2023

■次が始まる

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「高木、おもんねーってのがあからさまに顔に出てるじゃん?」
「そうかな」
「お前との付き合いも2年経ったし、多少はわかるようになってきた」

 緑ヶ丘大学のホームページや大学パンフレットにも写真が載るような施設であるラジオブースは、社会学部メディア文化学科佐藤久ゼミの体験型学習施設だ。ここでは主に昼休みの時間帯に30分間のラジオ番組を曜日ごとのテーマで放送している。
 今、このブースの機材を一番フルに扱えるのはMBCCの機材部長を勤める高木で、コイツがミキサーを担当しているとブースの外で番組を聞いていても音の聞こえ方が物理的に違うのがわかる。下手な奴だと音量バランスとかが悪くて雑音にしかなってないっていう日もあるくらいだ。
 最近ではその高木が番組後、何かを考えているような表情をすることが増えた。基本はのほほんとした奴だけど、ラジオに関してはゼミのエースと称されるだけあって考え方もガチだ。今のコイツが浮かべているのはいい意味の表情じゃねーなっていうのは何となく察する。

「ゼミの番組は俺がどうこうする部分っていうのが少ないからね」
「まあ、構成がガチガチに決まりきってるし、シノとかがよく言うお前の得意なことや凄さみたいなモンは出にくい場所ではあるじゃんな」
「それを抜きにしても、これはどこに向けた番組なのかな、みたいなことを最近はもっと思うようになったよ」
「そういや、FMにしうみだっけ? そこのラジオ局の番組の話がどうしたこうしたみたいな話もあったんだったか」

 夏頃に聞いた話では、星港の西側にある西海市というところのコミュニティラジオ局で新たに学生番組を始めようという話になっている、とのことだった。ヒゲさんが鼻息を荒くして、これは我が佐藤ゼミでやらないと恥だよとか何とかと。
 佐藤ゼミの他に声がかかっていたのは高木たちMBCCも加盟しているインターフェイスという団体で、事実上この2つの団体で1時間の番組の枠を分け合うのか奪い合うのか、という感じになっていたそうだ。ヒゲさん的には奪う気マンマンだったようだけど。

「ウチの後輩がFMにしうみでバイトしててさ、局の偉い人と内密に話をさせてもらってたんだよね」
「マジか。初耳じゃん?」
「基本的に内緒の話だからね。俺は佐藤ゼミの代表としてゼミラジオの実状みたいなことを伝えさせてもらったんだけどね」
「どう伝えたんだ?」
「どう伝えたと思う?」
「お前の顔の通りの内容じゃん? 少なくともいい内容ではなさそうじゃんな」
「そうだね。大学の中でやっててもこれだよ。より広い範囲、例えば市町村に佐藤ゼミの番組の聴取対象を広げていいのかって考えたときに、俺は絶対にダメだと思った」

 高木は佐藤ゼミのラジオを見限っていると思った。それは今のコイツの語り方だけじゃなくて、番組を終えた後の様子から総合した俺の感想だ。大学の中でやっていてもこれ。“これ”という言葉にかかる意味は、多分俺が思うよりデカくて、深くて、悪い。
 前のコイツは番組後にそれとなく改善点なんかをMCに伝えていたと思うけど、最近ではそれも無くなった気がする。余程でない限りはミキサーも惰性で触っているように見える。それでもやることはやっているし、表情や態度の些細な変化に気付く人間は少ないから、いつも通りだと思われている。

「鵠さん、ゼミの番組を正直どう思う?」
「日にもよるけどひでーなって思うときはある。音の聞こえ方にしてもそうだし、話の内容にしても。どっちもひでーのが重なった日には、あ、終わったなこれ。的な。バイト柄ゼミとMBCCどっちも聞くけど、MBCCのレベルを知ってたらゼミの番組は正直聞けたモンじゃないじゃん? それこそ千葉ちゃんがMCでお前がミキサーを触ってない限りな」
「そっか」
「学祭の準備のこととかでほらアイツ、2年の店長の下梨と話す機会があったんだけど」
「ああ、あの子ね」
「アイツ千葉ちゃんのファンらしくて、ゼミラジオの千葉ちゃんの回はカレンダーチェックして絶対聴きに行ってるっつってたんだよ」
「へえ、そうなんだ。ファンがいるとかさすが果林先輩だね」
「明らかに一番上手いのに何で千葉先輩の日がこんなに少ないんだっつってキレててよ。まあ、俺はそれに本人の都合だとか、千葉ちゃんはヒゲさん嫌いだしみたいな感じで適当~にお茶を濁してたんだけども、実際あのラジオで番組やれるのって匙加減ひとつじゃんな、ヒゲさんの」
「そんなことやってるからいつまで経ってもああなんだよ」

 高木によれば、今の2年を選抜するとき、落選したことに抗議しにきた奴が「この程度のラジオ」というようなことを言っていたらしい。実質無競争当選のMBCCの奴がいる割にはレベルが低い、と。実際ゼミのラジオにMBCCの奴は言うほど関わっていないように俺には見える。
 ミキサーという点で言えば高木の影響力は強い。だけどラジオ番組である以上、内容に置かれる比重もデカいはずだ。それこそ曜日ごとに違うテーマを設けるくらいだ、その曜日のテーマをきちんと語れるMCの出来が番組の出来自体を左右する。
 前々から高木が言っているのは、ミキサーだけじゃなくてMCこそ質を重視するべきだということだ。いつ、どこにいる誰を対象にした番組で、仮にゲストを呼んだのであればそのゲストの話を引き出す術も磨かなければならない。
 ゲストをないがしろにし、自分の好きなことだけを早口で一方的に語り、挙げ句自分の意見と合わない人間を排除するようなことを言っているMCの番組なんか誰が聞くんだと。多分高木はそういう奴相手のミキサーを、番組を諦めたんだ。

「鵠さん、俺がFMにしうみの人と内通してた話、他の人には絶対に内緒にしといてね」
「ああ、大丈夫だ。つか、もしそれがバレてヒゲさんがブチ切れたとしても、あの人が普段言ってる佐藤ゼミの威厳? みてーなモンを守ったのはお前だって、俺は腹ン中で笑っとくじゃん? お前はあんな番組を、ガチな公共の電波に乗せることを阻止したんだからな。俺はお前の味方だ、安心しろ」
「ありがとう。正直ホッとしたし、話せて楽になった」
「おーおー、よかったじゃんな」

 今はコイツも諦めたようなことを言っているけど、この後にはまだ希望が続いていることもきちんとわかっている。つーか「ササとシノがどれだけやれるかなんだよね」が最近の口癖みたいになってるじゃんな。ま、実際そうなんだろうけど。

「メシでも行くか? 第1学食だったらちょっと安くしてやれるけど」
「えっ、行く。何食べよう、ハンバーグとか食べても大丈夫?」
「食え食え」
「ごはんつけていい?」
「つけろつけろ」
「豚汁は?」
「良い機会だ、どんどん食え」


end.


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ゼミラジオを憂慮するタカ鵠のお話。FMにしうみとの内通の結果。まあまあ悪いことを言ったんやろなっていう
ゼミ関係の時は割と現実的で辛辣なTKG節的な物が出るけど、それが態度にもうっすら出始めた頃。
何だかんだサークル外では鵠さんの存在が大きいらしい

(phase3)

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