2023

■3人寄れば死亡率も下がる

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「えーっと、気温42.5度、湿度65%。湿度も朝よりは下がったけど、まだ危ないかなあ」

 出荷が少ない日だと、1日まるっと庫内整理にかかりっきりになることも多いかな。返品入庫の仕事もあるけど、あんまり暑すぎる日はB棟2階の奥に籠もりっきりになると真面目に生死に関わるから、その時の温度と湿度(現場に置いてる時計でチェックできる)に相談して決行するか中止するかを決めることにした。
 倉庫の品物を管理するシステムで、いつの返品がいつ、誰の端末で入庫されたかというのも記録されるそうなんだけど、そのチェックを任された越野にこれこれこういう……と事情を説明すると「お前んトコの数字が溜まってても3、4日分くらいなら見逃すし、最悪自分が援軍に行くからまとめて倒すぞ」という形で了承してもらった。
 如何せん40度超えが当たり前になる環境だと、返品入庫の仕事が溜まってたとしてもパートさんたちはなかなか来てくれない。それよりは涼しい作業小屋で返品再生の仕事をしたい気持ちは俺もよーくわかる。今の季節に返ってくるのは大体がダウンだし。そこまで細かい物でもないからその気になればパパッと戻せるんだけど、触る気にもならないと言うか。

「大石くーん」
「はーい。ああ、長岡君。どうしたの?」
「入庫のことでちょっと相談があるんだけど、聞いてもらっていい?」
「うん。いいよ。どんな話?」

 長岡君は今年入社の同期で、A棟2階の仕事をしている。畠山さんの助手とか補佐っていう形になるのかな。ただ、畠山さんが結構大らかと言うか良くも悪くもいい加減なところのある人だから、簡単な指導だけして長岡君に仕事を一任、なんてことも結構あるみたくって。それでわからないことがあったり相談事があるとこうして俺のところに来るようになったんだよね。

「この品番、8パレット分くらいかな。8月中頃納期のヤツ。それを今から上げておきたいんだけど、この辺あんまり場所がなくて」
「うーん。確かにロケーション的には厳しそうだね」
「それで、もし良ければ一時的にB棟の方で仮登録させてもらっていいかな?」
「うん、大丈夫だよ。こっちはもうしばらく大きな入庫はないし、2本目の柱くらいまでのスペースは使ってくれて大丈夫だよ」
「ありがとう! この品番、番号順的に入れるんならちょうどA棟とB棟の境目くらいかなーと思ってたんだけど、まだ先の物が無くならなくて場所を詰められないんだよ」
「うんうん、あるあるだね」
「一応どんな風に片付けるかっていう指示はハタケさんからもらってるからそのようにすればいいんだけど、出来なくてさ。早く出てってくれないかなあ」
「でも、ファミリーセールの出荷で古い物はまあまあ出たよね?」
「そうは言っても古い物が取ってるスペースなんて高が知れてるよ」
「そっか、A棟だとそうなるよね」
「あ、こっちに置かせてもらう物はもちろん少しずつA棟に引っ張るんで、しばらくの間だけはよろしくお願いします」
「うん。9月過ぎまでには引っ張ってもらえると助かります」

 A棟とB棟では扱う物や出荷の仕方が違うんだけど、それを加味した上での場所の都合という物も出て来たりして。カレンダーと睨み合いながら、場所の融通が利くのはいつまでですよと牽制することも時には必要になる。A棟2階は扱う品数が圧倒的に多い分、他の場所にはみ出しがちだ。だけど、それを許してばかりいてもこっちの仕事が立ち行かなくなっちゃうからね。

「おーい、大石ー」
「あっ、越野。どうしたの?」
「どうしたじゃねー。さすがにそろそろ返品入庫も溜め過ぎだ。誤魔化せなくなってきてるから行けそうならそっち優先してくれ」
「大石君、返品どれだけ溜めてるの?」
「4、5日分くらいかなあ……」
「4、5日分!?」
「長岡、奥の棚手前にプラパレが無限に生えてるだろ」
「うん。何パレットあるかわかんないね」
「あれ全部この1週間の間に返って来たモンだ。ほぼダウンだから触んのも熱いだろうな」

 越野が多少は見逃して、誤魔化してくれるというのに甘えすぎたのは認めざるを得ない。でもやっぱり、1人だとあの奥に行く勇気はなかった。1日当たり6、7パレット分は平気でダウンが戻ってくると、どうにもこうにもやる気が削がれると言うか。戻そうと思えば戻せるんだけど、そう思うまでが長いんだよね。

「うわ~……大変だね」
「うわーじゃねー。長岡、お前もあれ処理すんの手伝え」
「えっ、俺も!?」
「俺もあれを倒しに来たんだ。3人でやればちょっとは早いだろ。声を掛け合えば死亡率も下がる」
「死亡率とか物騒な単語出すなよー!」
「大体今だってこっちで大石と喋ってんだからある程度余裕なんだろ。実際下でハタケさん言ってたぞ、今日は急ぎの仕事はもうないって。大石のヘルプなら長岡も使っていいって許可はもらってんぞ」
「うっ」
「長岡君、もしこの返品入庫を手伝ってくれたら、柱2本のところを3本分使っていいよ」
「うわっ! 柱1本分とかパレット換算で8~10枚分でしょ!? 強い~、大石君の取引のカードが強すぎる~」

 庫内整理の仕事に必要なのはスペース。特に、パレット規模の大移動の多いA棟2階の仕事では。土地の権利を駆け引きの材料にして、その日の仕事をスムーズにこなすことも手段として考えなきゃいけないんだろうね。これからは俺もちょっとした強かさを身に付けて行かないと。うん、そうじゃないと夏は体がもたないからね。

「う~……手伝わせていただきます!」
「よし、決まりだな」
「長岡君、越野もありがとう」
「とっととやるぞ! 俺だってこんなトコに長居したくねーんだ!」
「俺、ダウンの返品入庫って初めてだけど、大石君に聞いてやれば大丈夫だよね?」
「うん、普通にやってくれれば大丈夫だよー。えーっと、気温は42.6度、湿度63%か」
「読み上げんなよ、数字にされると余計暑くなる」
「42度!? B棟ヤバッ!」
「これくらいなら序の口だし、気温が高くても湿度が低ければ結構大丈夫だよ。あ、長岡君、飲み物とか大丈夫?」
「ヤバくなったらA棟行って来るわ」
「――とか言って逃げんじゃねーぞー」
「にっ、逃げねーし!」
「上長があの人だからやりかねないっつーか」
「……あー」
「や、上長があの人だからこそ逃げられる辛さはよく分かってるよ。ちゃんと戻ります」


end.


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ほぼ初回なので長岡君のキャラクターは(仮)くらいな物だけど、そのうち仲良し同期3人組になってるといい
本当はこの時点でB棟の奥で塩見さんが頭脳労働してるはずだったけど、静かでした

(phase3)

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