2023

■繁忙期午後7時半の事務所

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 向西倉庫は盆過ぎくらいから繁忙期に入っていて、ここから10月、11月くらいまではずっと忙しいそうだ。8月は棚卸に向けた忙しさがあって、9月はウチの会社で扱っている製品の販売元が中間決算ということで、出荷がとにかく増えに増えるからなと脅された。
 入社してから5カ月程が経った。現場作業を担当することになって、A棟2階というところに配属されて製品の在庫管理や出入庫作業に当たっている。主にここを担当しているのは畠山さんという人で、俺はその人にいろいろ教えてもらいながら経験を積んでいるところだ。
 今の時刻は7時前。定時は5時半だから1時間半くらいの残業になっている。今日は早出がなかったから良かったけど、朝の7時半からトラックが運んできた大量の製品を降ろす作業が入るとメチャクチャ疲れるんだよなあ。
 とりあえず7時までは明日の出荷に使う箱を作ったり、今日の出荷で空になった製品の補充をする。出荷が終わってもすぐに帰れるワケじゃない。パートさんは各々の定時で帰っていくし、人材派遣の人もみんながみんな残業をしていくとは限らないから自分でやらないと。

「ふー……。今何時~……って! 7時半じゃん!」

 1人で黙々と作業してると時間の経過がわかんなくなるんだよな。壁に時計はかかってるけど、頻繁に見るような物でもないから。まあ、30分くらいは許容範囲か。今日の出荷で荒れた環境を整えとかないと明日の出荷に影響が出るし。
 まあいいや、一段落したし帰ろ。社員の人だってもうほとんど帰っちまったんだろうな、フォークリフトが走ってる音は聞こえるから誰かいるんだろうけど。つーかみんなの作業が終わらないと戸締りも出来ないみたいだし。

「お疲れ様でーす」

 静まり返った事務所に入って目をやるのは、出退勤管理も兼ねる磁石。名前の書いてあるそれが赤色の面になっていればいる、白になっていればいないという意味だ。うん、さすがに白い。でも何人かは赤い。

「……大石君と越野君もまだやってんのか」

 彼らは出荷作業にはいなかったから、朝から本当にずーっと新倉庫の作業をやってたんだろうな。荷下ろしの量次第では本当に1日かかって片付けをしなきゃいけなくなるみたいだから。台風とかサイバー攻撃とか、荷下ろしが予定通りに行かなくなる原因はいくらでもある。

「あれ、長岡君?」
「ウッチー。いたんだ?」
「下でケース物に伝票貼ったりポット打ったり。今はデータ取り込みにきたんだよ。長岡君は? 上の作業やってたの?」
「うん。在庫補充とケース作りやってたら誰もいなくなっちゃってた」
「畠山さんも7時ごろに帰っていったもんね」
「あー……やっぱり」

 そんな話をしながら彼女はハンディ端末をスタンドに立てて、データを吸い上げていく。内山さんも今年入社の同期で、事務を担当している。高卒だから歳は4コ下で、まだちょっとあどけない。社員の中で一番若いから、いろいろな人に可愛がられている感じがある。

「ウッチーは何で残業してたの?」
「何でって、仕事が終わってないからでしょ?」
「あ、いや。事務の人って割とみんなすぐ帰ってく印象があるから。ウッチーも無理しなくていいのになーって」
「家の仕事をしなきゃいけない人は仕方ないよ。アタシは別に無理じゃないし」
「偉いなあ」
「アタシこのデータ取り込んで漏れがなかったらもう終わっていいよって言われたんだけど、新倉庫はまだやってるみたくて。これからご飯食べてまだやるって言ってたよ」
「マジで!? うわー……想像も絶するな」

 ピーと音がして、内山さんはパソコンをカタカタと操作する。出荷が終わるとこうやって事務の人が出荷データの確認をして、間違った物やチェック漏れがあると現場に教えてくれる。漏れなし、と指差し確認をする様子は元気でとてもいい。

「大石さんとか越野さんて、同期なんだけど同期っぽくないなって思っちゃうんだよね」
「そう? でも、歳の関係ではないよね?」
「うん。仕事の上でね。アタシはまだ駆け出しだしほとんど事務の仕事しかしてないけど、大石さんて凄い仕事に慣れてるから現場のことなら何聞いてもしっかり教えてくれるし」
「まあ、大石君は実質5年目だもん。元々いる社員の人も結構頼り切ってる感じするよ」
「越野さんは事務の仕事も現場の仕事もして、いつ休んでるんだろって感じがする。アタシにもよくWMSのデータの使い方とか教えてくれるんだけど、あの人は本当に同期のはずなのに全然違うなあって思って」
「現場のことはともかく、事務のことは高沢さんに聞けるじゃん彼。幼馴染みで実質的義弟だから聞くハードルが低いって言うか」
「高沢さん以外の人ともすっごくコミュニケーション取るの上手だし、実際に体も動くから信頼を勝ち得てるっていう感じはある」
「ああ、確かに。俺から見てもあの2人は特別だと思うよ」
「長岡君もそういうこと思うんだ」
「でも、それが僻みだとか、妬みには繋がらないんだよね。同期は同期なんだけど、みんな同じ仕事してるワケでもないし。俺にしか出来ないこともあるはずだからね」
「そうだねえ。お盆過ぎて忙しくなっても長岡君がA棟のことやっててくれるから他の人は出荷終わりの時間に自分の持ち場をほんのちょっとだけでも片付けられるって聞いたよ」
「でも、大石君は最近ずっと新倉庫の仕事やってるから、B棟2階は昼の出荷が終わったまんま綺麗にはなってないんだよね。それをやる時間が与えられないのはちょっとかわいそうだなって」
「長岡君はマメだからねえ」

 内山さんによれば、事務所での俺の評価は“マメ”らしい。如何せん主にA棟2階を担当するハタケさんという人が良くも悪くもいい加減だから、悪い意味でいい加減なところを俺が補完しなければならない、という感じで日々の仕事は回っている。
 確かに繁忙期のときには毎日毎日丁寧な仕事なんか出来なくなるのはみんなもわかってるし、それはそういうものとして了承してもらえる。明日使うカートンだって明日来た人が作りながら仕事を始めればいいと最初に聞いていた。だけど俺はきっちりしておきたかった。

「そうやって事務所で言われてる話を聞かされるの、怖いなあ」
「心配しなくても悪いことなんて言われてないのに。よし。片付けおしまい」
「あー、腹減ったー。早いトコ帰んないと」
「はい長岡君」
「ありがと」

 内山さんが渡してくれたキットカットには油性ペンで「お疲れさま!」と書かれていて、同じ物が大石君と越野君の席にも置かれている。まだまだチョコレートのお菓子は食べにくい季節だから、事務所様様だ。

「うまっ。しみるー」
「おいしいよね。さ、帰ろう」
「そうだね。新倉庫の人たちには悪いけど」

 名前の書かれたマグネットを2人分、白の面にして事務所を後にする。新倉庫に繋がる通路には、まだまだ仕事が続いているのが窺える。……申し訳ないけど、帰ります!

「はー、疲れたぁー! おっ、長岡、内山、帰んの?」
「うん。ゴメンけど帰るわー」
「おー、お疲れー」
「越野さん今からご飯ですよね」
「そーなんだよ。今日は10時までだって。あ、お前らはさっさと帰って明日に備えた方がいいぞ。大石みたいなフィジカルエリートならともかく」
「大石君は?」
「下で所長の仕事してる。アイツマジバケモンだわ。10時まで残業って聞いた瞬間「10時までしかやらないの」的なリアクションしやがる。日付跨ぐのが普通だった時代を経験してる奴は面構えからして違うぜ。あっ悪い、お前ら帰るんだもんな。お疲れー」
「お疲れー」
「お疲れさまでーす」

 越野君の話の中にあった大石君の様子は映像で想像できるから、彼はやっぱり経験の差が段違いだ。職歴は先輩だけど社員としては同期だからいろいろ仕事の上では突っ込んだ話がしやすかったりはするんだけど。

「大石さんていつもにこにこしてるけど、しんどいことってないのかなあ」
「どうだろ」
「おう長岡、内山。帰んのか」
「あっ、塩見さん。お疲れさまです」
「お疲れさまです」
「内山、ポットの打ち漏れはなかったか?」
「はい、ありませんでした」
「良し、サンキューな。お前らもお疲れさん。これやるよ」

 塩見さんから投げ渡されたのは、ブドウ糖だ。これは今食べるよりも、明日の切り札にした方がいいかもしれない。

「気を付けて帰れよ」
「はい。ありがとうございます」
「お先に失礼します」
「……ブドウ糖だね。塩分とかじゃないんだ」
「ブドウ糖だね。現場の仕事でも頭は使わなきゃいけないからってことかなあ」
「塩見さんは特にいろいろ考えながらやってる印象がある」

 細い通路を抜けて、外に出る。駐車場には所長と主任、それから新倉庫で仕事をする3人の車が残っている。

「それじゃあお疲れー」
「お疲れでーす」


end.


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向西倉庫の一幕。とうとう主要3人すらいなくなったし長岡君とまさかの新キャラで。
塩見さんは塩なら塩、ブドウ糖ならブドウ糖でシンプルな機能を根拠にタブレットなどを選んでそう

(phase3)

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