《聖夜にきみは何を想う》


「ねぇ、飛鳥さん。唯緒さんってどんな人だったの? 」
ホットミルクを啜る唯緒がボソリと言う。
唯緒はね……。そう言おうとして先程のやり取りを思い出す。
《私が卜部唯緒を演じればいいのかな》
唯緒の苦しげな声が響き渡る。
「大丈夫。……純粋に知りたいだけだよ」
その声につられて顔を上げると久しぶりに見た穏やかな表情をした唯緒がそこにいて、胸を撫で下ろした。
「明るくて、元気いっぱいで……負けず嫌いでね。喜佑とよく喧嘩していたよ。ふふ。口も達者でね。いつも言葉で喜佑を捩じ伏せていたんだ」
頭の中で俺の知っている唯緒が笑いかけてくる。
「会ってみたいなー。……唯緒さんに」
「はは♪ なんだそれ」
「でも……。もし唯緒さんが戻ってきたら……私は、どうなっちゃうんだろう」
「え……? 」
「本当の唯緒が戻ってきたら、私はどうなるんだろう。どこへいっちゃうんだろう……」
笑顔を浮かべながら、でもどこか不安げな彼女の姿に胸がチクリといたんだ。
「何、言ってるんだい? 唯緒。きみは……」
そこまで言ってハッとする。
鏡に映る自分を見て《唯緒さん》と呼んでしまう、と言っていた。
今だってずっと過去の自分のことを《唯緒さん》と呼んでいる。
本当の、唯緒……?
そうか。
俺が……俺たちがそうさせてしまったんだ。
いまの目の前にいる唯緒を受け入れられない喜佑と、そんな唯緒を傷つけたくない俺と詩乃。
きみは卜部唯緒だよ、とそう言いながら、
俺たちはまるで腫れ物を触るように接してきた。
「本当も……偽物も……ないよ、唯緒。……卜部唯緒はこの世にただ一人、君だけなんだ。……きみだけなんだ、唯緒」
「だけど……っ! 」
「いま……。今、君のことを好きだと言って応援してくれるみんなは、きみを見てきみのことを応援しているんだ。そこに過去も何も関係ない。いまの卜部唯緒を応援してる。きみの言い方を借りたら……みんなにとって、きみが《本当の唯緒》なんだよ、唯緒」
ハッとした顔をする唯緒に微笑んで俺は続ける、
「リスタを結成した時。きみは何を思った? 俺は……記憶を取り戻したいとか、昔の4人に戻りたいとか、そんなんじゃなくて……ただ。ただただ思っていた。願っていたんだ。……記憶が戻らなくてもいい。それでもきみと、俺たちと、また心の底から笑いあえて、また《4人でいるのは楽しいね》って言える、そんな関係性になりたかった。……喜佑や詩乃が……そして唯緒。きみが、心の底から笑ってくれる日が来てくれれば……それでよかったんだ」
本当に、心の底から、それを望んでいたはずだろう……。
自分に問いかける。
「そうしてまた4人で思い出を作れたら、俺はそれでよかったんだ……」
いまにも泣き出しそうな唯緒の頭を撫でる。
「飛鳥……さん」
「ん? 」
「ごめんなさい……」
「なんで?」
「だって……泣いてるから……」
言われてはじめて頬に涙が伝うのを感じた。
「はは。……喜佑や詩乃にはないしょね」
「うん。じゃぁ私も……」
「うん。これは二人だけの秘密。……そしてこれも二人だけの約束。……もう、俺たちのために卜部唯緒を演じようと思わなくていい。思わないでくれ」
「うん。約束する……」
小指と小指を絡ませてゆびきりげんまん、と口ずさむ。
すごく懐かしい感じがした。
ふと顔を上げると唯緒はどこか嬉しそうに微笑んでいるように見えて、つられて俺も笑った。

To be continued……


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