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咲坂奈緒
それじゃ、いつものように資料はまとめてありますので
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そう言って書記の咲坂奈緒は机にファイルを置くと、ペコリと頭を下げ、そそくさと生徒会室を出て行こうとした。
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山本健吾
待て。そんなに慌てなくても良いだろう?
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山本健吾
俺が内容を確認する時間くらいはここにいろよ
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俺は引き止めようとしたが、咲坂は
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咲坂奈緒
いえ、所用がありますので失礼します
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と、冷たく言い放ち、さっさと部屋を出て行ってしまう。
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その表情はとても緊張しているように見えて。
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山本健吾
やれやれ、昨日の事がよっぽど気まずいんだな
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一人になった生徒会室で、生徒会長である俺、山本健吾は大きくため息をついた。
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時は、昨日の夜に遡る。
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いつものように自分の部屋で勉強をしていると、不意にトークアプリの着信音が鳴った。
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見ると、その送り主は咲坂。
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咲坂奈緒
もぉ聞いてよ〜! 今日せっかくヘアスタイルを決めてったのに、全然気付いてくれなかったんだよ!
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挨拶も無しに突然始まったトークは、妙にテンションが高くて。
俺は面食らってしまった。 -
何故なら普段の咲坂は堅物で、こんな砕けた話し方などしないから。
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ましてや生徒会長の俺に、敬語を使わないなんて事はあり得なかった。
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そもそも、ヘアスタイルがどうとかを話すような間柄じゃない。
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何をどう返信すれば良いか分からず戸惑っていると、次のメッセージが送られてくる。
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咲坂奈緒
あれだけ一生懸命アピールしてるのに、全然気付いてくれないんだよ
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咲坂奈緒
私ってそんなに魅力無いのかなあ。
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メッセージを読む限り、恋の悩み相談のようだが……。
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これはひょっとして、友達の誰かに送っているつもりで誤爆してるんじゃ?
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話が進む前に間違いを伝えてやろうと、メッセージを打ち込み始めたが、相手は一つ年下の女子高生。
打ち込み速度がハンパない。 -
咲坂奈緒
これでも結構努力してるつもりなんだよ
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俺が打ち込もうとする度に、次から次へとメッセージが届いた。
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咲坂奈緒
髪の短い子が好きだって聞いたから、思い切ってバッサリ切ったのに! 一言の感想も無いんだよ〜!(/ _ ; )
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確かに今日顔を合わせた時、随分短くしたんだなとは思っていた。気付いてはいたけれど、こちらから言うのもどうかと思って触れなかったが。
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咲坂奈緒
わざわざ用もないのに、生徒会室に行って挨拶までしたんだよ。それでも何のリアクションも無しって酷くない?
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そう言えば、今日はやけに生徒会室を行ったり来たりしていたな。
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咲坂奈緒
わざとらしくブラシで梳かしたりもして見せたのに、完全スルーなんだよ
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確かに大げさに髪を梳かしてる姿を何度か見たな。
まあ女子はメイク直しをする奴もいるし、特に気にはしていなかった。 -
咲坂奈緒
何度も目を合わせたし、イメチェンも兼ねてグロスも多めにしてたのに、全くの無反応
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咲坂奈緒
やっぱ脈が無いのかな〜。もう諦めた方が良いと思う?
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言われてみれば、唇がいつもよりテカってたな。やたらチラチラと俺を見てた気もするし……。
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そこまで考えた時、何故か頭に浮かんだ勝手な想像。
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山本健吾
ひょっとして、咲坂が言ってる相手って……俺か?
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まさかとは思いながらも、自分に当てはまる物が多過ぎる気はする。
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これは確認すべきだろうか。
悶々としていると、咲坂から次のメッセージが届いた。 -
咲坂奈緒
ねえ、何とか言ってよ。全然返事くれないじゃん
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咲坂奈緒
それとも脈無しだから諦めろって思ってる?
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咲坂奈緒
今すっごく辛いんだよ〜! お願いだから構って、ねえ、恵美ってば〜
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山本健吾
恵美ってのは、会計の恵美か?
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ようやく声をかける糸口を見つけ、発言する。
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するとそれ以降、咲坂からの返信はプッツリと途絶えた。
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山本健吾
間違いに気付いたか? やれやれ、今頃は慌てているんだろうな
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先程の話は気になるが、だからと言って俺がずっと相手をして良い内容でも無い。
メッセージが来ないのなら、それはそれで良いだろうと頭を切り替えた俺は、再び勉強に取り掛かった。 -
そして今日もまたいつも通り、生徒会の仕事で生徒会室にいた俺に、咲坂が向けてきたのがさっきの態度だ。
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気持ちは分からなくもないが、正直俺としてはやりにくい。
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どうしたものかと困っていると、何故か咲坂が生徒会室に戻って来た。
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山本健吾
忘れ物か?
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尋ねると、咲坂は俺の座っている机の前にやって来て、でも視線は合わせずに言った。
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咲坂奈緒
昨夜はすみません。お察しの事かとは思いますが……誤爆しました
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山本健吾
だろうな。まあ気にするなよ。これからは気をつける事だな
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咲坂奈緒
はい。……って、それだけですか?
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山本健吾
他に答えようが無いだろう?
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思った事をそのまま口にしたのだが、俺の返事は咲坂にとって不満なようだ。
眉間にしわを寄せ、俺を睨むように見てくる。 -
山本健吾
納得がいかないようだな。何か不都合があるなら言ってくれ
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咲坂奈緒
いえ、不都合というわけではないのですが
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奥歯に物が挟まっているような返事に、俺もどう答えれば良いかが分からない。
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山本健吾
では何だ? はっきり言って欲しいんだが。
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咲坂奈緒
それはその……本当に気付いてないんですか?
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山本健吾
何をだ?
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咲坂奈緒
……気付いてないんですね
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一体何が言いたいのかがさっぱり分からない。しかし気付いてないと言われると、気になってしまうのが心情だ。
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山本健吾
俺は何に気付けていないんだ? ああ、内容については他言するつもりはないから安心しろよ。
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山本健吾
まあ、お前がこんな悩みを持っているとは意外だったけどな
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咲坂奈緒
そんなに意外ですか?
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山本健吾
そうだな。お前は誰かに追われる事はあっても、追う側になるイメージは無かった
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咲坂奈緒
それってどういう意味ですか? 私は誰も好きにならないとでも思ってたんですか?
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咲坂奈緒
会長の中の私のイメージって、何なんですか
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何気なく言った言葉に、随分噛み付いてくるなと思いながらも、聞かれたからには答える。
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山本健吾
お前は男子生徒に人気が高いし、追いかけなくとも周りから寄ってくるだろうと思ってたな
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山本健吾
容姿端麗、頭脳明晰と揃ってはいるが、その実誰よりも頑張っていて、意外と抜けてる所もあるイメージだ
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咲坂奈緒
そっか……
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ホッとしたような、でも少し悲しそうな表情を見せられ、ドギマギしてしまう。
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俺はまずい事を言ったのだろうか?
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山本健吾
少なくとも、俺の中では良いイメージだぞ
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咲坂奈緒
本当に?
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山本健吾
ああ。その髪型も似合ってる。長い髪も良かったが、少し背伸びしてるようでもあったからな
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咲坂奈緒
背伸び……ですか?
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山本健吾
今の方が可愛くて、俺は良いと思う
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咲坂奈緒
かわ……っ!
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ボンっと音がしたかのように突然、咲坂の顔が一気に赤く染まる。
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山本健吾
咲坂?
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驚いて名を呼ぶと、必死に顔を隠そうとしてジタバタし始めた。
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咲坂奈緒
あ、あの、その、私……っ!
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その姿を見て、俺は確信を持つ。
やっぱり昨日咲坂が言ってた相手は俺なのだと。 -
だが分かったところでどうしたものか。
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実は俺も彼女に好意を持ってはいる。だが恋愛経験など皆無な為、何をどうしたら良いのか皆目見当がつかないのだ。
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今俺が何か出来るとしたら、せいぜい思っている事を口にするくらいか?
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山本健吾
可愛いと言われたくらいで赤くなるなんて、ますます素直で可愛いな
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咲坂奈緒
ちょっ……! 会長、何を言って……
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山本健吾
俺はお前みたいなやつ、好きだぞ
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咲坂奈緒
好き……?
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驚いているのか、目を見開いて呆然としたように言う咲坂。その言葉に俺は、素直な自分の気持ちで答えた。
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山本健吾
ああ、好きだ
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咲坂奈緒
会長が……私を、好き?
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山本健吾
何度も言わせるな。改まって聞かれると照れ臭い
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咲坂奈緒
それは恋愛の好き……ですか? 生徒会役員だからとか、友達とか、後輩とかそんなのじゃなく?
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山本健吾
そういう聞き方をされると、今まで恋愛をした事のない俺としては困るんだが……
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元々自分の感情を積極的に表す方でも無い為、悩む。
だが問われれば答えなくては失礼だとも思うわけで。 -
山本健吾
お前の期待に添える答えかは分からないが、少なくとも俺はお前に好意を持っているぞ
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山本健吾
側にいて心地いいと思う女子は、お前以外考えつかないしな
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こんな答えで満足してもらえるだろうか。
心配になりながら咲坂を見ると……。 -
山本健吾
……何で、泣くんだ?
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目の前には、大粒の涙をポロポロと流す咲坂の姿があった。
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山本健吾
す、すまない。俺はお前を傷付けるような事を言ってしまったのか?
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咲坂奈緒
ちが……違うんです。嬉しくて……
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山本健吾
嬉しい?
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咲坂奈緒
初めて会った時からずっと会長が好きで……でも会長は私の気持ちなんか全然気付いてくれなくて……
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山本健吾
いや、あの、それはすまなかった。元々恋愛云々とは縁遠い人間だからな
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咲坂奈緒
会長って、隠れファンが多いんですよ。眉目秀麗、品行方正。女子の憧れの的なんです
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山本健吾
そんな話、初めて聞いたぞ
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咲坂奈緒
その鈍感な所も良いって人気なんです。それを分かってて私も好きになったはずだったんですけどね
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咲坂奈緒
生徒会に入って、直接話が出来るようになったら欲が出ちゃって……
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山本健吾
俺の鈍さが迷惑をかけていたんだな。すまない
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咲坂奈緒
そんな、謝らないで下さい、会長!
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咲坂奈緒
それよりも、その……私は自惚れちゃって良いんでしょうか?
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山本健吾
自惚れる?
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咲坂奈緒
会長の彼女に……してもらえますか?
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頬を真っ赤に染め、涙で瞳を潤ませながら俺を見る咲坂。その表情は今まで見た事のないくらいに可愛くて、俺の心臓がドキリと跳ねた。
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山本健吾
俺は構わないが……鈍い俺と一緒にいると、苦労するのではないか? 嫌な思いをさせてしまう事もあると思うぞ
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咲坂奈緒
良いんです。そう言うのも全て含めて会長ですし
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咲坂奈緒
それに私だってきっと、会長に迷惑をかける事がたくさん出てくると思います
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山本健吾
そうか? 覚えてる限り、お前に迷惑をかけられた事は無いけどな
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山本健吾
お前が良いなら、これから宜しく頼む
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咲坂奈緒
……はい!
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こうして俺たちは、付き合う事になった。
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付き合い始めて数日経った、ある日の下校時。
あの誤爆は咲坂……奈緒の策略であった事を聞かされる。 -
どんなにアピールしても気付かない俺を振り向かせようと、最後の手段として送ってきたらしい。
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咲坂奈緒
これで何も変化が無かったら、さすがに諦めようと思ってたんだよ。騙してごめんね
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恐る恐る白状した奈緒に呆れながらも、そこまでして俺を好きでいてくれた奈緒の存在がありがたく思えた。
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山本健吾
それじゃあ、俺も白状しようか
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肩をすくめて俺を見上げている奈緒の顎に手を当て、まっすぐに目を見る。
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咲坂奈緒
……え?
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驚いて固まる奈緒に、ゆっくりと顔を近付けた。
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山本健吾
ずっとお前にこうしたかった
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そのまま唇を重ねる。
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それは、初めてのキス――
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奈緒の体が小さくびくりと震えたが、今は気付かないフリをした。
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山本健吾
恋愛経験は無いくせに、男としてお前には触れたかったんだ。こんな風に思った相手はお前だけだったけどな。だから……
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山本健吾
きっかけを作ってくれてありがとな、奈緒
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咲坂奈緒
……うん
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恥ずかしそうに頷く奈緒に、再び唇を重ねる。
柔らかな唇はとても甘く、胸一杯に愛おしさを募らせーー -
山本健吾
好きだよ、奈緒
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そう言って俺は、奈緒を力強く抱きしめた。
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