《ぼくたちのおまじない》


撮影から戻るとなにやら歩とふわりちゃんが仲良くなっていた。
何を話しているのか聞いてみたけど二人は顔を見合わせ笑い合うと「ひみつ」と少しだけ嬉しそうに言った。
その笑顔に私まで頬が緩んでしまう。
遅れて戻ってきたさきちゃんが「緊張しましたー」とへなへなと座り込む。
きっと誰もが言わないように意識していたのだろう。
続いてまふゆちゃんが「わたしもー」と座り込む。
私はそんな二人を見てくすりと笑った。

昔から私は人見知りが激しくろくに友達を作ることもできなかった。
小学生の時も、中学生のときも……。
高校では明るい自分になって明るくて楽しい学校生活を送るんだ。
そう決意を胸にして入学式の日に私は校門の前に立ち止まり桜の木を眺めた。
今度こそ。今度こそひとりぼっちにはなりたくない。
「大丈夫。……私なら、できる……」
自分に言い聞かせるように呟いたら背後から「うっわー! きれーい」と元気な声が聞こえてきた。
勢いよく振り返る。
そこにいたのが歩でそれが私達の初めての出会いだった。
「あー、っと……桜が綺麗でつい。驚かせちゃったかな? 」
申し訳なさそうな顔をしてそんな事を言う彼にあの頃の私は「いいえ。それより遅刻しますよ」と返すので精一杯だった。
聞けば同じクラスで同じ苗字の芦澤くん。
明るくて元気で……
私はまた、やってしまったな。と反省したのを覚えている。
話すきっかけなんて山ほどあったはずだった。
それでもいざ面と向かって話すことになると何を話していいのか、どうやって話していいのかわからなくなるのだ。
そうして私はまた孤立していくのか……
諦めにも似た感情を抱いていたある日のことだ。
歩が突然私の元へやってきてこういったんだ。
「ねぇ! 一緒にアイドルになってくれない? 」
へ? という間の抜けた声が出た。
そういえばその後、私はなんて返事したんだっけ。
気付いたときにはトントン拍子に色々決まってしまったのだ。
自分の心の準備も整わないままに……。
アイドルになったことを後悔したことは一度だってない。
むしろ私は……

「菊花さん? ボーッとして、どうしたんですか? 」
まふゆちゃんの声にハッとする。
「ううん。少し昔の思い出に浸ってただけだよ。……二人がすごく緊張しているのを見て、私もそんな時期があったなーって」
歩がふふっと軽く笑う。
「ほんっと最初の頃のきーちゃんは見てられなかったよー? 内気な子だっていうのは知っていたからさ。僕がむりやりこの世界に引きずり込んじゃって本当に良かったのかな? なーんて思ったことも何度かあったんだから」
え、そんなにですか。とまふゆちゃんが私と歩を交互に見て呟いた。
今度は私はふふっと笑う。
「いっぱい緊張したよ。たくさん逃げ出したいって思ったしね。どうして私がここにいるんだろう、なんて毎日考えた。それでも……アイドルになったことは一度も後悔していないし、芦澤歩っていう男の子に出会えたこと、Twilightに出会えたこと……きっとどれだけ辛いことがあっても大変なことがあっても、それだけは……幸せなことだな、ってずっと思い続けてると思うよ。それほどに私はいまが大好きだから」
そこまで言って私は体中が熱くなるのを感じた。
「こんなに熱く語るきーちゃんも珍しい」
歩がニヤついた顔をして言った。
それは私も思う。
だけど伝えたくなったのだ。
「いっぱいいっぱい緊張すればいいよ、まふゆちゃん。緊張することは情けないことなんかじゃないから。その緊張もまた、思い出に変わるから」
「緊張も、思い出に……」
いまいちピンと聞いていないようだ。
無理もない。私だってそんなことを突然先輩に言われても理解はできないと思うから。
「いつか、わかる日がくるよ」
そういえば三人は少しだけ穏やかな表情を浮かべて「はいっ! 」と元気な返事を返してくれた。

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