《あの日の誓い 暗がりの中で》



あさの様子が変だから助けて欲しい。
TAKEのレッスンが終わって戻ってきたかと思ったらきーにそう言わた。
にぃにではなくあたしに言うあたりに深刻さを感じる。
でも彼に言われる前から違和感はあったのだ。
妙に明るすぎるところとか、でも時折上の空だったりして……
「ちゃんと気付いてやれてなかったなー……」
ぼそりと呟く。
自分で言うのなんだが、あたしは人の変化には気付きやすいタイプだ。
でもやはり日向麻香ともなると一筋縄ではいかない……。
「まぁあたしも気になってたし。話を聞いてやるくらいなら構わないけど」
そう言えばきーがほっとしたように表情を緩めた。
「でも期待しないでよ? あたしにできるのは話を聞くだけ。そっから先はあの子自身の問題だから」
「わかってるよ。……ただ、今のあいつに必要なのは光輝でもあおでもなく……おまえだと思うんだよ。しんどい時に駆け寄ってくれる友人の存在って……結構すごいんだぜ? 」
「友人……」
なんだか少しくすぐったい響きだ。
「じゃぁ仲間としてじゃなく友人として……様子見てくるわ」
きーのあたまをがしがしと撫でてあたしはソファーから腰を上げる。

まっさきに向かった先は屋上だった。
ここしかない、と確信があった。
そして実際に彼女はいたんだ。
「あれ……先客」
何も聞かされていないていで、あたしは彼女に近寄る。
しかし振り返った彼女を見てぎょっとした。
「あ、さ……。あんた……。え、あたしおじゃまだった? 戻った方がい? 」
素だ。
普段意地でも涙を見せない彼女が涙で顔をぐしゃぐしゃにしていたのだから、こっちだってテンパるってもんで……
「ふふ。いいよいいよ。……晃ちゃんだし」
困った顔したあさが少し首を傾げてあたしを見つめた。
こっち来ないの?
言わなくてもそう言われてるのを感じる。
「なにがあったの。……って、聞いていいの? 」
彼女の隣に座って空を見上げながら呟くように言う。
「んー。……別に深刻なことじゃないんだよ」
「意地でも泣かないあんたがこんなとこで泣いてることがすでに異常なことなのよ……」
「……スランプに陥って焦ってる、ってとこかなー」
あはは、と笑いながらサラリと言う。
おそらくそれは本心なんだろう。
本心なんだろうが……
「あんたはここで泣いていてあたしはその場に遭遇した。 ……いまさらあたしになにをかっこつける必要があんのよ」
その一言が彼女に刺さってしまったのだろう。
作り笑いを浮かべてた彼女の瞳から再びじわりじわりと涙が浮かぶ。
「わかってるんだよ……。私が、RISEに対してプレッシャーに思いすぎてることも……だから焦ってることにも。レッスンが身に入らないの。がんばってもがんばっても……前に進まない。から回ってばかりいるの」
声を震わせて絞り出すように彼女が言った。
「もう……もうっ。がんばれない、よ。がんばれない……。がんばり、たくないよ……晃ちゃん」
こっちの胸が張り裂けそうだ。
この子が絶対に言わなかった言葉たちがたくさん出てくる。
「じゅうぶんあんたは、がんばってたよ……」
そうこの子はじゅうぶん頑張っていた。
みんな知っていることだ。
だからもう……
がんばらなくていいじゃん。
たまには休みなさいよ。
美味しい物食べて、気分転換して、温かい風呂につかって何も考えずゆっくり寝ればいい。
その後でいろいろ考えればいいじゃない。
そう言ってやりたかった。
そう言ってたまには抱きしめてやりたかった。
でもあたしだってこの子との時間は長く、日向麻香のことをそれなりに理解しているつもりだ。
彼女はこんな甘い囁きを望まない。
「でもあたしらはアイドルで、あんたはさらに看板。がんばるしかないのよ、あたしらは。がんばれないなら……アイドルをやめるしかない。……そういう世界でしょ、ここは」
そう言えばしゃくりをあげながらぐしゃぐしゃになった顔であさが笑った。
「ありがとう、晃ちゃん。でも……っ。晃ちゃんってほんと……表現力はあるのに演技下手っぴだよね。そんな泣きそうな顔、しないでよ」
全てお見通しってわけだ。
「ほんと、適わないわ。……正直、必死になって頑張ってきたあんたにこれ以上頑張れなんて言いたくない。でも……辛くても苦しくても頑張ってきたあんたに、もうがんばらなくていいよ、とも……言ってあげられない……」
あさがもういちど「ありがと」と呟いた。
「ここで晃ちゃんに甘い言葉囁かれていたら……本当に頑張らなくなってたかも」
なんて声をかければいいのか分からなくて「そっか」とだけ返す。
「あたしにはあんたの背負ってるものとかわかんない。立場が違いすぎるから、想像もつかない。だからさ……同じ事務所のアイドルとしてじゃなくて、友人としてひとつだけ。……あんたのちからになれるか分からないけど……」
そう言って両手を広げて微笑んで見せれば、あさが顔を歪めて飛び込んできた。
声を上げて泣くあさなんて……初めて見た。

泣き止む頃には茜色だった空はもう暗くなりはじめていて、ようやく落ち着いたあさが顔を上げた。
「本当にありがとう、晃ちゃん。……すこしだけ、ひとりになりたいの。もう大丈夫だから。私に少しだけ時間をくれないかな」
まっすぐとした目だ。
「それなら良かった」
じゃぁ先戻ってるわー、とドアへと向かうと「うれしかったよ」と声をかけられる。
振り返っても見えるのはあさの背中だけだ。
でも声だけでどんなな顔をしているのか想像がついた。
「アイドルとしてじゃなくて、友人として……私の隣にいてくれたこと」
「……またなんかあったら言ってよ。今日みたいに話聞くから」
返事はクスリという笑い声だけだった。

階段をおりると人影を見つける。
「ごっめーん。リーダー。……やる気スイッチ入れちゃったかも」
「ほんと……あきちゃんはどっちの味方よ」
口をとがらせたあおがいう。
「どっちか片方の味方になるつもりはないわよ。でも……あおにはりんごやゆりちゃんがいて、あの子には……誰もいなかった。いつかの《みつさん》みたいに、ね」
「それはちがうよ。……《みつさん》にはたしかに誰もいなかった。でもあさちゃんにはあきちゃんもいるし、私がいる」
あさと同じくらいまっすぐとした目で見つめられる。
たしかにあおの存在は、あの頃のにぃにになくていまのあさにある大きなものかもしれない。
「まあ? たしかに実力の差に心が折れかけることもあるけど、諦める気なんてない。立ち止まる余裕なんて与えないし……ひとりになんてさせない。自分は孤独だなんて思わせてやらないんだから」
「そうだね……。……トップを走るってのも、大変だねぇ」
そっと呟いたその言葉はやけに響いて聞こえた。


To be continued……
1/3ページ
スキ