駆け引きの行方(土方)

  • 屯所での仕事を終えた帰り道。

  • ご飯を作る元気が無くて、とりあえず馴染みの飲み屋に寄った。

  • まどか

    おやっさ〜ん。カルアミルクと、適当なおつまみ2品ほど〜

  • 空いている席を見つけて注文し、テーブルに突っ伏す。

  • やがて注文の品が運ばれ、気怠い体をゆっくりと起こした私が手をつけようとすると……。

  • まどか

    げ、副長!

  • いつの間にか、向かいの席に副長がいた。

  • 土方十四郎

    上司に向かってその態度は何だ? ったく、グダグダじゃねーか

  • 呆れたように言った副長の前に、新たに運ばれてきたコップ。

  • 私が頼んでいないおつまみも数品並べられ、最後にドンと置かれたのは、未開封のマヨネーズだった。

  • まどか

    まさかここで飲むんですか? そのマヨ

  • 土方十四郎

    他に席がねェんだよ。っつーか、マヨを飲むわけねーだろ。トッピングだ

  • まどか

    副長の場合、飲んでるのと同じです。あーもー、何で仕事が終わってまで、副長に突っ込みを入れなきゃいけないんですか?

  • 土方十四郎

    文句言うなら、ここの金払わねェぞ

  • まどか

    え? 奢り?

  • 土方十四郎

    ……まァ上司だからな

  • まどか

    ラッキー! ごっつぁんで〜す。あ、おやっさん、この店で一番高いメニュー持って来て〜

  • 持ち前の会話力で、流れるように話を進めれば、

  • 土方十四郎

    調子に乗んな!

  • と副長が怒鳴りながら、私のおデコを軽く叩く。

  • まどか

    いったぁい

  • ノリで、叩かれた所を手で押さえながら言うと、何故か副長の顔には笑みが浮かんでいた。

  • しかも何だか楽しそうだ。

  • まどか

    ……部下が痛がってるのを見て笑うなんて、副長はSですか。沖田組長と同類ですか

  • 土方十四郎

    アイツと一緒にすんじゃねーよ

  • 土方十四郎

    ったく、今日の仕事はハードだったからと思って、労ってやるかと仏心を出したのが間違いだったな。十分元気じゃねーか

  • まどか

    それってまさか、わざわざ私を追いかけて来てくれたって事ですか?

  • 土方十四郎

    そ、んなわけあるか! 

  • 土方十四郎

    ただ、俺も今夜は飲みてェと思って屯所を出たら、自宅組のお前がちょうど店に向かってたからよ……その、偶然っつーか……

  • ゴニョゴニョと話す副長の頬は、ほんのり赤く染まっていて。

  • いつも仕事で側にいるからこそ、その本心が読めてしまう。

  • まどか

    はいはい、偶然ですね。偶然夜道を一人で歩く美女を見かけて心配になり、追いかけてしまった、と

  • 土方十四郎

    だ〜れが美女だって?

  • まどか

    やだなぁ、副長。目の前の人間を認識できてないなんて、老眼ですか? マヨネーズで視界がぼやけちゃいました?

  • なんだか面白くなって来て、私はテーブルに身を乗り出すと、からかうように副長の目を見つめた。

  • すると突然、副長の目が鋭く光る。

  • まどか

    ヤバ……っ

  • この目は本気で怒らせた?
    焦った私は、慌てて身を引こうとした。

  • ……が。

  • 土方十四郎

    誰の目が悪いって?

  • 瞬時に襟首を掴まれ、逃げられなくなった私の唇に触れた物。

  • それは、仄かなタバコの香りを残して、ゆっくりと離れていった。

  • 土方十四郎

    ドンピシャ、だろ? 少しでもずれてたか?

  • 問われた意味に気付くまで、数秒の時間が必要だった私の頭は、間違いなくパニックを起こしている。

  • 完璧なキスは、視力云々以前の問題だ。

  • まどか

    ふ……ふくちょ……何で……

  • 土方十四郎

    目が良いって証明に決まってんだろ

  • シレッとした表情で言った副長は、何事も無かったかのように自分のコップに手をかけた。

  • ところが、だ。

  • まどか

    あれ?

  • 動揺する私の目に映っているのは、副長の手に握られた、中身が小さく波打つコップ。

  • しかも口元に運ばれはしたものの、手の震えのせいかうまくお酒を飲み込めないようだ。

  • それを見た私は、瞬時に全てを察した。

  • まどか

    慣れない事をするからですよ

  • 土方十四郎

    うるせェよ……っておい、まどか

  • 頬を赤らめて怒る副長の手からコップを奪い、中身を口に含む。

  • そのまま副長に口付けると、一気に副長の口内に流し込んだ。

  • まどか

    ちゃんと飲めました? 愛されてるのは分かりましたから、次回からの意思表示はもう少しスマートにお願いしますね

  • 余裕ぶって言った私に、目を見開いて固まっていた副長だったが、ゴクリとお酒を飲み込み、

  • 土方十四郎

    ったく……少しは上司の顔を立ててみろってんだ

  • と小さくぼやく。

  • そして観念したようにため息を吐くと、テーブルの上の私の手をそっと握りながら言った。

  • 土方十四郎

    お前だって慣れねェ事して震えてんじゃねーか。安心しろよ。ここから先はきちんと俺がリードしてやるさ

  • まどか

    え? ここから先って……

  • 土方十四郎

    まどかの望み通り、スマートに意思表示してやるよ。今夜一晩かけてな

  • そう言った副長は、いつも屯所で見ている自信に満ちた顔をしていた。

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