ぐつぐつと鍋の中で食材が煮える音を聞きながら、水仕事で冷えてしまった両手を火鉢にかざす。炭が燃える熱が手のひらに伝わり、じんわりと全身が暖かくなっていく。火鉢の中で赤く燃える炭に、「ああ、冬だなあ」としみじみ思った。時折両手を揉みながら、そのまま食材が煮えるのを待つ。今日は大根と鶏胸肉の煮物。美味しく出来上がりますように、と心で唱えながら鍋から聞こえるぐつぐつ音に耳を傾ける。
「帰ったぞ」
「ただいまー!」
ほどなくして、玄関の扉が開く音と共に剣八さんとやちるちゃんの声が聞こえた。立ち上がり、まずは鍋の中を確認した。被せていた落とし蓋を持ち上げると、ちょうど良く煮込まれた食材達が顔を覗かせた。鍋の火を止めて、玄関の方へと足早に向かった。
「まあ、お二人揃って可愛らしいですね」
玄関に並んで腰を下ろしていた剣八さんとやちるちゃんに声をかけると同時にこちらを振り返った。二人とも頭には着雪で綿帽子を被っている。愛らしい姿に思わず笑みが溢れてしまう。二人は不思議そうにこちらを見ている。
「雪の帽子を仲良くお揃いで被っているのが可愛くて」
「本当だ! 剣ちゃん、雪の帽子被ってる!」
「お前もだぞ」
二人に近寄り、私も腰を下ろして、目線を合わせる。勿体無い気がしたが、二人の頭の上の雪を手で払い落とした。二人とも大人しく全て払い落とされるのを待っているのが、また可愛らしい。
「はい。もういいですよ」
「
優ちゃん、ありがとう!」
「ありがとう……」
「どういたしまして」
やちるちゃんは元気良く歯を見せて笑っているが、剣八さんは離れていく私の手を見つめながら少し名残惜しそうにしている。その表情から飼い主に撫でて欲しいと切実に訴えてくる飼い犬が連想されてしまう。伝えてしまうと不服そうにするだろうから、そのまま胸にしまっておく。
「たくさん降っているようですね」
「うん! たくさん降ってた! ね、剣ちゃん!」
やちるちゃんは嬉々として剣八さんの死覇装の裾を掴んで揺らしている。
「ああ、結構積もりそうだぞ」
「雪かきの道具と雪沓を用意しないとですね」
「雪だるま作れるぐらい積もるかなあ?」
「たくさん積もったら、一緒に作りましょうね」
「うん! 剣ちゃんみたいにでっかい雪だるま作る!」
「ふふ、それは腕が鳴りますね。じゃあ明日に備えて、お風呂でしっかり暖まらないとですね」
やちるちゃんの小さな手を取る。外の空気の熱を奪われてしまっており、ひんやりと冷たい。
「わあ!
優ちゃんの手、あったか〜い!」
「先程まで火鉢に当たっていたんです」
もう片方の手で剣八さんの大きな手を取ると、同じようにひんやりと冷たい。
「冬はこうして温もりを分かち合う時がとても幸せに感じます」
二人の手を合わせて、両手でぎゅっと包み込む。名残惜しそうな表情を浮かべていた剣八さんは、目尻を下げて穏やかな表情に変わった。
「冬じゃなくても
優紫がいるなら俺は幸せだけどな」
「ふふっ、私もですよ」
剣八さんに抱き寄せられ、あぐらの上に座った。手先は冷たかったが、身体は暖かい。優しい体温にほっとする。
「剣ちゃん、ずるーい! あたしも
優ちゃんにぎゅっとする!」
私の腰に抱き付き、笑っているやちるちゃん。やちるちゃんは剣八さんに抱えられ、私の膝へと座る。嬉しそうに笑っているやちるちゃんの頭を撫でるとさらに嬉しそうに笑った。
「冬ではなくても幸せなのですが、寒いとより剣八さんとやちるちゃんの暖かさが特別に思えて……幸せを実感するんです」
「……確かにそうだな。ちゃんと
優紫が胸ン中にいるって思えるな」
「なんだかあたし達、ぎゅーぎゅーってして大きな雪だるまみたいだね!」
やちるちゃんの可愛らしい発言に剣八さんと目を見合わせて笑う。
「――あ!」
すっかり忘れてしまっていた事を思い出して声を上げた。
「そういえば、まだ言ってませんでした」
二人はきょとんと目を丸くした。
「剣八さん、やちるちゃん。お帰りなさい」
まん丸だった目を細めて二人とも笑った。そして同時に口を開く。
「ただいま、
優紫」
「ただいま!」
寒ければ寒い程、愛おしさが雪のようにちらちらと降り注ぐ。
「今日三人でお風呂入りたい!」
「そうするか」
「もう用意できてますよ。お食事も準備出来ているので、先にお風呂で暖まってからにしましょうか」
「さんせーい! お風呂でもぎゅーってしようね! そうしたらもっともーっと幸せだよね?」
「ふふ、幸せ過ぎてのぼせないように気を付けないとですね」
愛おしさが降り積もり、心がまるで綿帽子を被ったようだった。それを振り落としてしまわないように私は二人を大切に大切に抱きしめた。
終