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付き合い始めて一カ月ほど経ったある日、ふと気付いた。
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まどか
最近、銀時ってば私に触れてこないよね……
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ちょっと前までは、暑苦しいくらいにベタベタと触れて来てたのに。いつも通りおばかな会話はしていながらも、奇妙な余所余所しさがあった。
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まどか
ねえ、銀時。あのさ……
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銀時
ん? 何だよ
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まどか
……いや、何でもない
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銀時
んだよ。用もねーのに呼ぶなってんだ
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――何で触れてくれないの?
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なんて事、言えるはずがないじゃない。銀時のバカ!
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悶々としながら一人寂しく外出すると、通りすがりに出会った土方さん。
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土方十四郎
絶望しか無いって顔してんな、鮎川。どうせ万事屋がらみだろ
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まどか
顔を合わせて早々に、何で分かっちゃうんですか
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土方十四郎
そりゃまァ……見れば分かるわな
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まどか
私にはさっぱりなんですが
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土方十四郎
そんじゃ、分からせてやろうか?
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まどか
へ?
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話を始めて二言三言。その直後に土方さんに抱き締められている私に、一体何が起きているのか。
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まどか
何これ。何かの罰ゲーム?
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土方十四郎
どうしてそうなる。まァすぐに分かるから待て
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強い力で私の頭は土方さんの胸に押し付けられる。
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初めて触れた土方さんの体は想像以上にガッシリとしていて。なるほど、真選組副長だけの事はあるなと素直に感心した。
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まどか
結構胸板厚いんだ?
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土方十四郎
随分ヨユーじゃねェか。今自分がどういう立場にいるか分かってねーのか?
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まどか
警察に捕縛されてる立場
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土方十四郎
確かにそうとも言うがな。傍から見たらどう感じるか考えてみろ
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そう言いながら頭に口付けてくる土方さん。
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この人の場合、この行動にも何か真意があるんだろうけれど、それを読み取れない私の頭は疑問符で一杯だった。
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土方十四郎
かかった。……来るぞ
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まどか
え? 何が?
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土方さんの言葉に耳を澄ましてみれば、遠くから聞こえる慌てたような足音。これはもしかして――。
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銀時
何やってんだよ!
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怒鳴り声と同時に土方さんは突き飛ばされ、私は強引に引っ張られる。
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あまりの勢いにクラクラしてしまったけれど、倒れ込むように抱きしめられた腕はとても安心できる物だった。
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銀時
ちょっと土方くん。うちの子に手ェ出すのやめてくんない?
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土方十四郎
別に手なんて出しちゃいねェよ。鮎川があまりに絶望感溢れる間抜け面をして歩いてたから、慰めたフリしてただけだ
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まどか
ちょっと、何それ土方さん! 間抜け面って酷く無い?
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銀時
そうだぞ! コイツは中身は抜けてっけど、顔は可愛いんだからな!
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まどか
なっ! 銀時、それ褒めてないから!
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銀時
あれ? 俺何か間違ってたっけか?
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まどか
二人して私をバカにして~! しかも慰めたフリって何よ。結局土方さんは何がしたかったわけ!?
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銀時
そーだそーだ、どさくさに紛れてこいつに触ってんじゃねーよ!
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土方十四郎
あーそーかよ。そいつは悪かったな。……で? こんだけ騒いで問題は解決したのか? 鮎川
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まどか
はい? 問題?
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土方さんに冷静に言われ、ハッとする。
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全く気付いてなかったけど、今の私は銀時に後ろからしっかりと抱き締められていた。
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まどか
銀時、何で……
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銀時
あん? 何だよ
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まどか
私に触れてる……
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その事実に、さっきまで悶々としていた感情が一気に爆発する。
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自分でも驚くほどに大量の涙が溢れ出て、止まらなくなってしまった。
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銀時
え? ちょっ、何で泣くんだよ!
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慌てる銀時。でも土方さんは相変わらず冷静だった。
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土方十四郎
なるほどな。そういう事かよ
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銀時
そういう事って何? 何で土方君が訳知り顔して頷いてんの?
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土方十四郎
うじうじしてる奴と鈍感な奴を足したら、こうなるんだっつーのがよく分かったわ
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銀時
何だよそれ。おい、まどか。ちゃんと理由を聞かせろって
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まどか
だって~……
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次から次へと涙は溢れてくる。
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この状態で私がきちんと答えられるはずも無く、ポケットから取り出したハンドタオルを顔に押し付けながら、ただ泣く事しか出来なかった。
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銀時
分かってんなら教えろよ、土方!
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焦りなのか、それとも怒りか。多分両方なのだろう。私を抱きしめた腕を離さず、土方さんに怒鳴る銀時。
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そんな銀時を見て、呆れたようにため息を一つ吐いた土方さんは言った。
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土方十四郎
大方お前さん、鮎川を避けるような行動をしてたんだろ。触れる事を躊躇してたんじゃねーのか?
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銀時
それは……
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土方十四郎
こないだ酔って言ってたよな
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土方十四郎
『まどかが好きすぎて……愛おしすぎて、一度タガが外れちまったら、俺の手でアイツを壊しちまいそうでよォ。そう思ったら抱きしめたいのに……触れるのが怖くなっちまった』
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土方十四郎
ってよ
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まどか
……それ、ほんと?
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土方さんの話に驚き、涙が止まる。
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銀時
おい土方! その話は……
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銀時が慌てて止めようとしても、土方さんは少し意地の悪い笑みを浮かべて話を続けた。
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土方十四郎
ああ、ほんとだぜ
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土方十四郎
『どんだけ愛しても愛したりねェ。誰にも渡したくねェんだ。新八ですら、あいつに触ったら嫉妬しちまうんだぜ? こんなにまで一人の女にはまっちまうなんてよォ……俺らしくねーよな。かぶき町の遊び人も形無しだ』
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土方十四郎
とも言ってたな
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まどか
え? 銀時って遊び人だったの? キャバクラのお姉さんたちに相手にされてる感まるで無しだったけど
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銀時
突っ込むトコそこォッ!?
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例のごとくの突っ込みが銀時から入る。
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思わず吹き出してしまった私は、土方さんを見て言った。
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まどか
その話を聞いてたから、仕事中に私に声をかけてくれたんですか?
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土方十四郎
まァそれもあるが、お前も酷い顔してたしな
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まどか
その言葉も十分酷いですけどね
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土方十四郎
違ェねェ。だが鮎川を見かけて声をかけたと同時に、お前の後ろの方にチラリと天パが見えてたからな。そっちの理由の方が大きい
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まどか
つまり銀時をからかいたかった、と。土方さん、最近沖田さんに感化されてません?
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土方十四郎
俺を総悟と一緒にすんな。まァとりあえずあとはお前らで解決しろ。俺はもう行く
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まどか
はい。ありがとうございました
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土方十四郎
じゃァな、万事屋。今度奢れよ
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銀時
るせェ! 奢る時は宇治金時丼一択だ!
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それはいらないとばかりに手を振りながら立ち去っていく土方さん。
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まどか
……今まで気にしてなかったけど、土方さんってカッコ良かったんだねぇ
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まどか
考えてみたら、マヨラー部分を除けば美人さんだし、公務員でお金あるし、体もしっかりしてるから守ってくれそうだし。実は優良物件なのかも
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銀時
すんませんね、ビンボーで
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頭の上から聞こえる、拗ねた声。
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それでも私を腕から離そうとせず、しっかりと抱きしめている銀時は、私の頭に顔を埋めた。
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銀時
お前もやっぱ、ああいう男が好きなのか?
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まどか
ん~……そりゃまあ私だって女ですから
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私が答えると、銀時の体が小さく震えたのが分かった。
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顔は見えていないけれど、相当なダメージを受けた事は間違いない。
それならば、と私は話を続けた。 -
まどか
でもね、だからと言ってそれが恋愛に直結するわけじゃ無いよ。『好き』にも色々あるじゃない?
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まどか
土方さんは好きだけど、知り合いとしての『好き』なんだよね
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銀時
そんじゃァ俺は……?
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まるで囁くように小さな声で、銀時は言う。
これまでにも銀時は、何度か私に同じ質問をして来た事があった。 -
銀時
なァ、まどかは俺の事どう思ってんだよ
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あの時は答えが分かっているからこその、自身に満ち溢れた表情によって紡がれていたけれど。
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今私の耳に届いたのは、弱々しくて不安しか感じられない声。
私は小さく口の端を上げると、私を抱きしめている銀時の腕にそっと手を当てて言った。
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まどか
この数日、銀時が私に触れてくれないのが寂しかった。不安だった。土方さんの腕は力強かったけど、銀時の腕の中のような安心感は無かったよ
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まどか
……それが答え
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銀時の胸にもたれかかり、目を瞑る。
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温かくて優しい銀時の腕の中は、本当に心地良くて。凄く幸せな気持ちになれた。
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銀時
まどか……
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まどか
ん?
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銀時
その安心してる腕の中で、お前が壊れちまう日が来るかもしんねーぞ
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まどか
一番理想の形じゃない。それの何が悪いの?
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銀時
俺ってばかなり嫉妬深いから、タガがはずれちまったら徹底してまどかを束縛しちまうぞ
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まどか
私多分、M属性だよ。ただし相手が銀時に限る
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銀時
ったく、お前って奴は……後悔しても遅いかんな
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まどか
そんなのするはずないでしょ
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クスクスと笑えば安心したのか、銀時の声のトーンが戻ってくる。
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銀時
まどかが了承したんだからな。もう我慢も遠慮もしねェぞ
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そう言って銀時は私の顎に手をかけると、少し強引に持ち上げて唇を重ねて来た。
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息が上がるほどに濃厚なキスは、いかに銀時が本気かを伝えてくる。
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銀時
――行くぞ、まどか
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まどか
……どこに?
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疑問に答える事なく私を強引に抱き上げた銀時は、そのまま走り出した。
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まどか
ちょっと、銀時!
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銀時
野暮な事聞くなっての
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笑いながら走る銀時の顔は明るい。
目指す方向にあるのは、万事屋。 -
銀時
この数日触れるのを我慢してた分、全部取り戻してやるからな
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ニヤリとイタズラっぽく笑う銀時に、恥ずかしさで
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まどか
バカ……
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とは言ったものの、本当は期待に胸を膨らませてしまっている自分がいる。
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――この事は、銀時には秘密にしておこう
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そう思った私は、少し拗ねたふりをしながらも、銀時に身を任せる事にしたのだった――。
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