心奪われる
(四席も登場します。名前変換不可です。) 紅葉が美しく紅葉し始めた頃、一国の主である父上が同盟をお組みなされた。そのお相手は私より五つ年上の方。齢十五の頃から国を治める更木剣八様。また、そのお方は私のの想い人でもあった。
父上と剣八様が同盟をお組みなさる前に、一度だけ剣八様が我が城に訪れた事があった。その一度だけ。たった一度だけ剣八様を目にした時に私は心は貴方様に奪われてしまった。剣八様のことを考えるだけで心の臓が早く脈打ち、頬が紅潮してしまう。
父上から同盟を組んだ証として剣八様に私が輿入れをする事が決まった、と聞いた時は直ぐに信じる事が出来なかった。
そして美しく紅葉した葉がすっかり木から枯れ落ちてしまった頃に、私は剣八様の元に輿入れした。政略結婚、人質。言い換えるととても気持ちが高揚するものでは無いが、貴方様の近くに置いてもらえるのならば愛が無くてもいい。どんな形でも構わなかった。そう思っていた。
輿入れした日の夜、所謂初夜。その一度だけ剣八様と結ばれた。会話も数えれる程しか交わさず、愛を囁きあう事も無く、ただ形だけのようなものだった。それでも私は幸せだった。
しかし、人の欲とは収まる事を知らず、膨れ上がっていくばかり。私は貴方様の心まで欲している。貴方様の想いは私には向いていないと言うのに。私は何処かで期待していたのだろうか。夫婦になれば剣八様が私の事を見てくれると。
城主の正妻である私に与えられたのは広い部屋と煌びやかな着物、髪飾り。そのどれより私は剣八様の心が欲しかった。なんて、おこがましいのだろうか。
「奥方様!」
部屋の襖を締め切り、外の世界と遮断していたが元気よく私の事を呼びながら襖を開く者がいた。
「今日暖かくて空気が気持ちいいですよー! 襖を開けて、空気の入れ換えしましょー!」
それは護衛兼侍女として私の側にいつも控えているくノ一の女の子だった。朽葉色の柔らかな髪の毛が今日も癖っ毛でくるくるはねている。
「気分も優れますよ?」
明るい笑顔が私の気持ちを少し晴らす。
「そうね お願い、なっちゃん」
「うん!」
私が微笑むとさらに破顔するなっちゃんは元気良く返事をして、締め切っていた襖を開いた。
開いた襖から、冬のひんやりとした風が部屋に入り込んで来る。それが少し胸が軽くした。立ち上がり、廊下へと出た。庭には昨夜降っていた雪が積もり、庭の花壇には桜色の胡蝶蘭が少し雪を被りながら咲いていた。胡蝶蘭はなっちゃん曰く、南蛮の花らしい。
「きれい…」
なっちゃんに履き物を用意してもらい、庭に出た。積もっている雪の上を歩くとぎゅぎゅっと音が鳴った。その音を鳴らしながら庭の花壇に咲いている胡蝶蘭へ近付いた。
胡蝶蘭の花をそっと撫でる。不思議と胸が暖かくなった。まるで優しく微笑んでいるかのように、小さくひらひらと胡蝶蘭は揺れる。
「その花は、実は親方様が奥方様の庭にと命じられたんですよ」
「…え? 剣八様が?」
「うん!」
驚きを隠せない私になっちゃんはにこりと歯を見せて笑った。
何故、剣八様が私に? 私達の間に愛なんて無いのに。
答えが見つからない疑問を自分に投げながら、そっとまた胡蝶蘭の花弁を撫でた。
「…庭にいるなんて珍しいな。」
雪を踏みしめる音が聞こえて、顔をそちらに向けようとした時にそう言葉を投げかけられた。
「け、剣八様…! おはよう、ございます…」
思いもよらなかった人物に慌てて私は胡蝶蘭の花弁を撫でていた手を引いた。お腹の辺りで両手を組み、頭を下げた。
「ああ…おはよう…… 花は好きか?」
そんな私に困ったような笑みを見せる剣八様は、私が先程、胡蝶蘭の花弁を撫でていたのを見ていたのか、そう仰った。
「は、…はい 花は好きです」
「そうか」
私が頷くと安心したような柔らかい笑みを浮かべた。私は胸が暖かくなるのを感じた。
剣八様は無骨だけれど優しい手をそっと胡蝶蘭にやり、一房お採りなさった。
「よく、似合っている」
それを私の髪に挿し、そう仰った。
剣八様は、身体を冷やすから早く部屋に上がれ、とそれだけを残してご自分の部屋へと帰られた。
後ろに控えていたなっちゃんが私を見て、よくお似合いです、ととても嬉しそうにしていた。私はそっと髪に挿してある胡蝶蘭の花弁を撫でる。頬が緩むのを感じた。
全てが欲しいと、思ってしまった。
終