2023

■年末年始のスピード感

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 すっかり恒例となりつつある、この時期のすき焼き大会だ。塩見さんの家で思う存分肉を食べるための鍋は今年で3回目。当時派遣社員としてウチの会社で働いていた伊東さんと塩見さんの間で話が盛り上がったのがこの会が始まるきっかけだったそうだ。
 社員となってこの会を迎えることになり、俺はここでも塩見さんの助手として働くことになっていた。去年よりもまた少し規模が大きくなっているという話だ。塩見さん主催の鍋。つまり塩見さんがルールで、法。食べたい物を各々が好きなように食べることが求められている。規模が大きくなったなら、お手伝いは必要だよねって。
 とは言え肉とゆで卵が主食の塩見さんと、泣く子も黙る薬味狂の伊東さんが発案の鍋だから、とにかく偏った内容なんだよね。魯山人風のすき焼きって言うらしいんだけど、輪切りのネギが鍋の縁にわーっと立てて並べられた内側に、牛肉がぎゅうっと詰められている。
 塩見さんの温情で白いご飯を食べることを許された俺は、今年も飯を食うならお前が自分で炊けと言われて米をといでいる。塩見さんの家の台所に立つっていうのも変な感じがするけど、働かざる者食うべからずだ。自分が食べるご飯は自分で炊飯器にセットする(って言うか塩見さんの家に炊飯器があるイメージも実はなかった)。

「塩見さーん」
「何だ」
「結局5合炊きでいいですかねー」
「いいんじゃねえか。半分はお前が食うような気もするけどな」
「じゃ5合でいきますねー」
「って言うか聞く前にそのようにもう洗ってんだろ」
「そうなんですけど、一応確認です。最終的に何人来ることになってるんですか?」
「俺、圭佑、お前、越野、内山、それからミヤと、あと知り合いの自動車整備工とバンドマンだから8人か」
「会社の関係の人ばっかりってワケでもないんですねー」
「その辺は成り行きだな」

 塩見さんは顔が広い。仕事の他に、今では解散してしまったそうだけどバンドをやってたし。そういったところでの繋がりもあるそうだし、車やバイクが好きで、そういった物の愛好家の人とも知り合っているとのこと。意外とって言ったら怒られそうだけど、話してみると案外フランクで、立場や年齢の上下に関係なく話題を出すのが上手なんだよね。

「ところで今回お肉って」
「自動車整備工がコヌトコで大量買いしてくるそうだ」
「あー、コヌトコ、1回行ってみたいんですよねー」
「お前はやめといた方がいいぞ」
「えっ、そうなんですか」
「デカいクマのぬいぐるみを買う画が見える」
「テレビで見たことあるんですけど、確かにかわいくて気になってたんですよ。うーん、やっぱり俺は近所のスーパーで割引シールの貼られたお肉を賢く使う路線がいいですかね」

 俺も兄さんも量を食べる方だから、ああいうところでまとめ買いをして~、みたいなことはしょっちゅう考えるんだけどね。本当に必要な物以外のところで目移りして要らない買い物をしてちゃ確かに本末転倒。衝動買いはファミリーセールだけで十分だ。うーん、でもあのクマは本当に気になるんだよなあ。

「一応確認ですけど今回ネギは」
「例によってミヤが自前のを持って来る」
「ですよね」

 泣く子も黙る薬味狂の伊東さんは、自分の家でネギを育ててるらしいんだ。何でも、何年か前の誕生日プレゼントとして義理の妹さんからネギ栽培用のプランターをもらったとかで。義理の妹さん……って言うか、カズの奥さんになるのかな。カズも薬味が好きな印象があるけど、伊東さんを見てるとカズはまだまだ可愛らしいレベルなんだなっていうのが良く分かる。

「ああ、そういや千景、正月のことだけど」
「お正月ですか?」
「何だその反応。千晴君から聞いてねえのか」
「聞いてないですね。あ、もしかしてまた塩見さんと一緒にお正月ですか?」
「今年も例のローストビーフと生ハムが手に入ったそうだから、しこたまやるぞっつって誘われたんだ。もちろん俺も美味いもん持って殴り込むつもりだ」
「そうだったんですね。俺も楽しみだなあ」
「っつーことだから、例によって黒豆食わしてくれ」
「はい。張り切って煮させてもらいますね」
「何だろうな、普段は黒豆なんか食おうっていう気にもならねえのに、お前が煮たのはやたら美味くてつい食っちまうんだよな」
「だからって、普段から食べる物でもないんですよねきっと。お正月だからじゃないですか?」
「だろうとは思う」

 まめに働き、まめに暮らす。おせちの黒豆に掛けられた願いが俺たち兄弟と塩見さんにぴったりだから、これをまず3人で囲むとお正月だなっていう感じがするんだよね。それで新年の号砲を鳴らして、あとは酒池肉林っていう感じでとにかく食べて、飲んでの三箇日。あずさが初詣に誘いに来てくれなかったらそれこそ延々とやってるし。

「すっかり年末ですねえ」
「心配すんな、すぐ年始だ」
「仕事納めもまだなのに」
「すぐ仕事始めだ」
「一応確認ですけど、塩見さんはいつから出勤なんですか?」
「今年は3日から呼ばれてるな、半日だけど」
「えっ、聞いてないですよ! 言ってもらえれば俺も出るのに!」
「つーかバイトじゃねえんだから食い付くな」
「でも、一応表向きの仕事始めは5日からって体じゃないですか。それより前の出勤って休日出勤扱いで手当て的な~……ねえ?」
「はーっ……。あるけど、頭数ばっかあってもしょうがねえだろ。宮さんからは俺だけでいいって言われたんだ。大人しく正月を満喫しとけ」
「えー」
「ぶつくさ言うな。これ以上うるさくするなら炊飯器止めるぞ」


end.


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真宙さんと姉ちゃんの馴れ初め的な話にしたかったはずが、思いがけずオミちー。かわいいのが悪い。

(phase3)

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