《笑顔を守る理由、ふたつの背中》


あおちゃんとひっつんがぶつかってから数日。
そんなぼくたちをおいて、膨大な量で過酷なレッスンだけは日々やってくる。
重苦しい空気の中で六人それぞれがひたすらに課題をこなしていく。
誰も笑わず、誰も励まさず、たまに晃ちゃんがなんとも言えない表情を浮かべてこちらに目で訴えかけてくらいだ。
先輩のぼくたちがこんなだ。
後輩の彼らがアクションを起こすのはあまりにもハードルが高い。
それを晃ちゃんも理解しているから定期的に彼らに話を振って場を盛り上げようとするが肝心の彼らのリーダーが苛立ちを全面に出すから妙な雰囲気になってしまう。

ぼくたちはなんのために、だれのためにいまここに集まっているんだろう……。

あおちゃんはこれでいいと思っているのだろうか。

そんなことを考えていたらあっという間にレッスンは終わり、各々が部屋を出ていった。
ふー、と大きく息を吐く。
するとそっと藍くんが近寄ってきた。
「林檎ちゃん。……ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「いいよ。どこのパートかな? 」
そう返せば藍くんは今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべて、ぼくは彼の考えていることを何となく察する。
「僕達は……なんのためにがんばっているのかな? リーダーが……何も見ていない事に気付いたら、僕達は……黙って見ていることしかしたらダメなのかな……」
藍くんの悲痛な叫びを前にぼくは何も返すことが出来ない。
「どうして、林檎ちゃんも晃ちゃんもこの状況で何も変わらずいられるの? 」
「……そうだなあ。ぼくたちはたぶん……この事務所の中で数少ない良くも悪くもリーダーについていこう、という気持ちが強いユニットなんだ。だからいまリーダーが意地を張って周りが見えていなくてもぼくたちはぼくたちらしくいる。それは……言い方を変えてしまうと無責任なのかもしれない。それでも……ぼくにとって白部葵は光で道標なんだ。だから何があってもだまってついていくし、それでもし道に迷ったなら……一緒に出口を探すだけなんだ」
ぼくが話終えると藍くんは難しそうな表情を浮かべた。
「それが正解とは限らない。世間的には不正解の方なのかもしれない。でもぼくはそうして白部葵の隣にいたいんだ。……だけど間違っていることを間違っていると言うことも、優しさだとも思うよ」
「そう、だね……。リーダーのことを信じていないわけじゃないんだ。でも……リーダーは感情的になりやすいから。誰かが止めなきゃいけはいとも思う。……ありがとう、林檎ちゃん。ずっと誰かに聞いてもらいたかったんだ」
先程よりも幾分か穏やかな表情をした藍くんがそれじゃぁ、と部屋を出ていった。

そう。ぼくは白部葵というアイドルに惹かれてこの世界に飛び込んだ。
言わばぼくにとってこのキラキラと光り輝く、常に光り輝いていないといけないこの世界での中心は白部葵なのだ。
それでも……
「このままでいいのかな……」
自販機を前にぽそりと呟くと背後から誰かの手が伸びた。
ガコン、とジュースが落ちる音にハッとする。
「はい。林檎はこれでいいでしょ? 」
「ゆ、いちゃん……? 」
「ひっどい顔してるねー。大丈夫? 」
にこやかに笑う彼がミルクティーを差し出してくる。
「ありがとう。ぼくの方は大丈夫だよ。あっ! 晃ちゃんも最初は不安そうな顔ばっかしてたんだけど、いまはすごくまっすぐな顔してるし落ち着いてるみたい。だから晃ちゃんの方も……」
心配しなくて大丈夫だよ、と言おうとゆいちゃんのほうをみると、綺麗に微笑むゆいちゃんと目が合う。
全てを見透かされたような気がして目を逸らしてしまった。
「俺がいま心配してるのは林檎のことで……晃じゃないよ? 」
「ふふ。ありがとう」
「大体、あいつは見てたらすぐわかるから。顔にすぐ出るし。たしかに初日はずーっと泣きそうな顔して上の空だったからやばいかなーとは思ってたけど……。それよりおまえだよ、林檎。本当に……大丈夫? おまえにとってあおは弱点にもなる。あおのことだろ? 」
「……ぼくは、あおちゃんが間違ってると思わない。間違ってるって思っても……きっとそれを間違ってるって言わないとも思う。……ぼくにとって白部葵は絶対なんだ。もしも彼女が間違っていたとしても一緒に迷う選択を取ってしまう。……でも、それはあおちゃんにとって…………」
「まあ、無責任だっていうやつもいるだろうねー。……でも裏を返せば林檎はそれだけ白部葵って女の子のことを心の底から信頼してるってことだよ。……でもさ、林檎がいまそんなに思いつめてるってことは少なからずいまのあおにたいして疑問を抱いてるんじゃないの? 」
「……正直……いまのぼくたちは到底誰かを笑顔にできるとは思えない。藍くんが言ってたんだけど……うちのリーダーも向こうのリーダーも……ファンが見えなくなってる。意地の張り合いになってるのは確かだよ。あおちゃんらしくないな、とは……思うかな」
ゆいちゃんが黙って聞いてくれる。
多くを言わずにただひたすら静かに。
ぼくは頭のなかでぐちゃぐちゃと混ざりあった感情をひとつずつ整理するように言葉にした。
そうしていくうちに溢れ出してきたのは言葉だけじゃなくて涙もだった。

To be continued...
3/4ページ
スキ