2023(02)

■内緒の車内トーク

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 今年も大石先輩のいる向西倉庫でのアルバイトの話が舞い込んできた。ゼミ合宿もあるし、これからは追いコンシーズンだしで何かとお金は必要。それに就職活動というものにも本腰を入れなければならない頃に来ているのでやりますと返事をした。
 去年までと違う点は、一緒に働く中に朝霞先輩がいないことだ。これまでこの仕事に誘ってくれていたのは朝霞先輩だからずっと一緒だったんだけど、今年からは1人だからちょっと心細い。それから、送迎をしてくれるのが大石先輩から別の社員さんに変わったこと。

「おはようございます」
「おーすおはよー」
「お願いします」
「どーぞー」

 俺のことを送迎してくれることになったのは越野さんという人で、大石先輩と同期の1年目だそうだ。と言うか、これまで大石先輩が送迎をしてくれていたのが手厚すぎたんだ。西海に住んでるのにわざわざ星港東部で俺と朝霞先輩を拾ってまた戻ってって。
 越野さんはちゃんと通り道の人らしくて、地下鉄の駅で言っても割と近所。生活圏内が似通っているから、どこのスーパーがどうしたという話題も普通に通じる。生粋の星港市民ということで、俺がなかなか足を踏み入れることの出来なかった古い店のことも少し教えてもらったり。

「そう言えば、半月も経ってて今まで聞いてなかったけど高木君て地元どこ?」
「紅社です」
「えっマジ!? 俺大学紅社だったんだよ」
「そうなんですか」
「そーそー、そんで卒業と同時に帰ってきたのよ」
「そうだったんですね」
「盆正月とかでちょっと戻ってきたら地元の変化に驚かない?」
「驚きます」
「よね。紅社の新しい物は逆に俺の方が知ってたりもワンチャン?」
「あると思いますね」

 越野さんはコミュニケーション力が高い人だなと思う。明るいと言うか。大石先輩によれば、事務の仕事も現場の仕事も出来る凄い人なんだとか。パソコンから段ボールまで何でも扱うし、フォークリフトにも乗れるそうだ。

「ところで、今日は何の仕事がメインになりそうですかね」
「あー、出荷やったら、大石の野郎が返品溜めてたからその応援じゃないかなと思うけど。それか長岡の助手? 何か高木君アイツに気に入られてるっぽいから」
「じゃあ今日は寒い仕事ですね」
「そうだね。てかゼミの卒論発表合宿? とかで休みだったんだよねちょっと前まで」
「そうですね。大学の施設が長篠の山の中にあって、そこで2泊3日の合宿でした」
「緑ヶ丘ってエリアの外にも大学の施設持ってんのかよ。ヤバすぎ」
「スキー場に直通で、中もシャンデリアが吊ってあったり赤い絨毯が敷いてあったりします。グランドピアノがあって。夕飯はフランス料理のフルコースで。学生は合宿期間中使えないんですけどバーカウンターが」
「ヤバいヤバいヤバい、緑ヶ丘ヤバい。つか卒論発表なんかゼミ室でやっときゃいーじゃん、そんなヤバそうな高そうなトコに行く必要ある!?」
「とは俺も思いますね。参加費が結構痛いです」
「だよねえ」
「でもそんなことでもないとスキーは出来ないので悩ましい点ではあります」
「あー、長篠の山の中だったらスキー場は良さそうだね」
「実際雪質は凄くいいですよ」
「スキー場は俺も前~に高校のダチと行ったんだけど、マジでそれっきりだもんな。そんな良いトコじゃなくてもいいし俺も久々にスノボやりてー、高崎と拳悟来てくれるかなー?」

 話によれば、越野さんは高崎先輩と同じ高校の友達(伊東先輩とも同じバスケ部だったとのこと)で、今でもたまに会う程度の仲なんだそうだ。社会人ともなると「たまに会う」という程度でもまあまあいい関係なんだと思うよ、とはいろんな人から聞いた。
 高崎先輩は寒いのが物凄く苦手だという印象が強いから、スキー場という場所にはあまり縁がなさそうだと思ったら、スノーボードは凄く上手いらしい。その辺りはさすがの運動神経だなと納得。雪の上にいるイメージはないけど上手く滑るイメージは出来るから不思議だ。

「アイツ昔BMXやってたらしくて、スノボでもぴょんぴょん飛ぶワケ。飛ぶことに対する恐怖心っつーのが普通の奴よりないっつーか」
「確かに、サークル棟の2階通路から手摺りを越えて1階に飛び降りたっていう話もありますし、高い場所に対する恐怖は少なそうですね」
「いや、つか何アクロバティックなことやってんだよ。ああそうだ。誰に聞いてもなかなか情報が掴めないんだけど、サークルの後輩から見てアイツに彼女いたとかいい関係の子がいたとかそういう話ってある?」
「高崎先輩にですか?」
「ちょっとした話でいいんだ。決定的な情報があればなお良しなんだけど」
「いやあ、無いですね」
「やっぱないかー」

 と言うか、知ってても喋ったら絶対に跡形もなく消されるヤツだと思うんですよねー。まあ、本当に知らないのでセーフということで。

「高木君は? 彼女いる?」
「あー、えーと」
「いる時の反応だなこれは」
「まあ、一応、お付き合いをしている人は、います」
「おっ、いいね! どんな子? 付き合ってどれくらい?」
「ええ……食い付きが」
「ああ、ごめんごめん。でも、一応とかじゃなくてはっきり言った方がいいよそれは」
「その、そういう話になったのが、4、5日前でして」
「超直近じゃん! ああ、だからまだちょっと自信なさげな感じだったってこと? 実感が無いと言うか」
「そんなようなことです」
「あ~、そうか~。いいね~。良い時だよ~。相手は?」
「先輩ですね」
「高木君が3年生でしょ? 4年生か、それ以上、社会人の先輩?」
「4年生ですね。今度卒業です」
「あ、そうなんだ。1コ上の先輩ね」
「そうですね」

 ゼミ合宿の現場で果林先輩とそういうことになったんだけど、越野さんの言うように実感がまだ伴ってない。そのうちそういう風に思えるようになってくるんだろうけど、今はまだちょっとよくわからない。

「自分が学生で、相手が社会人になったら生活リズムも変わってくるし、会う時間とるの難しそうだね。高木君就職はどこで考えてる? こっち? 地元?」
「地元も参考程度に見はしますけど、こっちベースで考えてますね」
「ああ、そうなんだ。どんなことに興味があるとか」
「帰省の時とか、今の出荷の仕事で伝票を見てるといろんなところに物が行くんだなあと思って、興味はありますね」
「物流とか、人の流れとか、そんなようなこと?」
「きっとそうなんだと思います」
「ちなみに彼女さんの来春からの仕事って?」
「イベント関係ですね。朝霞先輩と同じ会社に入るそうです。OB訪問で伊東先輩の奥さんと意気投合して、いろいろな話を聞かせてもらった上で決めたそうで」
「おー! 朝霞と宮ちゃん! 何かすっごいやりたい放題やってる無敵のニコイチって話だよな!」
「その辺の話はよく知らないんですけど、そうなんですね」
「朝霞はともかく宮ちゃんがいるなら安心だ!」
「伊東先輩のお弁当を食べたいなーとはよく言ってます」

 社会人になって変わること、変わらないこと、良くなること、そうでもないことなんかを越野さんが教えてくれる。仕事の始めたての時は言われたことに何でも返事をしがちだけど、ちゃんと内容は取捨選択しないと便利屋扱いになるぞ、みたいな話なんかもチラリ。

「さ、今日の出荷量はどうかなー」
「どうですかねー」


end.


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こっしーだから知ってる高崎のプチ情報なんかも。多分こっしーも拳悟から聞いた

(phase3)

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