「なんで卵焼きに納豆が入ってんだ」
剣八さんは眉間に皺を寄せて食卓に並んだ卵焼きを睨んでいる。睨まれている卵焼きには、剣八さんが言う通り納豆、そして葱が入っている。
「美味しいですよ?」
私の言葉を聞いて、さらに眉間の皺が深くなった。人畜無害な卵焼きを何故剣八さんが積年の恨みだと言い出しそうな顔で睨んでいるかと言うと、理由は簡単。剣八さんは納豆が苦手だからだ。
「これなら普通に食べる時のようにネバネバしないから、すぐに食べれますよ?」
その卵焼きを一つ箸で持ち上げ、左手を添えて剣八さんの口元へと近付ける。
「はい、剣八さん。あーん?」
しかし、剣八さんの口は堅く閉じられている。断固として食べないつもりだ。
剣八さんは公には苦手な理由を『糸が切れず、いつまで経っても食べられないから』と語っているが、実は納豆の味や匂いも苦手なのだ。過去にも糸が引かないようにと色々なアレンジを加えたものを食卓に並べたこもがあるが、剣八さんは一切手を付けようとしなかった。普段はやちるちゃんのリクエストで剣八さんが名前も知らない洋食を食卓に並べても、警戒することなく口に運んでいる。そんな姿を見ていた為、頑なに納豆を食べようとしない剣八さんを不思議に思っていると以前やちるちゃんが『嫌いな食べ物があるっていうことが格好悪いから、食べようと思ったら食べられるって意地張ってるんだよ〜』と教えてくれた。
「頑張って作ったんですよ?」
敢えて困ったような顔をして、落とし文句を言ってみたが剣八さんの口が開くことはなかった。
「美味しいのに……」
私は行き場を失った卵焼きを自分の口に含み、咀嚼する。普段はやちるちゃんの好みに合わせて甘めに作る卵焼きだが、今日は納豆と葱に合うようにだし汁を使った卵焼きにした。我ながらとても美味しく出来た。
「あんまり揶揄うとピーマン食わすぞ」
剣八さんが口を開いたかと思うと、私にとってはとても恐ろしい脅し言葉を口にした。
「揶揄ってなんかないです! なんでピーマンの話が出てくるんですか!」
「
優紫が納豆を食わそうとするからだろ」
「だって、美味しく作れたから……」
「納豆は今後出さなくて良い」
「それはダメです。私は毎朝、納豆を食べるって決めてるんです」
「それなら
優紫だけ食べれば良いだろ。俺のは出さなくて良い」
「私の好きなものを剣八さんにも好きになって欲しいだけなんです」
「……ほう、そうか。なら今日の晩飯はピーマンの肉詰めだ。俺が作ってやる」
「だからなんでピーマンの話が出てくるんですか!」
「俺も
優紫に俺が好きなものを好きになって欲しいだけだ。あーんしたら
優紫はピーマン食ってくれるんだろうなあ?」
「そ、それは……。えっと……ご、ご遠慮しておきます……」
想像しただけでもあの苦さが口の中に広がり、先程の剣八さんのように眉間へ皺が寄った。それかき消すために私は急いでも卵焼きを一つ口に含んだ。
「遠慮すんな。
優紫が食ったら、俺も食ってやるよ」
私が食べれないと分かっている剣八さんは口角を上げて笑い、私を揶揄うのを楽しんでいる。
「剣八さんがピーマンの肉詰めが好きだなんて知りませんでした」
「たった今、好きになった」
「それはずるいです」
「ずるくねぇだろ。俺からしたら卵焼きに納豆入れるのがずるい」
勝ち誇ったかのように鼻を鳴らして笑う剣八さんをじっと睨む。
「剣ちゃん、
優ちゃん」
何か言い返そうと口を開いた瞬間、大人気ない私達の攻防を一部始終見守っていたやちるちゃんが口を開いた。名前を呼ばれた私達は、反射的にやちるちゃんの方へと目を向ける。目が合うとやちるちゃんは花が咲いたように満面の笑みを浮かべて言葉を続けた。
「二人とも好き嫌いするのはダメだよ」
とても耳が痛い正論に私達は全く反論が出来なかった。
終