2023

■Look up and look ahead

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「そーいやよ、春風」
「何?」
「対策委員の会議に殿を連れてったんだろ。様子はどーよ」
「どうと言われても、至って普通だけど」

 会う人会う人に聞かれる話題なので、最近では説明の仕方も慣れて適度に端折ることも出来るようになってきたけれど、奏多に聞かれると面倒だなという気持ちが少し前面に出てしまいます。希くんに聞けばいいのにという気持ちも少し。
 先月、対策委員の会議には各大学から選出された次期対策委員となる1年生も参加していました。向島大学の代表として私たちは殿を選んだのですが、先輩方曰く、対策委員となるのはその年の中でも存在感のある人が多いとのこと。実際、顔ぶれを見るとそのように思いました。

「さすがに殿の風貌については初心者講習会や夏合宿でみんな慣れたし、今更怖がってる人もいなかったわよ」
「いや、それもちょっとはあるけど会議にはちゃんと参加出来てんのかっつー心配をしてんだよ。そもそもの口数が少ねーしな」
「今は私たちが主体だから、今後のことは想像するしかないのだけど。ここぞというときにはこれという一手を投じてくれると信じてるから」
「つか、対策委員って1年同士でもうコミュニケーション取ったりしてんのか?」
「会話程度なら交わしてるようには見えるけど。自己紹介で殿の番に私たちがアップルパイを作る特訓中なのですよと横槍を入れてしまったけど、それも他の子からすれば会話の糸口になったようだから」
「まあ、正直あの見た目でアップルパイ作ってますって言われたらマジかよってなるわな」
「今は奈々先輩直伝のレシピの他に、アップルカスタードパイにも挑戦してるらしいわよ。上手く出来るようになったらサークルにも持ってきてくれるそうだから、楽しみで楽しみで」

 アップルパイについては師匠の奈々先輩が在学中には一度食べてもらいたいと言っていたので、練習に次ぐ練習という段階でしょうか。ちなみに、試作品は1年生が美味しくいただいているとのこと。正直、私もそれにお呼ばれしたいのですが。
 殿のお菓子作りの話題には、緑ヶ丘のちむりーさんがとても食いついているように思います。同じミキサーですし、緑ヶ丘とはインターフェイス全体の場以外でも交流がありますから、知らない人の多い場ではまず話しやすい相手になるかもしれませんね。

「それで奏多、対策委員のことばかり聞くけど、定例会はどうなのよ。強制連行していったツッツの様子は」
「まーああの感じだわな」
「あの感じ。……あの感じなのね」

 ツッツは強い人見知りで、人の多い場所も苦手ですし、インターフェイスの場では基本的に誰かの影に隠れておどおどしているような感じです。サークルのメンバーや空気には慣れたのか、これがツッツの素なんだなという雰囲気も出てきましたが。
 ただ、殿を除く1年生5人で定例会に必要な能力を持っているのはツッツだと、奏多は彼を現場に強制連行する事を決め、会議に引き擦っていったのです。拒否権などあったものではありません。おそらく、奏多でなければ出来なかったことでしょう。

「ま、最初の1年は慣れる時間だから、ああでいいと思って引き擦ってったんだ。3年になる頃に化けてりゃ成功っつー感じで」
「定例会は長期的な目が必要だものね」
「それな。殿はほぼ完成形だし、対策委員でもまあやれるだろうよ。ツッツは萎縮しっ放しなのが良くねえ。サキちーを見てみろよ、謙虚なのも行き過ぎは良くないっつーのと一緒だ」
「サキさんに関しては徹平くんも基本自分下げなのをよく嘆いているから、わからないでもないけど」
「自信を付けさせたいからっつって、まさかあのビルで棚を作らせるワケにもいかねーしな」
「それはそうだけど」
「ったく。だ~から夏合宿ン時に班を身内で固めて甘やかすなっつったのによ俺は」

 前々から奏多はツッツに対して厳しく接しています。強い人見知りでインターフェイスの場ではどうしましょうかと私たちが考えるのを後目に「そんなモン慣れるしかねーんだ」と言って突き放したり、夏合宿の班が決まった時も「身内が多いと後々不利になるのはツッツなんだから甘やかすな」と私たちに言ってきました。
 ただ、突き放したような言動の裏ではツッツ自身に対する叱咤激励もマメに行っているようです。一見捻くれた可愛がり方ですが、あれはああとしてツッツも何故か理解をしているようで、奏多のことを先輩としてとても慕っているようです。だから定例会への強制連行にも不安ながらも応じたのでしょう。

「ま、現場じゃさっそくサキちーにやられたけどな」
「え、どのように」
「サキちーにあの感じで挨拶したら、「俺のことが怖いなら近寄らなくていいよ。そんなに怯えられると気分が悪いんだけど」っつってなー、これぞサキちー節って感じ?」
「確かにサキさん節と言えばそうなのだけど……。何故か現場を見てもないのに徹平くんがサキさんのフォローをしてツッツに謝っている映像が見える……」
「さすが春風、ご名答。実際そうだったからな。すがやんの慌てふためくこと」
「でしょうね」
「サキちーはそれを真顔で言うから他の奴らもドン引きだし場の空気は凍り付くしよ。しょーがねーから俺がサキちーの毒舌はいつものことですよーっつーポーズをしてだな。んで、エマが陰で言われるより正面切って言われた方がいいだろっつってさらにフォローを入れてだな」

 サキさんは言葉選びが苦手でよくトラブルを起こすと言っていましたが、今の話を聞いてこういうことなのだなと理解しました。恐らく、サキさんがツッツに言ったのも悪意からではないとは思うのです。人見知りであるなら無理に話さなくてもいいですよ、怯えなくていいですよ、というようなことを伝えたかったのだと思うのですが……。
 場を治める上では、定例会議長がサキさんと親交のあるエマさんだというのも良かったのかもしれません。エマさんはいい家の生まれ育ちですが竹を割ったような性格をしているそうで、皆さん口を揃えて「エマはいい奴だ」と言います。サキさんも例外ではありません。お嬢様的な柔らかい言葉の選び方を教えて欲しいとも言っていました。

「まあ、サキさん節にはパロもやられたそうだし、通過儀礼と思ってもらうしかないのかもしれないわね。そもそも、サキさんとはジュンや殿タイプの方が相性はいいだろうから」
「それはそーな。ま、サキちーは俺らの学年のラスボスみたいなモンだ。アイツが挑むには早すぎたな。それも含めて“慣れろ”ってコトなんだけどな。対すがやんに必要なのは言葉や趣味の知識だけど、サキちーには適当なコミュニケーションを取るより仕事を見せるのがいい、的なことも経験から学んでもらわねーと」

 つまり奏多がツッツに積ませたい経験というのは、とにかく顔を上げて、誰にどういう接し方をするのがいいのかを見極めること。確かに荒療治ではあるけれど、その意図をツッツが理解する時が来たとするなら。奏多をいい先輩と呼んでいいのかもしれない。


end.


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定例会の代替わりを経て、サキが早々にいつもの感じでやらかしたらしい。
その後でサキはみんなにわからない程度にちょっとだけしょんぼりしてるといい。
フェーズ3の1年生がまだキャラ立ちしていないので対策委員などの様子はもう少し先。

(phase3)

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