2023

■There you go.

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「いいかお前ら、命が惜しけりゃアレの件には触れるな。誰も止められなくなるぞ」
「了解っす」

 希くんも私も、いつになく真剣な面持ちで話す奏多の話をしっかりと聞いて、どういった話題や単語を避けるべきかを改めて確認します。
 大学祭が終わってサークルの実権は奈々先輩から私たち2年生へと移りました。代表という役職を敢えて設けることはせず、アナウンス部長の希くん、機材部長の奏多、そして会計の私の三竦み的な感じで上手いことやって行ってほしい、とは奈々先輩が仰っていました。ちなみにいろはは書記の役職に就きました。
 とは言えそういった役職とは関係なしに、この話題を持ち出せるのは奏多なのです。今年の春、野球の世界大会がありました。そこからほんの少し、軽く、ライトに野球を見始めた奏多だからこそ、どういったことに気を付けるべきかがわかるのです。今気を付けるべきは、代替わりで肩の軽くなった奈々先輩のテンションの反発です。

「単純に野球の話を振らなきゃ大丈夫な感じかな?」
「いーや、あの人のことだからここがどんな空気でも自分から話を持って来る可能性が高い」
「でも、私は野球の話はほとんどわからないわよ」
「ああ、お前はそれでいい。俺だとか、中途半端に齧った奴がターゲッティングされるだろうから、無知な奴はそのままカマトトぶっといてくれ」

 奈々先輩はストライプ・サンダースというプロ野球チームのファンで、サンダースの勝敗が翌日の機嫌にまあまあ反映されるタイプの人です。そして今年はサンダースが頂点に立ってプロ野球の全日程が終了しました。スマホにサンダース優勝の通知が入ってくると、MMPの人はみんな奈々先輩の顔を思い浮かべたのです。
 つまり、まあ、そういうことなので、奈々先輩はきっと物凄くテンション高らかにサークル室にやって来ると思われます。そしてその話を振ってしまったが最後、その話だけでサークルが終わりかねない。そういう心配をしているのです。これまではサークルの代表という立場があったので本人曰く少々控えめにしていたそうですが、代替わりをした後はどうなると。

「気を付けるのは“アレ”とかの指示語だな。それから、何年振り何回目。こういう言葉も危ない。次のマジック143が点灯した、とかいう直接的なのはもちろんアウトだ」
「こうなると、やっぱ真面目にサークルやってますって雰囲気を出して口を挟ませないのがベストになってくんのかな」
「まあそれが現実的だわな。実際年末特番の話し合いなんかはしなきゃいけないワケだし、インターフェイス関係の代替わりの話もあるだろ。案外寄り道してるヒマはなさそうだな」
「ではそういう方向性で行きましょう。私たちが今日話すべきは先のことです」

 普段であれば、奈々先輩のお喋りもとても楽しいのですが、如何せん野球の話となると。熱過ぎて温度差でどうにかなってしまいそうになるので、サークル全体で空気を整えて行くことを確認することになるのです。本当に、こういう時には奏多の存在感がとても大きくなるなあと思います。本来の、頼れる先輩感が出て来ると言うか。

「みんなおはよーッ」
「おはようございます」

 殿と一緒にやってきた奈々先輩の出で立ちに、私たちは今の今までしていた確認がとても大事な話し合いだったと実感するのです。奈々先輩が着ている黄色いストライプ柄のシャツが、今日はご機嫌なのだなあと私たちに伝えます。服でアピールしてくることまではさすがの奏多も想定していなかったのか、「そうきたか」と呟きます。

「そーだみんな、大学祭も終わって一段落したしうちも個人的にウキウキしてるから、アップルパイ焼いてきたんだーッ、食べてねーッ」
「わあ、ありがとうございます! さっそく切り分けてもいいでしょうか?」
「うん、やっちゃって。紙皿はいつものところにまだあったと思うし」
「春風、箸とかフォーク系もまだあったか?」
「ええと……ちょっと待って」

 以前は床に直置きしてあった資材系の箱の中に使い捨ての食器類が保管してあったのですが、収納班がこれらの所定の位置を作ってくれたので今ある数もわかりやすくなりましたし、何より衛生的に保管出来るようになりました。今いる人数分の紙皿と、箸またはフォークなどを引き出しから取り出します。

「奈々先輩のアップルパイってマジで美味いんだよなー。めっちゃ嬉しいっす」
「そう言ってもらえるとうちも焼き甲斐があるよ」
「確かに奈々さんのアップルパイは美味いけど、いつでも食えるワケじゃねーんだぞかっすー。3年生はもう引退なんだ、食いたいときに奈々さんは無し。これが現実味を帯びてんだ」
「あ、これうちめっちゃわかるッ」
「アンタが共感するトコなんすか」
「うちが1年の頃はよくカレーパーティーをやってたんだよね。菜月先輩の作るカレーがホンットに美味しくて! でも食べたいときに菜月先輩は無しなんだよーッ! あ~ッ! そんな話してたら菜月先輩のカレーが食べたくなってきたッ! 菜月せんぱ~い、神~」
「じゃあ俺去年菜月先輩のカレーうどん食えたのやっぱ超ラッキーだったっつーコトっすよね」
「そうだね、カノンとすがやんはホントにツイてた」

 そう考えると、このアップルパイも大事に味わって食べなければなりませんね。今はまだ3年生ですからあと1年あるとも考えられますが、そういつもいつもお願いするわけにもいきませんからね。私も奈々先輩のアップルパイはとても大好きなので、食べられなくなると思うととても悲しいです。

「……奈々先輩」
「どーしたの、殿」
「良ければ、アップルパイの作り方を、教えてください。自分も作れるかどうか、試してみたいです」
「おーっ、殿! 奈々先輩の味を受け継いでくれーっ!」
「私からもお願いします! ぜひ! 殿もお菓子作りを!」
「しょーがないッ! ご機嫌な奈々さんが一肌脱ぎましょうッ! えっと、ちゃんとしたレシピは次のサークルの時に持って来るのでいい?」
「ありがとうございます」
「あ。殿、嬉しそうですね」
「楽しみです」
「それじゃ、食いながら話し合うところは話し合うぞー。春風、大学祭終了時点での会計報告ってもう出来る感じか?」
「奏多、食べてからではダメなの? 食べながら真面目な話をするのは難しいのだけど」


end.


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書きながら話が脱線するのはいつものこと。奈々のアレがああしてああなところは控えめ
本当は自分事として日シリ(ナノスパ内名称忘れた)を見るのは胃がチクチクする的なこととかもやるはずだった

(phase3)

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