《SaNaの願い事さがし》


次々に短冊を書き上げていくアイドルたちの姿を見てSaNaは焦りに似た感情を抱いていた。
ふーと息を吐く。
すると後ろの席にいた冬哉もまたため息をこぼしていた。
「香月さんは決まったんです? 」
SaNaが尋ねると冬哉は少し戸惑ったような笑顔を張り付けて「全然」と返した。
SaNaはそれ以上踏み込んではいけない気がして「ぼくもです」と愛想笑いをしてその場を去る。

冬哉はそんな後輩の背中を横目で見送りもう一度小さくため息をつく。
彼もまた、夢というものを今まで持てなかったのだ。
SaNaのように消えたいという願望はなかったが、特別生きたいという欲もなかった。
自分がそんな人間であることは自分をスカウトしてくれた希咲くらいのものだろうが、どうもこの事務所は察しのいい人間が多い、と冬哉は周りを見回す。
特に麻香や優美は察しがいいだけでなく世話を焼いてくるのだから苦手な人種だった。
「とーやん、願い事決まった? 」
噂をすれば麻香がひょこっと顔を覗かせた。
「あ? なんでおまえに教えなきゃいけねーんだよ」
悪態をついて誤魔化す。
きっとそれすらも彼女にはお見通しに違いない。
「こんなときくらい……願ってもいいと思うよ? なんだって」
そう言って麻香はふわりと微笑み去っていった。
願い事のない自分はいったい何を願えばいいというのだろうか。
わいわいと騒ぎながら迷いなく手渡された短冊にペンを走らせるほかのアイドル達に苛立ちにも似た感情が湧き上がってくる。
二期生達は大半が書き終えていた。
一緒にいることが多かったから見なくてもだれが何を願っているのか何となく冬哉にも想像はつく。
ひとりを除いては。
「ちわわ。おまえ、なに書いた? 」
同じユニットの千歳知和だ。
知和はきょとんとしている。
それもそのはずだ。
ユニットメンバーといえどほかのアイドル達に比べたら圧倒的にコミュニケーションが足りていない。
知和も冬哉も互いに距離の詰め方がわからずにいたのだ。
「え……。いや、俺は特に願い事なんてないから。無難にウィレの活躍を願っておいた」
知和の言葉に冬哉は大きくため息をつく。
「おまえ、それが光輝やみおに見つかってみろよ。……神に頼らないで努力しろ! ってうざったいお小言拘束に合うぞ……」
「……ちょっと新しい短冊貰ってこよっかなー」
知和が苦笑いを浮かべながらそんなことをいう。
「そんなとーやはどうなの? あんま短冊に願い事書くイメージないけど」
だろうな、と冬哉は鼻で笑った。
「お察しの通り。……願いたいことなんてないんだよなー……」
呟くようにそう言えば知和がふわりと微笑んだ。
まるですべてを見透かしたような、麻香と同じ表情に苛立つ。
「最初あった時のおまえは確かに……そうなー。……人形みたいだった」
「は? 」
「うまく言えないけど、生きているようで死んだ目をしてて言われるがままに動いてた感じがした。でもそうだなぁ。打倒ふろろず宣言をしっかりして、TAKEが結成されたあたりからかな? ようやく。……ほんとようやく、香月冬哉って人間と初めて会えた気がしたよ」
冬哉は何も言えずに代わりに息を吐いた。
認めたくはないが何もなかった自分にとって、高谷光輝と日向麻香という存在はでかかった。
特に光輝の存在が自分の原動力であるということは認めるしかない。
超えてみせる、という決意は日増しに強くなりそれと比例して光輝のすごさを思い知るのだ。
そしてそうやって光輝の背中を追いかけることをどこかで楽しんでいる自分もいたのだ。
「最近の冬哉はちゃんとアイドルだなーって思うよ。隣でみていて、ね」
知和の一言で自分の中でまとまりそうでまとまらなかった感情がまるでパズルのようにすべてが繋ぎ合わさった。
「俺……みつけたわ、願い事」
「よかったじゃん」
知和はむやみにその願い事を聞こうとは思わなかった。
しかし珍しくも冬哉のほうから口を開いたのだ。
「打倒ふろろず宣言をしたとき、俺はあんなやつらなら簡単に超えられるって本気で思ってた。でも総選挙の結果は散々でチーム制度が始まったりして……俺はふろろずどころか、二期生にすら置いてかれんじゃないかって……そう思ったんだ。お前の言葉でわかったよ。……俺は空っぽだった。拾ってくれたきさちゃんのためになんとなくこなしてて、気に食わないからあさや光輝を潰したいって言い放った。……この事務所の誰よりもアイドルじゃなったんだよ」
そして冬哉はまっさらな短冊にでかでかと書く。
≪応援してくれるファンが誇れるアイドルになる≫
知和がくくくと笑う。
「おまえそれ、光輝やみおに怒られるやつじゃねーの? 」
「ついでにあさに見つかったらハグの刑、喜佑に見つかったら最低一か月はネタにされるだろうな」
それでも、と冬哉は呟く。
「それでも願ってみたいんだ。はじめて……願ってみたいと思ったんだ」
「じゃ、俺もこのままでいいや。この中にはおまえも入ってる。おまえが光輝を超える日を楽しみにしてるよ」
飾りに行こうぜ、と知和が立ち上がる。
後に続こうと立ち上がった冬哉はふとSaNaのことが気になった。
自分と彼女はどこか似ている、と常々思っていたからだ。
「おいSaNa」
「はい? 」
ぶっきらぼうな呼びかけに彼女が振り返るとまるで押し付けるように短冊を渡された。
「え? み、みても? 」
「それでおまえの悩みが解決するとは思ってないけど参考にはなるかもしれねーだろ? 」
いわれるがままにその短冊をみてSaNaは息をすることを忘れた。
何故だかわからないけど泣きたくもなってきた。
この感情が何かわからないが悔しいとかそういう負の感情ではなく、うれしいとかそういうのに近かった。
「よかったですね、願いが見つかって」
彼女の嘘偽りのない純粋な気持ちだった。
「おう。……おまえも、きっと見つかるよ。きっと」
珍しいこともあるもんだ、とSaNaは目を丸くした。
普段から不愛想な彼が穏やかに微笑んでいたから。

To be continued...

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