り、そんなやちるちゃんを見守っていた。
「お待たせしました」
私は手作りのケーキをやちるちゃんの前に置いた。苺と生クリームのホールケーキにやちるちゃんの大好物の金平糖を乗せてみたものだ。
「わー! すっごーい! 金平糖がたくさん乗ってるー! キラキラしてるー!」
やちるちゃんは立ち上がって今度は上下に跳ねながら、嬉しそうにはしゃいでいる。
「危ねェぞ、やちる。座れ」
ケーキを倒してしまわないようにやちるちゃんを抱き抱えて、剣八さんは胡座の上に座らせた。おやつを目の前にして待ちきれない子犬を抱き抱える飼い主のようにみえて可愛らしい光景だった。私は笑いを堪えながら剣八さんの隣に座った。
「やちるちゃん、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとう、やちる」
「うん! ありがとう!」
やちるちゃんは三日月のように目を細めてにっこり笑い、両手を上げて万歳している。
「ほら。これ、お前が欲しがってたやつだ」
剣八さんは、剣八さんの手のひらと同じぐらいの大きさの箱をやちるちゃんに差し出した。
「開けても良い?」
「はい、もちろんですよ」
やちるちゃんはそれを受け取り、私達へ確認を取ってから箱に結んであった桃色のリボンを解く。箱の蓋を開くと、やちるちゃんが以前画用紙に描いた物が顔を覗かせる。
「あたしが描いた通りの骨だ!」
それを目にしたやちるちゃんはさらに満面の笑顔になった。骨の髪留めを手に持って、嬉しそうに私達に見せている。
「一角さんが作って下さったんですよ」
「つるりんが作ってくれたの?」
「剣八さんも一角さんから教えてもらいながらお手伝いしたそうですよ」
「剣ちゃんが?」
「はい、そうですよ。特に何する物か決めていないって言っていたので、髪留めにしてもらいました。これは、なっちゃんのアイディアですよ」
「くるくる!」
「弓親さんが髪留めの部分を拘ってくださったそうです」
「ゆみちーも?」
「ええ、皆んなで用意しました」
やちるちゃんは十一番隊の方々の名前を聞く度に嬉しそうな顔した。いろんな方向から骨の髪留めを眺め、裏面を見ると目を輝かせた。
「本当だ! 髪留めになってる! ねえ、付けて、付けて!」
骨の髪留めを受け取り、やちるちゃんの髪の毛を撫で、横髪を留めるように付けてあげる。
「できましたよ」
「わーい! あたし、鏡で見てくる!」
立ち上がって今にも走り出してしまいそうなやちるちゃんを剣八さんは捕まえる。
「待て」
「どうしたの、剣ちゃん?」
不思議そうに剣八さんを見つめているやちるちゃん。わたしはそんなやちるちゃんに手招きをする。首を傾げたまま、私の方に歩いて来るやちるちゃん。
「なあに?」
「これも受け取って下さい」
私はやちるちゃんに見つからないように机の下に隠していたもう一つの箱をやちるちゃんに手渡す。
「プレゼントはもう貰ったよ?」
「いいから開けてみろ」
剣八さんから言われるがまま、やちるちゃんはリボンを解いて箱を開けた。
「わあ……!」
「骨の髪留めと一緒に使えるように櫛と手鏡です」
「これ、もしかして
優ちゃんのと一緒?」
箱の中は桃色の手鏡と櫛。やちるちゃんの推測通り、私が普段使っている物の色違いだ。
今回はやちるちゃんから要望があってプレゼントを決めたが、それとは別にプレゼントを用意をして驚かせたくなった私は剣八さんと共にその手鏡と櫛を購入した店に二人で出掛けた。私が普段使っている物は、何年も前に剣八さんから贈ってもらった物だ。何年前の商品の色違いが店に並んでいることに驚いたが、店主曰く在庫整理を行っている時に出て来た代物とのこと。偶然の巡り合わせと、剣八さんからの提案でこれを贈ることにした。
「よく気付きましたね。私のと色違いですよ。剣八さんが私と同じ物の方が喜ぶだろうって、選んで下さったんですよ」
「ありがとう、剣ちゃん!」
「……ああ」
剣八さんは照れくさそうに指先で頬をかいていた。そんな剣八さんを見て、やちるちゃんは目を細めて笑っていた。
「良かったらこれで見てみて下さい」
「うん!」
やちるちゃんは手鏡を手に持って、髪に留めている骨の髪留めを眺めていた。
これが欲しい、とやちるちゃん自身が要望を伝えてきたため本当に欲しかった物なのだろうと思っていたが、こんなに喜ぶとは思っていなかった。後で一角さん達にお礼をしなければ、と思っていると鏡を見ていたやちるちゃんと目があった。
「
優ちゃん、あのね」
「はい。どうかしましたか?」
にこっと歯を見せて笑うやちるちゃん。
「これね、『骨にきざむ』なんだよ」
その言葉にある過去の思い出が脳内を駆け巡った。
──それはまだ、反乱を起こす前の藍染さんが五番隊に所属していた頃の出来事だった。
その日は五番隊で月に一回開かれる書道教室へ行ってきた、とやちるちゃんがお手本を持って報告してくれた。持ち帰ったお手本は、やちるちゃん用に書かれた物と思われる平仮名のお手本だった。『こんぺいとう』『やちる』と流麗な字で書いてある。
「
優ちゃん、これは何て読むの?」
平仮名のお手本の中には一枚だけ漢字で書かれた物があった。それを私に見せながら、書かれている言葉の読み方を尋ねてきた。
「これは『
銘肌縷骨』ですね」
「めいきるこつ?」
「はい」
「どういう意味?」
漢字を一つずつ指を差しながら、その言葉を唱えた。やちるちゃんは聞こえたままの音をそのまま復唱し、今度は意味を尋ねてきた。
「『
銘』と『
縷』はどちら『きざむ』という意味です」
再び漢字を一つずつ指を差していく。やちるちゃんは真剣に私の話へ耳を傾けていた。
「『
銘肌』と書いて、『肌へきざむ』。『
縷骨』は、『骨へきざむ』。『肌や骨にきざむように心に深くきざんで決して忘れない』、という意味ですね」
「肌とか骨にきざんだら痛くないの?」
やちるちゃんは不思議そうに首を傾げている。
「ふふ。そうですね、実際にきざんでしまうと痛いですね。どういう経緯で生まれた言葉なのかは分からないのですが、大事なところにきざんで痛い思いをしても絶対に忘れたくない、忘れてはいけないという強い思いから生まれたかもしれませんね」
暫くやちるちゃんはお手本に書かれてある『
銘肌縷骨』という言葉を眺めていた。
「めい! き! る! こつ!」
そして、私が説明した時と同じように漢字を一つ一つ指を差して、声を弾ませて読み上げた。
「覚えた!」
誇らしそうな顔で私を見つめているやちるちゃんをそっと撫でる。
「よくできました」
やちるちゃんは笑いながら気持ちよさそうに私の手のひらに頭を擦り寄せた。
「今度は書くから見てて!」
「ふふっ、はい。見てますよ」
画用紙を広げたやちるちゃんはお手本を何度も何度も見ながら一生懸命文字を書いていった。
──やっとやちるちゃんの言動全てに合点がいった。
「これは『
縷骨』だったんですね」
「うん! 肌は難しいかなって思って、骨にしたの!」
「るこつ、ってのは何だ?」
私達二人の会話の内容に置き去りになってしまっている剣八さんは不思議そうにしていた。
「『めいきるこつ』だよ!」
やちるちゃんは画用紙とクレヨンを取り出して、剣八さんに見えるように画用紙を広げた。
「肌にきざんで、骨にもきざんで絶対に忘れないってことなんだよ!」
少し書き間違いはあったが、やちるちゃんは白い画用紙にクレヨンでスラスラと『
銘肌縷骨』と漢字で書いた。
「お手本を見なくても書けるようになったんですね。すごいです」
「うん! いっぱい練習したの!」
頭を撫でるとあの日のように気持ち良さそうにしながら擦り寄ってきて、とても可愛らしい。
「意味はわかったが、何でこれが欲しかったんだ? 何か忘れたくないことがあったのか?」
「うーん……」
剣八さんの問いにやちるちゃんは少し考え込んで、少し寂しげな笑顔で語り始めた。
「あたしが忘れたくないっていうより、あたしを忘れて欲しくないかな」
「やちるちゃんを?」
「うん」
少し不安そうに私たちを見つめて来る、それに対して柔らかく微笑んで頷いた。
「あたしの、わがままなんだけどね?」
やちるちゃんは遠慮がちに語り始めた。
「剣ちゃんと
優ちゃんにはきっとこれから赤ちゃんが産まれてくるでしょ? そうしたら、赤ちゃんが二人にとって一番大事な物になって……」
骨の髪飾りのやちるちゃんは外して、指の腹で二本の骨を小さな手でそれぞれ愛おしそうに撫でている。
「でも、あたしは剣ちゃんと
優ちゃんのことが一番大好きなの。だから……あたしのことは二番目でも三番目でもいいから、二人とこれからもずっと一緒にいたいの。だからあたしのことは忘れないで欲しいなって……」
「……やちる」
「つるりんとかゆみちーとか#くるくる#に忘れられちゃうのも悲しいけど、剣ちゃんと
優ちゃんに忘れられるのは心臓がギュッてなっちゃうぐらい悲しいから……これはお守りなの。これが剣ちゃんで、こっちが
優ちゃん。あたしがこれをずっと持って、二人の骨にきざむの」
花のような笑顔が絶えなくて、いつも明るくて活発なやちるちゃん。時々、物事の確信をつくような、達観した言動があるがここまで私達の関係について考えているとは思っていなかった。剣八さんも少し目を見開いて驚いているようだった。
「そんなことを考えていたんですね」
「……勝手にごめんなさい」
二本の骨の正体が私達だったと明かしたやちるちゃんは、叱られると思ったのか目線を伏せて肩を落とした。
「謝らないで下さい。誰が一番とか二番とかありませんよ。私はもうとっくの前からやちるちゃんのことを自分の妹のように、子供のように、思っていましたよ。だからそんな悲しいことを言わないで下さい」
やちるちゃんの心が晴れますように、と願いながら頭を優しく撫でる。
「それに私もやちるちゃんに申し訳ないなって思っていたんです。やちるちゃんに我慢させてしまっている気がして……」
「そんなのしてないよ!
優ちゃんのこと大好きだから、剣ちゃんともっと仲良くなって欲しいもん!」
伏せていた顔を上げて、真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる。小さな体でこんなに一生懸命、私のことを思ってくれる子のことを悲しませたくない。
「ふふっ。ありがとうございます。でも私はやちるちゃんがもっと剣八さんと仲良くなってもらいたいですし、私ももっともっと仲良くなりたいんですから」
「
優ちゃん……」
「やちるの癖に難しいこと考えてるんじゃねェよ。気を遣うなんざ、らしくねぇことするな」
剣八さんは再びやちるちゃんを抱えて胡座の上へと乗せる。
「お前がやりたいことやって、食いたいもの食って、好きにやって俺らの前で笑ってろ」
「剣ちゃん……」
不器用だけど、やちるちゃんのことを想って紡がれる優しい言葉。やちるちゃんは目を潤ませながら剣八さんのことを見上げていた。剣八さんは気恥ずかしいのか顔を逸らしている。私はその様子につい頬が緩んでしまう。
「もし剣八さんとの子供が産まれたら、やちるちゃんにはお姉ちゃんになってもらいたいって思っていたんですよ」
「あたしが……いいの……?」
「ええ、もちろんですよ。言ったじゃないですか、自分の子供のように思っているって」
やちるちゃんは唇を歪ませて、今にもこぼれ落ちてしまいそうな涙を堪えている。そんなやちるちゃんを抱きしめて、背中を撫でる。
「これから先もずっとずっと、大好きなやちるちゃんのことをお祝いさせて下さい」
ついに堪えられなくなったのかやちるちゃんはしゃくり上げる。剣八さんは小さく笑い、私達を抱きしめる。
「やちる」
「やちるちゃん」
意図せず、やちるちゃん呼ぶ剣八さんと私の声が重なった。
「愛してる」
「愛してます」
私にしがみついて声を上げながら泣いているやちるちゃんを強く抱きしめる。
何にも代え難い愛おしいこの子の温かさ、無垢さ、優しさを決して忘れないようにと肌と骨へきざんだ。
終