2023

■良心と優先順位

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 3時休憩のチャイムが鳴った瞬間、長岡君は辺りをきょろきょろと見渡して「自由だー!」と叫んだ。A棟2階の出荷作業が終わった時点で2時間ちょっと残っている。少し前までは定時を過ぎるのが当たり前で、最近になってちょっと出荷が落ち着いてきたかなと思ってたけど、ここまでの余裕は本当に久し振りで。
 午後の出荷量を確認したときに、俺はA棟に行かなくても大丈夫かなとは思ったけど、一応こっちの出荷にも参加していた。他の人から呼ばれればいつでもそっちに行くつもりだったけど、特にそういう声がかかることも無く。さて、俺もあと2時間ちょっとの間に何の仕事をしようかな。優先順位を考えないと。

「長岡君、嬉しそうだね。出荷、早く終わったもんね」
「も~う、この休憩が明けたら俺はA棟の敷地全部回って空箱とか拾ってきれいにするんだ」

 出荷が忙しくなってくると、ピッキング作業中に出る空箱や、開梱の時にカッターなんかで製品に傷を付けないように入っている段ボールの板がそこらじゅうに散らばってくる。長岡君はそれが気になって気になって仕方ないタイプらしい。まあ、在庫補充の作業をするには邪魔だし、片付けておくに越したことはないんだけど。
 一方、俺はそんな長岡君のことを見習ってB棟をきれいにしろと越野から怒られるようになっていた。どうも俺はその辺を後回しにしがちと言うか、箱が通路の途中にあってもその場所で使うシチュエーションもあるしいいやって思いがちなんだよね。特にアパレル製品なんかは枚数が増えると持ちにくいし置きにくいから、ケースに入れて運びたくなる。その辺に空箱がある方が楽だって思っちゃって。

「長岡君て普段から綺麗好きなの?」
「いや、普段はそうでもないんだけど、仕事の上では気になるってだけ」
「へえ、そうなんだ」
「大石君は? 越野君が「大石がB棟を全然片付けない」って怒ってるの見たことあるけど、家では片付けとかする方?」
「片付けは苦手だね。物はあればあるだけいいって思うと言うか、ある物が捨てられないね」
「そうなんだ。じゃあその辺に散らばってる空き箱とかつぶしの板とかもとっときたい方?」
「空き箱もねえ、使い道があるって思っちゃう。例えばその72251の箱とか、返品で返って来た物がちょうど入組数になって、ケースになるときに使いたいなーとか」
「あー、なるほどね。JANコードがあれば出荷も楽だもんね」
「そういうことを考えちゃうんだよね。つぶしの板もケース作る時に欲しいなとか。欲しい時に限ってなかったりするからさ」
「大石君はさ、片付けが苦手なのもあるんだろうけど仕事をわかってるから想定し得る“もしも”のケースが俺より格段に多いんだろうね。だから何でも使えるって思って捨てられなくなると言うか」
「俺も長岡君くらいマメに整理整頓はするべきだとは思ってるんだけどね」
「俺は大石君くらい力を抜くところでは抜けって言われるよ。だからってハタケさんほど抜くなとも言われるけど」

 本当に長岡君は良く言ってくれるなあと思う。良く言ってくれるからこそ逆に片付けられないことに胸が痛んじゃう。越野くらいボロクソに言ってくれた方が逆に開き直れると言うか、ごめんごめん今度やるよって言えちゃうんだろうけど。本当に、出荷も落ち着いてきたし片付けないとなあ。

「あ、そうだ。長岡君、休み明け、俺も一緒に空箱拾い回らせてよ」
「え、いいけど大丈夫なの?」
「うん。今日は誰からも何も頼まれてないし。それで、回る範囲をA棟とB棟の2階一帯にしよう。長岡君と一緒なら俺もB棟を片付けられるような気がするし」
「わかった。実際A棟を1人で回るのも結構な手間だし、一緒に2階全部を回ることにしよう」

 自分1人だとどうしても庫内整理の方を優先しがちになるんだよね。これからダウンの在庫が減って来て、主な在庫置き場の1階に置いておくまでもない物がどんどん2階に上がってくる。そういう物を受け入れる場所を作らなきゃ、とか。そういうときにちょっとした空箱があると便利なんだよなあ、とか考えちゃうけど今日は一気に片付けるって決めたんだ。やるぞ。

「でも、B棟って物が細かい印象があるからそこまで空箱って出なさそうなイメージがある」
「グッズ系は確かに入組数も多いしケースも少ないんだけど、アパレルは結構すぐ空になっちゃうんだよ。ほら、こないだ受け入れたパーカーとか」
「ああ、なるほど。確かにあれ、ケース自体も小さいもんね」
「いっそケースごと出て行ってくれれば楽なんだけど」
「あ、わかる。伝票貼ってそのままどーんと出したいよね」
「俺、細かい物扱うのが本当に苦手でさあ。だからB棟の奥とか自分で管理してても未だに苦手意識ある」
「たまにしか行かないけど、B棟の奥って本当に細かいなーって行く度思う。ほら、こっちってパレットごと直置きするのが基本だから。2種類の混載でもげんなりするよ、分けるのめんどくさーって」
「2種類なら楽だね。こっちは下手したら1ケースに10種類のカラーサイズがぎゅうぎゅうに詰め込まれてたりするもん。分けるのだけでもひと手間だよ」
「あ~想像するだけで恐ろしい」

 長岡君は仕事がマメだしこっちの仕事も覚えれば俺よりちゃんと出来るようになっちゃうんじゃないかなあと思うけど、俺が普段やってるような細かい仕事のラインナップを並べるとムリムリと拒否反応を示している。A棟の大柄な仕事に慣れちゃうと、B棟の仕事は余計に細かく感じちゃうかもしれないね。

「あ、チャイム鳴った」
「よーし、空箱拾うぞー!」
「まずはA棟先回る?」
「そうだね。A棟全部回って空箱潰して、それからB棟ね」
「わかりましたー」


end.


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仕事の上では頼りにされてるちーちゃんの欠点がちょっとずつ出ている様子。片付けられない。
この2人は現場の良コンビとしてこれからも仲良くやっていて欲しい。

(phase3)

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