2023

■傷心の詫びバーグ

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「ちょっとごちゃっとしてる家だけど、上がってー」
「おじゃましまーす」

 会社が閑散期だなと実感するのは、3時半で上がっても許される空気感が広がってきた時だ。ウチの会社は、よっぽど暇な時は3時半で上がっていいことになっている。3時半上がり2回で0.5日分の有給消化という計算になるそうだ。
 明日は休みだし、たまには3時半上がりでパーッとやろうということで俺、長岡、そして内山の3人で大石の家にお邪魔してメシを食うことになった。店だと金もまあまあかかるしいろいろ気兼ねすることもある。家の方が大石もめんどくさくないと言うのでお言葉に甘えた形だ。

「じゃ、さっそく準備しよっか」
「料理はお前に頼むわー」
「あはは。みんなはお客さんだしくつろいでもらってて大丈夫だよ」
「大石さんて普段から料理してるんですか?」
「そうだね。小学生の頃から家事は一通り。ってか2人暮らしだと自分でやんなきゃ生活が回んないから。家庭環境に揉まれた感じ」
「アタシご飯とか家のことってほぼお母さんがやってくれてるんで、小学生の頃からやってるとか大石さんホント尊敬です。いずれは自分でも出来るようにならないとなーとは思うんですけど」
「言って内山さんて今19とかでしょ? お母さんのお世話になってるのも普通だと思うけどなあ。実家暮らしの大学1年生って見ればね」
「おーい、俺と長岡に対する嫌味かー」
「そーだそーだー」
「ちょっとアタシ大石さんの助手します。料理のこととか見て学ばないと」
「あっ、それじゃあよろしくー」

 俺と長岡は両親が健在な実家暮らしだからメシの心配はほぼしなくていいし、たまーに遅くなったときに洗濯機を自分で回す程度で家のことなんかはほぼノータッチっていう勢だ。繁忙期の働き方を見た上で、あんだけ働いた後だの前だのに家事までやってる大石はヤバい。
 大石の隣で調理助手を始めた内山の手つきを俺と長岡は冷や冷やしながら見ている。普段あまりやってないんだろう。たまにちょっと危なっかしい感じがある。いや、多分俺よりは普通に出来てるとは思うけど。先に大石を見てしまったから、対比で下手に見えただけだ。

「ねえねえ越野」
「んー?」
「高沢さんて具体的にいつ頃結婚するの? 同棲はしてるって話だったじゃない」
「あー、結局来年の5月頃って聞いた。ウチの会社の繁忙期を抜けて、6月7月くらいの2人ともがヒマな時に新婚旅行に行けたらいいなーみたいなことは話してるらしい」
「6月7月なら確かに旅行に行きやすいね」
「あー、俺も結婚してー!」
「お前はその前に彼女作るところからだろ」
「越野君!? 自分が余裕だからって!」
「そう言えば、越野の彼女さんて高沢さんの妹さんって話じゃない」
「そうだな」
「彼女さんて何してる人なの? 仕事とか」
「ああ、フリーのアナウンサー」
「アナウンサー!?」

 俺には彼女がいて、その彼女が圭佑君の妹であるというところまでは会社でも話してはいた。ただ、職業がどうしたとか、そういう細かいところまでは話してなかったから全員が驚いたような声を揃えた。圭佑君もその辺りは言ってないみたいだし。驚くのはまあ、一般企業とかじゃねーもんなあ。

「えっ、越野さんの彼女さん、テレビとかに出てるってことですか!?」
「アナウンサーっつっても駆け出しのフリーだから、イベントMCだとかちょっとしたレポーターの仕事が主かな今は」
「でもやってるんじゃないですか! フリーのアナウンサーでちゃんとテレビに出てるってことは絶対可愛いですよね! そう言えば高沢さんも、メガネのフレームの印象強いですけど実際結構目鼻立ちがはっきりしてて、しっかり二重なんですよね」
「つかウッチーめっちゃぐいっぐい来るじゃん」
「だって越野さんの恋愛事情とか気になりすぎない!?」
「まあ気になるけど」
「彼女さんに対してどんな風なんですか? さすがに会社で大石さんに対するみたいにガーガー言ってばっかりってこともないですよね?」
「内山、俺を何だと思ってんだ。つか俺がガーガー言ってんのはコイツがだらしないコトやってる時だけだ」
「いーや、越野君は俺にもガーガー言うね」
「いつ言ったよ」
「こないだ後で分けようと思ってた混載のケースそのままポンとパレットの上に置いといたら「正しい在庫わかんなくなるからさっさと正しいロケーションに入れろ」って怒られましたー」
「それは自業自得だと思うよ長岡君」
「うん。人のことは言えないけど越野が正しいかなあ」
「あーうん、お前は言うな。より悪質だ」
「でも! 普段はすぐやってるの! たまたまなの!」
「それは知ってるよ。社内でも指折りのマメさで通ってるし」

 それなのにあんまりだと長岡が泣き真似を始めた。多分会社でここまではっちゃけた様子のコイツを見たことがない。同期しかいない空間だからこそちょっと砕けているんだろう。それは長岡に限らず全員に言えることだ。

「大石さんて混載ケースとかも棚への入庫が面倒だなーって思ったらケースの中で何となく入庫しましたって風に見せかけますよね? ちゃんと大きくカラーとかサイズとか箱に書いてもらってるんでギリギリわかりますけど、たまに仕分け切れてない束とか出てくるんでおつかいの時とか大変で。あと人材さんには優しくないですよね」
「うっ、すみません。シーズン用の小物とかだとある程度バサッと出てから棚に入れたいなーと思っちゃって、ちゃんとした入庫はサボりがちですすみません」
「いやーウッチー、B棟2階の仕事は俺らが思ってる以上に細かくて複雑だよ」
「それもわかるんだけど、返品で戻ってきたすっごい古い1枚だけのシャツとか、表書きも何もない状態でポンと棚の上に置いてあったら通販の在庫調査の時に延々と探すようなことが始まるの!」
「でもたった1枚のために表書きするのも面倒だよ」
「とか言いながら長岡君はちゃんとやってるじゃん」
「吊り札の文字よりデカく書けばいいかなって感覚だからちゃんとはしてない」
「実際ありがたいよ。B棟はそもそもが狭くて暗いことが多いから吊り札の文字が見辛いんだよ。だからA棟よりも表書きの重要性が高いの」
「でも大石君の仕事量を見てたらそこまで求めるのは酷だよ」
「だから言いにくいの! 仕事量が多くて優しい人にこれ以上細かいこと頼み辛いじゃん」
「それはわかるけど」
「それこそ大石さんに強く出れるのなんて塩見さんか越野さんくらいなんだよ」

 長岡と内山が言い合っているのをよそに、流れ弾でダメージを食らっているのは大石だ。今の話を要約すると「大石が手を抜いてるのが原因で内山の仕事にちょっと支障が出ている」ということだ。こんな言い合いも社内では聞いたことがない。大石、事務方の声を聞いてちょっとは反省しろ。

「内山さん、何か好きなものとかあったら言ってね。作れそうだったら作るし」
「えっいいんですか? アタシハンバーグ好きです」
「いいね。確か挽き肉はあったと思うし、作るよ。いつもごめんね」
「今日までの分はハンバーグでチャラですよ。来週からはまた別件ってことで。時間があればでいいんで、奥の棚のところの整理もお願いしますね」
「はい、わかりました」
「……長岡」
「何?」
「山田さんの予言が現実に向かっている」
「え? 山田さんの予言?」
「ゆくゆくは内山が俺ら3人を牛耳って尻に敷くようになる、的な内容だ」
「大石君が早々に落ちたもんなあ、ゼロじゃない」
「俺たちは内山にダメ出しされないように頑張るぞ」
「そうだね」

 大石の詫びハンバーグをしっかり噛みしめて、また来週から仕事を頑張ろう。同期内での切磋琢磨だ。


end.


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ウッチーがなかなかグイグイ来るようになったなあ。同期たちに慣れてきたのか
最近はちーちゃんがへっぽことして書かれがちなので、この期のスーパーエースなところもそろそろ見たい

(phase3)

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