2023

■恩義と距離感

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「シノ、助けてくれ」
「どうしたんだ相棒、急に助けてくれなんて……って、昔のドラマみたくね? 何だよ洗面器とか」
「いや、お前の家の風呂、確か洗面器なかったよなーと思って」
「何にせよ上がれよ、寒かっただろ」

 俺がバイトしてたらどうしてたつもりなんだよ、とシノは呆れたような顔で俺を部屋に招き入れてくれる。確かに夜の時間帯だったらシノがバイトしてる可能性は十二分にあった。何がどうして洗面器等々の入浴用具を持ってシノの家に駆け込んだのかと言うと……。

「風呂が壊れたぁ!?」
「そうなんだよ。急にお湯が出なくなって。他の家族は普通に入れたんだけど、父さんが入ってる最中に急にお湯が止まって。原因もわからないし今日はもう遅いから明日調べてもらうことにはなったんだけど、俺はどうしたモンかなと思って」
「大変だったな。そういうことなら使ってくれよ」
「ありがとう。恩に着る」
「いーってことよ!」

 まあ、俺は学生だし最悪明日の朝、授業前までにどうにかすることも出来なくないのがよかったのかもしれない。豊葦市内にはいくらか銭湯もある。ゼミの先輩たちがよく作業終わったら風呂行くかーと言っているのを聞いたこともある。
 ただ、なまじっか市内に住んでいると、余程の風呂好きでなければスーパー銭湯などには行かないもので、俺はそういう大衆浴場にはあまり足を踏み入れたことがない。エージ先輩みたく衛生観念の都合上苦手とか、そういうことでもないけど、何となく。
 だから今回風呂が壊れて、風呂には入りたいけどどうしようかと考えた時に、銭湯に行くよりも先に「誰に頼るか」という選択になった。パッと思い浮かんだのがシノと彩人。シノがダメならL先輩、彩人がダメなら高木先輩に、という考えも浮かんだけど、最初で受け入れてもらえて本当によかった。

「つかわざわざ洗面器に風呂道具入れてくるとかガチじゃんか」
「風呂道具だし、人によっては貸すのも嫌なものだと思って」
「それこそ相手との関係によらね? お前だったら俺は全然オッケーだけど、っと、あー……でも身内にそーゆーのダメな人がいればそーゆー気を回せちまう奴だよなお前は。自分で言っててエージ先輩の顔出てきたわ。うん、まあ、嫌な人もいる分野だ」
「だろ」

 MBCCではエージ先輩が衛生の分野にかなり厳しいという印象がある。L先輩も綺麗好きで通ってたけど、潔癖とか神経質という印象はあまりない。エージ先輩はみんなから潔癖性だって言われてるけど、本人と高木先輩はこれを否定している。
 高木先輩曰く「俺の部屋に入り浸ってる時点で潔癖ではない」そうだ。それもそれでどうなんだと思うけど、確かに潔癖性の人は綺麗な空間じゃないといられないというイメージはあるし、高木先輩の部屋にもたまに行くけど、エージ先輩がいるからまだマシなんだろうなとは思う。
 余談だけど、部屋のヤバさには種類があるらしい。高木先輩はものぐさでマイペースな生活な上、中途半端に家事をするから水回りが大変なことになるタイプ。一方、自炊頻度が低いから水回りは綺麗だけど、部屋に本などが増えに増えてとっ散らかる朝霞さんタイプというのもある。

「つか、お前も俺ン家にいろいろ置いとけばいーんじゃねーの? それこそエージ先輩て高木先輩ン家に私物めっちゃ置いてるって話じゃん」
「ほら、一応エージ先輩のあれって“一宿一飯の恩義”っていう体じゃん。それがエスカレートしたとは高木先輩から聞いたことがあるけど」
「いっしゅくいっぱん」
「旅の途中で一晩泊めてもらって、食事を振る舞われるってこと。で、その恩を返しますって。高木先輩とエージ先輩の場合は、泊めてもらう代わりに使った食器を洗ったり、洗濯物を畳んだり、みたいな……カタカナで言うとギブ&テイクが成り立ってるって体だよ」
「普段聞いてる話からしたら、エージ先輩が明らかにやり過ぎてる気がするけど」
「ああいう人だから、高木先輩が“ああ”で自分の過ごす空間が“ああ”なのが耐えられなかったんだろうとは」
「あー……」
「とにかく、俺とお前の間にあのレベルの貸し借りみたいな物はないし、部屋に私物を大量に置くのは早いかなと」

 この話を玲那に聞かれていたら、引っ越し直後の段階で自分の食糧として米を置いて行っている奴の言うことではないとツッコまれていることだろう。でも高木先輩とエージ先輩のアレって、俺らは普通に笑って聞いてるけど、多分普通じゃないんだよな。

「つか、現状俺の生活って多分普通だと思うんだよ。あそこまで世話の必要な状態じゃないっつーか」
「まあそうだな」
「じゃあ、あのレベルの一宿一飯の恩義的なアレにはいかなくね?」
「いや、シノはワンチャン病気をする可能性がある」
「あー、夏やったから冬のインフルはならないと思いてー」
「それに、テスト前には何をどうしたって一緒に勉強をすることにはなると思う」
「それは素直に頼むところだな。ヒゲさん圧かけてくるし」
「俺がシノに出来ることはそういうところなんだろうとは」
「別にそーゆーのが無くても相棒やってんだろ」
「それはそうだけど。単純に俺がシノから頼られたい。お前どんどんカッコよくなってくし、そのうち俺なんか要らなくなるんじゃないかと思うと」
「ンなコトあるワケねーだろ! 心配し過ぎだっつーの。ほら、さっさと風呂入って全部流してこい」
「すみません、お借りします」

 ちょっと、柄にもなく不安になってしまった。いくらシノの部屋とは言えこれはさすがにカッコ悪すぎる。

「ああそうだ、忘れるところだった」
「ん?」
「コーヒー牛乳買ってきたんだ。冷蔵庫に入れとくし後で飲んで」
「サンキュ。あ、風呂上がりのコーヒー牛乳的なことか」
「的な。この部屋にちなんでちゃんと雪印のヤツだし」
「おー、高崎先輩のヤツ! 懐かしー!」


end.


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シノの部屋での陸さんは普段よりちょっと情けなさが増す
後輩たちの中でもやっぱりエイジはああだしTKGもああだし高崎先輩はコーヒー牛乳。

(phase3)

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