《追いかける背中 あこがれと誓い》



みんながいなくなったミーティング室で私は一人で立ち尽くしていた。
今すぐにでも漫画のように、なんで私がー!? と大声で叫びたいところだ。
でもやっぱりわからなかった。
分からなかったから、私は屋上へ向かった。
そこに行けば少なくともぶっきらぼうにでも優しく慰めてくれる先輩が一人いることを分かっているから。
案の定屋上には、晃ちゃんの声がしてきて……
「あ、いた! あーきーらーちゃーん」
と駆け寄ると、そこには更に耀さん、みおちゃんがいたのだ。
「……げ……」
「あからさまな反応しないでくれる? 」
みおちゃんがムスッとした表情を向けて、耀さんが「それじゃおじゃま虫は退散しよっか、みおー」と肩をポンポンと叩いて私にひらひらと手を振るとその場を去ろうとした。
しかしそれを「ちょっとまって」と制したのは晃ちゃんだった。
「なんで私だったのか。……って聞きに来たんでしょ?」
「……うん……」
「研究生の先輩・木坂耀さんからみて高守弥生ってどう?」
「ん? ……うーん。研究生時期も少しだけ被ってたし、上がってからもちょこちょこと様子は見に行ってたけど……安定はしてたよね。イーちゃんみたいに偏って得意不得意があるようには見えなかったし。研究生は一分一秒も無駄にしないよう、一日でも早く上がれるように過酷なプログラムが組まれてて……そこから3期に上がれるのはほんとに実力がないと無理だと思うんだけど……」
耀さんが歯切れ悪くみおちゃんに視線をやる。
「同期としてみおはどう? 」
「これは、ほどよく慰めてる会? それとも与えられた指名の意図を自覚させる会?」
みおちゃんが腕を組んで言えば、晃ちゃんが苦笑いした。
「いやあんたそんなこといちいち確認しなくてもボロくそ言うじゃん」
「……実力は申し分ない。耀さんの言うように、研究生は過酷なプログラムを受けてる。それでリタイアする子もいれば、落ちる子の方がほとんどだった。……それだけの実力があなたにはあった。……なのに今はそれを出しきれていない。いや? 出しきれてないっていうか違う理由で霞んでる」
「かすむ……」
晃ちゃんの方へと視線をやればそっと目を逸らされ、あれ? なんかこれはやばいのか?と危機感を抱いた。
「……そうでしょ、晃さん」
「あんたほんと意地が悪いよね!? なんでいちばん重要なとこをあたしに振ってくんのよ」
「だってこの子はあなたに助けを求めてここへきたんでしょ? 」
晃ちゃんが大きなため息をつく。
「あおとあんた。……共通してることがあるのよ。……それをわかってるからみんな納得もしていて、危機感も持っている。……RISEが化けたらたぶん日向麻香に一番近づける存在だから。でも逆をいえばあんたたちはいま現在……日向麻香という存在が大きな壁になってアイドルとして十分な実力が出せていない」
なるほど。晃ちゃんも目をそらすわけだ。と妙に納得した。
「あなた自分の評価知ってる? エゴサとかしない? 」
突然みおちゃんが尋ねてきた。
「怖いからあんましないなー」
「高守弥生を知っている大半の人はこういう印象を持ってるでしょうね。……日向麻香が大好きな女の子。……あなたが何年もかけて培ってきた技術よりも、日向麻香が大好きな女の子というキャラの方しか見てもらえていない。……そんな事のためにあの過酷なプログラム受けてきたの? 」
みおちゃんからいらだちを感じる。でも……
「でも、それは仕方ないよ。実際私がここへ来た理由はあささんだったんだし。ついてまわること…………」
「あささんがそれを知ってもそう言えるの? 」
「へ? 」
みおちゃんが私を睨みつける。
そして晃ちゃんの方へと視線をやった。
すると晃ちゃんはこれでもかというくらいに深いため息をつく。
「まぁ……。やよが呼ばれた時のあの子の、あのほっとしたような目。……気付いてるだろうねー。自分の存在がやよの邪魔をしてるってこと」
「いやいやそんなことっ!」
「そんなことあるんだよ、やよ……」
まるで子供を諭すように晃ちゃんが穏やかに言う。
「そんなことあるの。間違いなくあさの存在があんたというアイドルの邪魔をしている。今のあんたの評価はあさがいてこその評価なのよ。そこはもっと……悔しがりなさい。だれもあの子を憎めって言ってるんじゃない。それでも……やよ。あんたはあさに対しての憧れを少し捨てなさい。今あんたのそばにいる日向麻香は、あんたが初めて文化祭で見たっていう日向麻香とはまた違うの。あの時はアイドルとファンだった。でも今はアイドルとアイドルであり、この世界は……憧れだけではやっていけない。日向麻香に憧れて、憧れだけでここにいたくて……大好きなあささんのとなりでお仕事が出来ればそれでいい、という気持ちでいるなら悪いことは言わない。……あんたはアイドルを辞めた方がいい。あんただけじゃない。はすみんも、あさも、苦しむだけだから」
「私の存在が……あささんを、苦しめる……」
考えたこともなかった。
気にしたこともなかった。
「でも、憧れを捨てるなんて無理だよ。私は……あささんに憧れて、あささんがすきで、だから……。でもあささんを苦しめたくてアイドルになったわけでも、あささんと仲良くなりたくてアイドルになったわけでもなくて……」
あれ? 私はどうしていま、ここにいるんだっけ
「私は、どうしてアイドルに……なったんだっけ……」
泣きたくなるのをぐっとこらえる。
「だったらこれから探しなさい。日向麻香から離れて」
みおちゃんがまっすぐした瞳で言う。
「しかたない、なんて言い訳して現状を投げ出すな。考えて悩んで泣きながらでも前に進むの。私たち研究生は……あなたはそうやってここまで来たはずよ」
みおちゃんの言葉に耀さんがそうだね、と小さく頷く。
「憧れることは大切なことだよ。挫けた時、そういう相手がいたら立ち上がれるから。だから憧れを全部捨てなくていいの。日向麻香に憧れてていいの。でも……そろそろその憧れを見るだけじゃなくて追いかけてみたら? 一緒に追いかけるにはうちのリーダーと将来有望なあや……頼もしく心強いメンツだと思うよ」
大丈夫だから。
晃ちゃんが小さく呟いた。
耀さんもみおちゃんも小さく頷いた。
「頑張って……みます……」
すると冷たい風が突然吹いてきた。
まるで背中を押されたようで少しだけ気合いが入った気がした。

to be continued…
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