Which curry would you like?

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「圭斗、遅れて来た夏至カレー、やるぞ」

 そう言って彼女が掲げた紙袋の中には、これでもかとレトルトカレーの箱が詰め込まれていた。その種類は一般のスーパーで買える物からご当地カレーまで多岐にわたり、彼女の言うように今日はカレー大会なのだと理解させられたところだ。
 僕たちは大学4年生。就職活動もそれなりにやっている。彼女は地元での就職を希望するUターン組なので、地元とこっちを行ったり来たりで忙しくしていた。その中で、こっちで僕とカレー大会を開くべく、スーパーやサービスエリア、駅などで変わったレトルトカレーを見つける度に買い込んでいたそうだ。
 ところで、僕たちが去年まで現役で活動していたMMPという放送サークルでは、よくカレーパーティーが開催されていた。そのパーティーで食べるカレーは基本的に僕か彼女……菜月さんが作っていたのだけど、まさか2人カレーパーティー、それもレトルト大会になるとは。

「しかし、随分と仕入れて来たね」
「どうせならいろんな種類のを食べたいと思ったんだ。ご当地カレーとかって値段も結構するからそんなにたくさんは買えないし。今回はうちとお前で分け合って、少しずつたくさんの種類を食べる大会だな」
「で、遅れて来た夏至カレーと」
「実際、夏至の頃よりもっと夏夏しい時の方がカレーは美味しい」
「一理あるね」

 “夏至カレー”というのは、僕たちの後輩である奈々が言い出した夏の行事だ。尤も、それはどこかの誰かが個人の趣味で勝手に布教し始めただけの話。だけどもささやかながら夏至カレーイベントを開くまでになり、そのイベントMCを彼女のお姉さんが務めたのだそうだ。
 夏至カレーは「日照時間の長い夏最高、そんな最高な日に大好きなカレーを食べればもっと最高」とかそんなような由来だったように思う。去年奈々からこの話を聞いた時は、カレーなんかサークルで年中食べてるからと流していたのだけど、サークルを引退した今年はカレーもしっかりイベントだ。
 それはそうと、やって来たのは僕の住むアパートの部屋だ。如何せんレトルトカレーを食べるには、鍋なり電子レンジなりそれをあっためることの出来る設備が必要になる。どのカレーから食べようかというチョイスも非常に重要で、これを誤ると待ち受けているのは死だ。大袈裟でなく、死だ。

「とりあえず、これが金曜日のカレー。それから、高い牛肉をふんだんに使った1箱1000円のビーフカレーだろ。それから、ちょっとお高めのバターチキンカレー」
「これは普通に楽しみだね」
「うちの地元枠が4つ。イチオシのタマネギカレーにビールカレー、も~ぎゅうぎゅうカレー。これはブランド牛をふんだんに使ったヤツ。それからナイス水ポークカレー」
「ん、いいお土産だね」
「それからイノシシカレー、クマカレー、クジラカレー」
「ジビエ系かな」
「洋梨カレー、みかんカレー、桃カレー」
「ちょっと雲行きが怪しくなってきたね」
「それからこれが、灼熱のカレーに煉獄のカレー、鬼涙カレーに」
「キルイ?」
「鬼に涙と書く」
「ん、鬼の目にも涙的なことだね」
「まあ、ことわざとか慣用句としては用法がちょっと違うけどな。他には、漆黒のカレーというのがあってだな」
「はい出たぁ~。菜月さんが普通のカレーで終わるはずがないと思っていたよ」

 机の上には無数のカレー箱が並べられている。やっぱりと言うか何と言うか、悪乗りと悪ふざけで成り立つ我がサークルメンバーだけあって、ネタ系カレーを仕込んでないはずがないと思っていたけど、ここまでやるかと。
 果物系のカレーはワンチャン、フルーティーさがカレーの味を引き立てている可能性もあるけれど、最後の方だね。灼熱だの煉獄だの、いかにも地獄を連想させるような言葉のオンパレード。彼女は言わずとも辛いですとアピールしてくるそれらを推したかったのに違いない。

「圭斗、どれから食べようか。まあ、普通に美味しいカレーは普通に美味しいから、最初のうちにやっつけてしまおうかと思うんだけど」
「カレーのテイスティングに起承転結を求めるのもどうかと思うよ。別に何を放送しているワケでもないんだから」
「やっぱり、話にオチを付けたくなるのは放送サークルのアナウンサーとしての性じゃないか」
「わからないでもないけどね。それで、何をオチにするんだい?」
「そうなんだよ。普通の人だったら、激辛カレーを食べてオーバーリアクションすればおしまいだけど、もしかしたらうちらは真面目に辛さと向き合って品評する可能性がある。だとすると、オチとしては弱いんじゃないかと」
「じゃあ、フルーツ系に行く?」
「でも、正直フルーツだろうと何だろうと、カレーの味に勝てる物ってそうそうなくないか? 何食べても「カレーじゃん」で終わりそうな気もする」
「……確かに、僕は菜月さんのゲテモノ料理に耐性があるし、今更ただのフルーツカレーには驚かないね。いっそオチを求めなければいいのでは」
「あー! 悩ましい!」

 2人ぼっち開催のカレーパーティーで何をどう悩む必要があるのかと。大体、2人でやるのにこの量を買い込んで来るのもおかしい。どう考えたって今日の1回では全部消化しきれないじゃないか。企画構成力の点で言えば、放送サークルアナウンサーとしての力は引退後に衰えたのか。
 昔の……尖っていた頃の菜月さんは、それこそ変わり種の料理を“実験”と称してよくやっていたように思う。ミルクティーでご飯を炊いたり、乳酸菌飲料でご飯を炊いたり。他にはオレンジジュースで炊いたご飯でおいなりさんを作っていたかな。
 そんな実験料理をサークル室に持ち込んではセルフ食レポをしたり、サークルの人に食べさせたりしていたのが3年前のこと。……ゲテモノっぽさを求める先がレトルトカレーに落ち着いた辺り、彼女も本当に丸くなったね。作る物も常識の範囲に収まってしまったし。お兄さんは嬉しいよ。

「圭斗」
「ん、何かな?」
「逆に、オチを付けられるような人を追加招集するという手段もある」
「そうは言っても、誰がいる?」
「ある程度食に通じていて、辛いのがそこまで苦手じゃなくて、リアクションが面白そうな人と言えば」
「野坂に味なんか聞いたところで食うばっかりでロクな答えは返ってこないだろうし、神崎は辛いのが食べられない。りっちゃんにリアクションを求めるのも違う」

 カレーパーティーをやっていたいつものサークルメンバーたちは、僕たちが求める条件には若干合わない。味の品評が出来て、辛い物もそれなりに食べられて、オチになるようなリアクションの取れる人間などそう都合よくいただろうか。

「奈々をネタ塗れの大会に巻き込むのはかわいそうだ。真面目な夏至カレー祭りならともかく」
「君が端からこの会をまともにやろうとしていなかったということがわかったよ」
「お前相手だぞ。真面目にやってどうする」
「……うん」
「……うん」
「とりあえず、白いご飯を用意しようか?」
「そうだな、頼む。そうだ圭斗、さすがに今日全部のテイスティングは出来ないだろ」
「そうだね。お腹の容量的にも厳しいね」
「次回までにもっと面白いの探しとく」
「と~りあえ、ず、今回のを全部処理してからでいいんじゃない、かなぁ~…? 菜月さん、君ももういい大人だ。加減を覚えてくれ」
「お前相手に加減してどうする。最初は金曜日のカレーにするぞ」
「順番はおまかせするよ」


end.



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テーマ【、夏至、悩ましい】

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